2026/07/14/火
医療政策・制度を読み解く
NEW
―「医療の質」から「地域で担う役割」を問う時代へ―


【執筆者】
シニアマネージャー草野 康弘
東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学時は医療者と一般市民が相互理解を得るためのヘルスコミュニケーションについてフィールドワークを中心に研究を行う。 大学卒業後、外資系医療機器メーカーでの新規市場開拓営業に従事した後、2014年1月よりメディヴァに参画。病院の経営企画職等の現場実務を経て、医療機関の事業再生を専門としてプロジェクトマネジメントに従事。現在は患者視点の医療を実現すべく、全国の中小病院をコミュニティ・ホスピタルに変革することをミッションとして取り組んでいる。
目次
前編では、骨太方針2026から読み取れる政府の基本姿勢として、「病院を支援すること」と「病院経営の改革を求めること」が一体となっていることを書きました。
では、その改革とは具体的に何を指しているのでしょうか。
私は、その答えは「DX」よりも、「経営情報の見える化」という言葉に表れていると考えています。
骨太方針では、「経営情報の見える化を進め、経営実態を把握した上で」という表現が使われています。
一見すると、単なるデータ収集の話にも見えます。
しかし、この一文には、これからの病院経営を考える上で重要な意味が含まれているように思います。
これまで病院業界では、「病院経営は厳しい」という議論が繰り返されてきました。
もちろん、それは事実です。
しかし、病院経営の厳しさは決して一様ではありません。
救急医療を担う病院と、回復期中心の病院では経営課題は異なります。都市部と地方でも違います。公立病院、民間病院、社会医療法人でも事情は異なります。
それにもかかわらず、政策議論では「病院全体が厳しい」という大きな括りで語られることが少なくありませんでした。
政府が「経営情報の見える化」を重視している背景には、この状況を変えたいという意図があるのではないでしょうか。
つまり、「どのような役割を担う病院が、なぜ厳しいのか」を客観的に把握し、その上で必要な支援や制度設計を行いたいという考え方です。
病院側から見れば、「管理が強化される」と受け止めることもできます。
しかし別の見方をすれば、自院の役割や経営実態をデータで説明できる病院ほど、その存在意義を政策的に示しやすくなるとも言えます。
これからは、「赤字だから支援してください」ではなく、「この地域でこの医療機能を維持するためには、この人員とこのコストが必要です」と説明できることが重要になるでしょう。
病院経営者の間で最も関心が高いテーマの一つが、地域医療構想です。
地域医療構想という言葉を聞くと、「病床削減」というイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかし、骨太方針を読む限り、政府が目指しているのは単純な病床削減ではありません。
背景にあるのは、2040年頃にピークを迎える高齢者人口と、その後急速に進む人口減少です。
地域によっては医療需要そのものが縮小し、働き手はさらに減少します。
その中で、「すべての病院が今と同じ機能を持ち続ける」という前提は現実的ではありません。
だからこそ、地域全体で医療機能をどう維持するかという議論が必要になります。
ここで重要なのは、「病院を減らすこと」が目的なのではなく、「地域に必要な医療機能を維持すること」が目的であるという点です。
病床という「器」を守るのではなく、救急、回復期、在宅支援、リハビリ、慢性期など、地域に必要な「機能」をどう残すかという発想への転換です。
これは病院経営者にとって、経営戦略そのものを見直すことを意味します。
「自院に何床あるか」ではなく、「地域で何を担う病院なのか」を説明できることが重要になります。
私は、これから最も変わるのは病院そのものではなく、病院経営者の役割だと考えています。日本は長い間、良い医療を提供すれば患者が集まり、その結果として経営も成り立つという時代でした。もちろん、医療の質が重要であることは今も変わりません。
しかし、人口減少と人材不足が進む社会では、それだけでは十分ではありません。
これからの病院経営者には、
「地域の中で自院は何を担うのか」
という問いに答える力が求められます。
さらに、その役割を支えるために
を判断していかなければなりません。
つまり、病院経営者の役割は、病院という組織を守ることから、地域に必要な医療機能を持続可能な形で支えることへと広がっていきます。
骨太方針2026は、病院経営の実務に直結する言葉で書かれているわけではありません。
しかし、その文脈を丁寧に読み解くと、政府が病院業界に何を求めているのかは、かなり明確に見えてきます。
人口減少社会の中でも地域医療は維持しなければならない。そのためには、これまでと同じ病院経営では限界がある。
だからこそ、DX、生産性向上、経営情報の見える化、地域医療構想を一体で進めようとしている。
私は、この文書は病院に対する「改革要求」ではなく、「地域医療を持続可能にするための経営改革への呼びかけ」と受け止めています。
もちろん、政策が思い描く改革と、現場で実際に改革を進める難しさには大きな隔たりがあります。
人材不足の中でDXを進めることも、病院機能を見直すことも容易ではありません。
それでも、人口減少という現実は待ってくれません。
これからの病院経営者に求められるのは、制度改正に対応することだけではなく、制度改正の背景にある社会の変化を読み取り、自院の役割を主体的に再定義していくことではないでしょうか。
骨太方針2026は、そのことを静かに、しかし明確に問いかけているように感じます。