2026/08/04/火
医療政策・制度を読み解く
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【執筆者】
シニアマネージャー草野 康弘
東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学時は医療者と一般市民が相互理解を得るためのヘルスコミュニケーションについてフィールドワークを中心に研究を行う。 大学卒業後、外資系医療機器メーカーでの新規市場開拓営業に従事した後、2014年1月よりメディヴァに参画。病院の経営企画職等の現場実務を経て、医療機関の事業再生を専門としてプロジェクトマネジメントに従事。現在は患者視点の医療を実現すべく、全国の中小病院をコミュニティ・ホスピタルに変革することをミッションとして取り組んでいる。
目次
MCDBの正式名称は「医療法人経営情報データベースシステム」。国が病院経営を把握するための情報基盤として整備が進んでいます。
原則として全ての医療法人が、毎会計年度の終了後3か月以内に、病院・診療所ごとの経営情報を都道府県へ報告します。外部監査の対象となる医療法人は4か月以内です。ただし、いわゆる四段階税制を適用して所得を計算した会計年度は報告対象外となります。
本稿ではMCDBを手掛かりに、経営情報の見える化が政策にもたらす可能性とその限界について考察します。
政府が重要課題の方向性を示す「骨太の方針2026」では、医療・介護・障害福祉等について、DX・AXや多職種連携による生産性向上、職員配置の柔軟化と並べて「経営情報の更なる見える化」が掲げられました。そのうえで経営実態を把握し、物価と賃金の変動に対応して、経営安定と処遇改善を図るという書き方です。
ここでいう「見える化」を考えるうえで外せないのが、MCDBです。
これまで医療機関の経営状況は、医療経済実態調査をはじめとする個別調査や、病院団体による調査、限られたサンプルから把握する部分がありました。MCDBによって、少なくとも医療法人が開設する病院・診療所については、共通様式で、継続的に、施設単位の収益と費用を集められるようになります。複数の病院や診療所を持つ医療法人でも、経営情報は施設ごとに報告する設計です。
実際の報告様式を見ると、病院名、所在地、市区町村、二次医療圏、役員数、職員数に加え、入院・外来診療収益、室料差額収益、医薬品費、診療材料費、給食材料費、給与費、委託費、設備関係費、水道光熱費、医業利益、経常利益、当期純利益などを記載します。給与費は、給料、賞与、退職給付費用、法定福利費まで分かれています。職種別の給与総額と人数は任意報告ですが、報告された場合は医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、事務職などを、常勤・非常勤の区分を含めて分析できます。
これにより国は、物価高、人件費上昇、材料費の増加が医療法人の経営にどのような影響を与えるかを以前より広い範囲で把握できるようになります。病院側にとっても、自院の苦境を訴えるだけでなく、全国的に見える変化と、自院の現場で起きていることをつなげて説明する入口になります。
厚生労働省は、集めた情報を医療法人の経営状況の分析に用い、診療報酬改定や医療機関への補助金など、必要な施策の検討に活用すると明記しています。厚生労働大臣がデータベースを一元管理し、委託を受けた福祉医療機構が分析等を行う仕組みです。電子的に報告された情報は、都道府県が受理した時点で国へ提供されたものとみなされます。MCDBは単なる報告事務ではなく、医療法人経営をめぐる政策議論の土台を厚くする仕組みです。
MCDBによって国は具体的には何を見られるのでしょうか。まず、医療法人全体の平均だけでなく、病院単位で収益と費用の構成を把握できます。入院収益が中心なのか、外来収益への依存が大きいのか。給与費、医薬品費、診療材料費、給食材料費、委託費、水道光熱費など、報告様式で独立している区分のうち、どこが増えているのか。利益率の低下が広い範囲で起きているのか、特定の地域や病院群に集中しているのか。所在地と二次医療圏も報告されるため、これまでより細かな切り分けが可能になります。
さらに、医療機関コードと病床・外来管理番号が報告項目に含まれ、「病床機能報告」の報告有無も確認します。MCDBの様式自体に病床稼働率や機能別の診療実績が載っているわけではありませんが、これらの識別情報は病床機能報告など、他の行政情報と連結して分析する土台になり得ます。ただし、実際にどの情報をどの範囲で連結しているかは、公表資料だけでは確認できません。
つまりMCDBがもたらすのは、個別病院の救済額を算定する仕組みではなく、医療法人が開設する病院群について、収益・費用構造の大まかな違いを継続的に把握する基盤です。「平均しか見えない」状態から一歩進み、平均の内側にある違いを部分的に見られるようになった、と捉えるのが妥当でしょう。
なお、ここでいう「国に見える」と「外部に公開される」は別です。通知は、経営情報には法人の競争上の利益を害するおそれのある情報が含まれるため、個人や法人を特定できる内容を公にすることを前提として収集するものではないとしています。MCDBによって政策当局の分析力は上がりますが、個別病院の経営情報がそのまま一般公開される制度ではありません。
政策判断の基盤としてMCDBは有用です。ただし、共通様式で比較できることと、個々の病院の経営課題まで診断できることは同じではありません。
