2024/07/12/金
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
病院におけるDX化とは、デジタル技術を活用して組織の変革や業務改善、医療の質向上を実現する取り組みのことです。しかし、DX化を図るには予算デジタル技術に精通したスタッフの確保などさまざまな課題があり、実施に踏み切れない病院も少なくありません。
今回は、DX化の効果や国が推奨する理由、導入方法について解説します。実践の具体的なイメージを掴みたい方は参考にしてみてください。
目次
そもそもDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を活用して、急速に変化する社会や顧客のニーズに素早く対応していく取り組みのことです。また、デジタル化によって新しいビジネスモデルや企業文化を構築し、競争に負けない自社の強みを作る狙いもあります。
今注目されている背景には、以下のような事情があります。
また、経済産業省によるDXの要点として、単なる業務のIT化だけでなく「企業文化や風土の変革」が含まれているという点もおさえておく必要があります。
医療DXで対応できる主な業務は、以下のとおりです。
それぞれの業務で見込まれる効果も解説しますので、自院の課題に合わせて導入の検討をしてみてください。
わかりやすいDX化の例として、カルテや問診票、患者の観察やケア内容を紙からデジタル化することが挙げられます。
見込まれる効果
・人件費の削減
・業務効率の向上
・紙代コストの削減
・スタッフの定着率アップ
手作業の業務をデジタル化することでミスや抜けもれを減らせるほか、事務作業の負担軽減により人材の定着率アップも期待できます。
オンラインでの予約・問診・診察も医療DXのひとつです。
見込まれる効果
・業務の効率化
・人件費の削減
・新規患者の集客
オンライン業務が可能になると個別対応が減り、業務の効率化や人件費削減につながります。また、遠方患者の診察サービスをはじめれば、新たな顧客層も獲得できるでしょう。
業務連絡や患者情報の申し送りをスムーズに行う方法として、チャットツールの活用もさまざまなメリットがあります。
見込まれる効果
・コミュニケーションの効率化
・情報の聞き漏れを回避
チャットツールであれば、場所を選ばずに情報共有ができるため、コミュニケーションが効率化します。また、情報が記録として残るため、口頭での申し送りによる聞き漏れリスクを回避できるでしょう。
コロナ禍以降、急速に広まったZoomやGoogl Meetなどのオンライン会議ツールは、定例会議や経営会議だけでなく、スタッフ教育や研修に用いる病院も増えています。
見込まれる効果
・移動時間が不要になり、業務の効率化が図れる
・録画しておけば出席できなかったスタッフも後から視聴できる
オンラインで会議を開催すれば、場所や時間の制約が対面よりも緩和されます。職員の負担も軽減し、定着率アップが期待できるでしょう。また、会議の録画を残せば、当日参加できなかったスタッフを後からフォローできます。
業務専用アプリの活用も、病院におけるDXのひとつです。例えば、以下のような業務をツール上で行えるようになります。
見込まれる効果
・情報共有しやすくなる
・上長の承認作業が早くなる
・書類の作成漏れ、確認漏れが防げる
紙の書類をやりとりしていると、作成漏れや確認漏れが発生しがちです。また、承認のために書類を持ち回る必要があり、業務が滞るケースもあるでしょう。
ツールを用いれば、業務の進捗状況を可視化したり、承認のリマインドを飛ばしたりできるので、書類の作成・確認漏れを防げます。
クラウドサービスや業務用スマートフォンは以下のような場面で活用できます。
見込まれる効果
・在宅医療の促進
・スタッフの移動時間や作業負荷の軽減
・スタッフ間のコミュニケーションの活性化
・院内外を問わず、いつでも必要な情報にアクセス可能
コミュニケーションや情報共有が簡易化されるため、サービスの利便性や医療の質向上を図れるでしょう。
DX化の大きなメリットのひとつとしてビックデータ(従来のデータ管理ソフトでは扱うのが難しい膨大なデータ)の活用があります。
見込まれる効果
・医療の質向上
・病院運営の効率化
・新しい治療法の発見
集めたデータを分析すれば、経営やサービスの課題を特定でき、医療の質向上や経営改善に役立てられます。また、医療データの解析により、新たな治療法を発見できるチャンスも広がるでしょう。
ここからは病院でDX化がなかなか進まない理由について解説します。
1つずつ順番に見ていきましょう。
病院でDX化を進めるには、ITに精通した人材が必要不可欠です。IT人材が不足したままDX化を進めると、現場のニーズに合わないシステムを導入してしまったり、十分なセキュリティ対策が取れずサイバー攻撃やデータ漏洩の危険性が高まったりします。
また、IT人材がいないと医療スタッフへの十分なサポートやトレーニングを提供できず、適切にDX化が進まない可能性があます。
DX化を着実に進めていくためには、IT人材の確保・育成を優先度の高い課題として捉える必要があります。
医療DX化を進めるには、それなりのコストがかかります。たとえば、かかる費用としてPC・タブレットなどの端末代、ソフトウェアやクラウドサービスのライセンス代、システム構築・カスタマイズの費用などが想定されます。
これらの予算を捻出できず、DX化に踏み切れない病院は少なくありません。DX化に必要な予算を確保するためにも、この後に紹介する「補助金の利用」などを検討してみましょう。
経営者の理解が乏しいために、医療DXが進展しないケースもあります。例えば、「費用対効果が見込めるのかわからない」「そもそもデジタル文化に抵抗がある」などが挙げられます。
医療DX化を進めるには、病院全体で導入の不安やネガティブなイメージを払拭していくことが重要です。推進する担当者は、経営面でのメリットとともに新たな企業文化の醸成をめざす姿勢を伝えていく必要があります。
DX化を成功させるためには、導入するシステムの選定から運用体制の整備まで、入念な戦略が必要不可欠です。