第一に、MCDBは年次の決算情報であり、速報性には限界があります。医療法人は原則として決算後3か月以内に報告しますが、それはあくまで提出期限です。電子報告は都道府県の受理をもって国へ提供されたものとみなされる一方、法人ごとに決算期が異なり、厚生労働省等による分析と都道府県への情報提供も「毎年度一定時期」に行うとされています。したがって、電気料金や委託費、人件費が足元で急上昇しても、その影響を政策判断へタイムリーに反映できるとは限りません。MCDBは経営構造や中期的な変化を把握するには有用ですが、直近数か月の経営悪化や資金繰りを捉える速報データではないのです。
第二に、対象は原則として医療法人です。自治体病院、独立行政法人、社会福祉法人、学校法人などを含む病院経営全体を、一つのデータベースだけで把握できるわけではありません。医療法人であっても、四段階税制を適用した会計年度は報告対象外です。また、職種別の給与総額は任意報告であり、人材確保の難しさや処遇改善の実態を常に同じ精度で比較できるとは限りません。
第三に、MCDBの報告様式には、病床稼働率、入外患者数、平均在院日数、救急受入件数、手術件数などの運営実績はありません。病院単位の損益が分かっても、病棟別、診療科別、救急や周産期といった機能別の採算までは見えないのです。給与費が増えた理由が賃金単価の上昇なのか、人員増なのか、派遣職員への依存なのかも、報告情報だけで十分に分解できない場合があります。収益の変化についても、診療単価と患者数の影響を切り分けるには別の情報が必要です。他の行政情報と連結すれば診療機能や患者数を補える可能性はありますが、それだけで機能別の損益や経営悪化の原因が分かるわけではありません。
第四に、勘定科目の粒度も限定的です。たとえば委託費は総額と給食委託費までは分かりますが、検査、清掃、医事、保守、人材派遣などの内訳は報告されません。設備関係費も、減価償却費と機器賃借料は独立していますが、修繕費、地代家賃、保守料などは個別に見えません。経費も多数の科目をまとめた区分で、独立して報告されるのは水道光熱費など一部です。したがって、MCDBは決算書情報を全国で比較しやすくする仕組みではありますが、各病院の管理会計や総勘定元帳に近い解像度を持つものではありません。
同じ赤字病院でも、物価高で費用が増えた病院、地域の患者数が減った病院、建替えやシステム更新の負担が重い病院では、必要な対応が違います。MCDBは病院群の違いを見せてくれますが、それだけで個々の病院が地域で担う役割や、赤字の背景まで把握できるわけではありません。
骨太の方針2026には、想定以上の物価・賃金上昇によって医療機関の経営に支障が生じた場合、2027年度予算編成で診療報酬上の「加減算」を含む追加調整を行うとの一文が入りました。ただし、その判断にどの資料を使い、どのような方法で調整するかは示されていません。
ここから確実に言えるのは、政府が改定後の経済・物価と医療機関の経営状況を確認し、必要があれば追加調整を検討するということまでです。判断に使う資料、評価指標、対象となる診療機能、加算と減算の考え方は、現時点で公表されていません。
政策判断では、物価や賃金に関する経済指標、医療経済実態調査、病院団体の調査、福祉医療機構の経営分析など、複数の情報が参照されるのが通常です。MCDBも診療報酬改定や補助金等の施策検討に活用するとされていますが、2027年度の加減算に使用すると明記されたわけではありません。
したがって、MCDBから加減算の方法や配分を予測することはできません。MCDBを見る意味は制度を先回りして当てることではなく、政策当局が経営実態をどこまで把握できるようになったのか、そして、なお何が見えないのかを確かめることにあります。
先述の通りMCDBを確認しても、2027年度の加減算が一律の調整になるのか、特定の診療機能を対象とするのか、そもそも実施されるのかは分かりません。制度が固まっていない段階で、加算率や対象要件を細かく予測しても、病院経営の判断材料にはなりにくいでしょう。
一方、診療報酬が全国共通のルールで医療行為や機能を評価する仕組みであり、個々の病院の赤字額を補填する制度ではないことは変わりません。国が把握できる経営情報が増えても、一院ごとの事情に合わせて不足額を埋めることとは別です。
骨太の方針が掲げる「経営安定」と、個別病院の「救済」を混同しないことが大切です。改定時の想定を超える物価・賃金上昇を補正することには合理性があります。しかし、患者数の減少、病床機能と地域需要のずれ、設備更新の負担、医師確保の困難などは、加減算だけでは解決しません。
また、救急、周産期、小児、へき地医療など、地域に不可欠でありながら特殊なコストを抱える機能は、全国一律の診療報酬だけでなく、地域医療構想、補助金、基金、自治体の関与を組み合わせて支える必要があります。全国共通の診療報酬で補う領域と、地域政策で維持する領域を分けて考える必要があります。
MCDBの整備によって、国は医療法人が開設する病院について、病院単位の収益、費用、利益、職員数を共通様式で継続的に把握する基盤を持つようになりました。物価や賃金の変化が医療法人経営にどう表れているのかを、以前より広い範囲で確認できるようになることは、政策を考えるうえで明らかな前進です。
一方、MCDBで見えるのは、主として病院群ごとの大まかな経営構造と中期的な変化です。決算後3か月以内という報告期限があっても、政策判断へ反映されるまでには時間差があります。対象法人の範囲、任意項目、勘定科目の粒度、病棟・機能別情報の不足も考えれば、足元の急変や個別病院の事情を完全に捉えることはできません。
「国に何が見えているのか」を知ることは、制度を先回りして予測するためではなく、政策で対応できる範囲と、個々の病院が自ら説明しなければ伝わらない範囲を見分けるためです。MCDBは、その境界を以前より少し実態に近づける仕組みだと捉えるのがよいでしょう。
主な出典