具体的な戦略立案の流れは以下のとおりです。
戦略を立てるには一定の知識が求められるため、人材を確保できない場合にはDX化がうまく進まない可能性が高まります。
病院で医療DXを効果的に導入する方法を5つの項目に分けて解説します。
以下でそれぞれについて解説していきます。
DX化を進めるには、まずは自院が抱える課題を正確に把握し、優先順位をつけましょう。段階的に導入することで失敗のリスクを最小限にできるだけでなく、経営陣やスタッフのリスクに対する懸念も軽減されるためです。
また、段階的に取り組むことは成功率を高めることにつながります。「うまくいっている」という風土が醸成されることで、新たな予算を確保できるかもしれません。
医療DX化は長期的な取り組みが大切です。焦らず着実に成功モデルを作っていきましょう。
医療DXを進めるためには、ITに強い人材の確保が欠かせません。使い方のレクチャーやシステムのトラブルに対応できる存在がいなければ、DX化に失敗してしまう可能性があるからです。
IT人材の確保には、院内でIT人材を発掘する・院内で人材を育成する・外部の専門家に依頼するといった方法があります。
DX化を進めるうえでは、予算管理も大切です。初期費用だけでなく、ランニングコストも含めた導入費用を見積もりましょう。
おもに以下のようなコストがかかります。
病院の規模によっては、年間で数百万円から数千万円規模の投資が必要になるケースも珍しくありません。経営を圧迫しないように、しっかり予算の見積もりを行いましょう。
ITを導入する企業に対し、国は「IT導入補助金」を提供しています。予算をおさえるために補助金をうまく活用していくとよいでしょう。
■IT導入補助金とは
中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けた ITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金。(※)
※対象は資本金・常勤従業員数が一定の基準を満たす事業者に限られます。
出典:IT導入補助金2024「IT導入補助金とは」
こうした制度を活用すれば、導入コストの負担を大幅に軽減できる可能性があります。
具体的なシステムやツールの導入が決まったら、全スタッフにDX化の取り組み内容について周知しましょう。現場を巻き込まなければ、最大限の効果は得られません。
スタッフには目的や狙い、見込まれる効果のほか、困った場合の相談窓口などについても説明しておきます。
全スタッフが共通認識をもって取り組めば、業務改善や医療の質向上だけでなく、組織全体の文化も変わっていくでしょう。
病院のDX化は、システムの導入がゴールではありません。DX化の本来の目的は、業務効率化や医療サービスの質向上、組織文化の変革にあります。
そのため、システムはあくまで目的達成のための”ツール”であると、スタッフに認識させる必要があります。
具体的には「デジタル技術を活用して、患者中心の医療を実現する」「組織の文化や風土そのものを変えてスタッフが働きやすい職場を作る」など、DX化で目指すべきビジョンを言語化し、全体の士気を高めていく姿勢が大切でしょう。
「医療DX令和ビジョン2030」とは、日本の医療分野の情報のあり方を根本から解決するために、2022年5月に自由民主党政務調査会が提言したものです。
掲げられている施策は、大きくわけて以下の3つです。
これらの施策は、医療の質の向上や医療従事者の負担軽減につながります。1つずつ詳細を見ていきましょう。
1つ目の施策は、全国の医療情報を一元的に管理するプラットフォームの構築です。
全国の医師や看護師、薬剤師などが患者の診療情報を共有できれば、効率的で無駄のない医療サービスを提供することが期待できます。
また、集積されたビッグデータを分析すれば、新たな治療法の開発や、エビデンスに基づく医療政策の立案などにも役立てられるでしょう。
2つ目の施策は、電子カルテの記録方式の統一です。規定が統一されていなかった電子カルテを標準化すれば、医療機関間の情報共有を円滑化できます。
具体的には、厚生労働省が国際規格のHL7 FHIRを採用し、書式の統一を進めています。
〈国が定めた標準化データ〉
3文書:診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果報告書
6情報:傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報(緊急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査)、処方情報
出典:厚生労働省「文書情報(3文書)及び電子カルテ情報(6情報)の取扱について」
標準化された電子カルテ情報をクラウド上で管理することで、これまでの治療歴にもとづいたケアが可能になります。また、速やかに情報を参照できれば、緊急を要する治療が必要な場合に役立つでしょう。
3つ目は、DXの促進を図る診療報酬体系の見直しです。DXならではの新しい医療サービスについて、適切な評価を行っていくという方針が示されました。
評価対象は以下のとおりです。
参考:厚生労働省保険局医療課「令和6年度診療報酬改定の概要【医療DXの推進】」
このような診療報酬の改定を通して、医療機関がより積極的に医療DXに取り組むことが期待されています。
病院におけるDX化は、医療従事者と患者の双方にとってメリットの多い施策です。業務の効率化や医療サービスの質の向上だけでなく、組織の文化を変えるきっかけにもなります。
効果的にDX化を推進するには、人材・予算の確保だけでなく、マインドセットも同時に行う必要があります。
言葉で表現するのは簡単ですが、実際には慣れない施策の連続です。担当者や経営陣にも一定の知見がないと、うまく進められない可能性があります。DX化を検討する中で院内での人材確保や施策立案が難しいと感じた場合には、ぜひメディヴァへご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他