現場レポート

2024/07/12/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.11/ペナン編②

▼前回はこちら
https://mediva.co.jp/report/backpacker/14533/

ドミトリーでの旧正月

「ドミトリー」と聞くとどういうところを想像するだろうか。くたびれた髭と髪が伸び切ったバックパッカー達が真夜中まで飲み明かし、ドラッグをして、荷物を盗むスリがいる。常に気を張っていなくてはならない場所なのだろうと旅に出る前の私は想像していた。しかし実際には飲み明かす以外のことは東南アジアのドミトリーでは起きない。宿泊客はバックパッカーだけではなく普通の旅行者もいる。共有スペースでは旅行者同士で出身、旅で回った場所やオススメを共有し合う。とりあえず南京虫とかもいないし、私にとってはかなり居心地が良い。

思い返すと大学生の頃、スキー場で住み込みのバイトをしていたことがあった。住み込みのバイトを行っていた旅館は就業環境としてはギリギリアウトであろう電気の明るさで、昼と夜の2食(最初の条件では3食と言われていた)と2段ベッドだけが支給された。この旅館に冬場になると全国各地の大学生が集まってきた。朝早くから夕方まで配膳や掃除といった仕事をして時間をお金に変換した後、みんなでたわいもないことを話しながら食事をして、麻雀をしたりした。ドミトリーで起きていることと似ている。もしかしたら大学生の時のこの経験がドミトリーの受け入れをスムースなものにしているかもしれない。私は自分自身の時間がないと生きていけない反面、知らない人と話すことが好きというある意味で逆説的な感情を持ち合わせている。ドミトリーではどちらの時間も好きなだけ持つことができるから、私はドミトリーが好きだ。

でもそうは言ってもやはり1人で寝たい時もある。荷物を好きなだけ広げてみたり、エアコンを好きな時に、好きな温度に調整したりもしたい。だから本当に1人になりたい時だけはホテルに泊まることにしている。そうやって心のバランスを保ちながら旅を続けて行くのだ。そしてペナンの宿はドミトリーなのに個室という値段とサービスが噛み合わない宿であった。シャワーが水しか出ないということもなく、エアコンもしっかり効くし、シーツも綺麗なワンルームだった。クアラルンプールで蚊との戦いを繰り広げた後だったから、私としてはこのタイミングでの個室はありがたい以外の言葉が見当たらない。

夜になり、ベッドで少し横になっていると眠気に誘われてきた。ようやく初めての土地に慣れてきて緊張感が取れてきたのだと思う。もう少しで寝てしまうなと思ったその時突然、「バンバン」と音が鳴り響いた。体が緊張感で縮こまる。本当は見に行かない方がいいのだろうと思いつつ、1階の共有スペースにいき外を見てみると数人の人が集まっていた。何が起きているのか眺めているとその中の1人が火を何かにつけ始めた。そうか爆竹か。何度かテレビで見たことはあったが旧正月に爆竹をやる文化があるらしい。

調べてみると魔除けのために旧正月の深夜に爆竹をするとのことだった。日本で言う除夜の鐘のようなものだろうか。とにかくびっくりするくらい大きな音がする。それもどうやら目の前以外でもやっていそうだ。宿に戻ってきた欧米人が「本当にうるさいわよね、銃声みたいでびっくりしちゃう」と言って部屋に戻って行った。マレーシアの中でもペナンは中国系住民の割合が多く40〜60%くらいらしい。クアラルンプールで爆竹の音は聞かなかったから、実際に民族比率が変わったことが耳で分かる。「これは眠れないかもしれないな」と思いながら部屋に戻り、気がつくと朝になっていた。どうやら爆睡していたようだ。

異国の地で髪を切る

翌日市内の観光をした。ペナンはかつてイギリスの直轄植民地であったこともあり、英語名っぽい名称の観光地がいくつもある。そもそも「ジョージタウン」自体が英語っぽい名前だ。コロニアル建築も目立つ。旧正月だからか少し閑散とした街を歩いていると独特の音楽が鳴り響く賑やかな場所にやってきた。その通りには大きな黄色の門が聳えていた。上の方に「リトル・インディア・ペナン」と書かれている。「そうか、インド人にとっては旧正月は関係ないもんな」とようやく活気を感じられるところに辿り着いた。歩いてみるとインドっぽい煌びやかな服や食欲を掻き立てるスパイスの匂いが立ち込めていた。途中で床屋が目に止まった。旅に出て1ヶ月で肌は褐色になり、髭も髪も一度も整えていなかったためバックパッカーらしい見た目になってきていた。ダナンでは「ナマステ」と挨拶されるようになり、もしかしたらインド人っぽく見えるとことがあるのかもしれないと思っていたから、インド人街でインド人っぽく髪を切れば、ますますインド人に見られるのではないかと期待を感じた。なんとなくワクワクしたこともあり、私はそこで髪を切ることにした。店の外に老人が腰かけていたので、ここで待てばいいのかと尋ねるとそうだと言っている。店内の待合席は空いていそうだが、とりあえず待っているとそのうち老人はどこかに行ってしまった。待っている暑さに耐えられなくなり、店内に入って聞いてみると、店内の席に座ってろとのことだった。まぁ海外ではこう言うことはよくあるよなと思って、今度は他の人が髪を切られる様子を観察することにした。客層はもちろんインド人ばかりで全員髭が生えていた。こうして並ぶと自分と彼らの顔つきが全く異なっていることが分かる。店員さんも私の対応をしたくないためか順番もインド人が優先されていた。ハサミは仕上げに使う程度でバリカンで髪を刈っている。さらに見ていると髭をカミソリで整えてもらっている。

せっかくだから私も髭剃りをしてもらおうと考えた訳だが、カミソリの刃を使い回していないか気になってしまう。肝炎のリスクがあるからだ1)。外務省のホームページにある「世界の医療事情」のパキスタンのページにはB型、C型肝炎のリスクが書いてあり青空床屋は避けるように書いてあったが、マレーシアには記載はなさそうだった2)。もちろん日本にいたとしてもカミソリの使い回しがあればリスクがあるが、海外にいるといつもにも増してリスクを意識してしまう感じがあった。どうやら使い捨ての刃を使っていそうだ。もちろん刃の製造過程で十分な消毒がされていない可能性もあるけど、とりあえず直接的に分かる範囲では大丈夫そうだ。ようやく私の番になったので席に腰掛けて店内に並んでいる写真の中から髪型を選んで切ってもらう。日本とゴールに向かう過程が違うからか本当に言った髪型に向かっているのか心配だったが、最終的には近いものになっていた。無事に髭剃りもしてもらい、ずいぶんインド人っぽくなったのではないだろうかと思いながら店内を後にした。さらにインド人街を歩いていると客引きに「你好(ニーハオ)」と声をかけられた。

インド街の床屋。日本と違って洗面台はどこにもない

緑の海と乗馬

ペナンを旅立つ時に空港のスターバックスに入った。隣の席に座った夫婦となぜか仲良くなってペナンのことを聞いていた。どうやら夫はペナンで会社経営をしているらしく、接待も多いことからペナンの説明がとても上手だった。私はペナンがどうだったかと聞かれ「とてもいいところだったけど、海が綺麗じゃなかったのは残念だった」と答えた。

ペナン島は島なので当然いくつかビーチがあるのだが、私はその中で一番有名と思われるバトゥ・フェリンギのビーチに行った。東南アジアのビーチと聞けば青く透き通った沖縄のような海を期待していた私にとって、このビーチは期待を裏切るビーチだった。緑で濁っていたのだ。そして誰も入っていない。わざわざ宿から40分をかけて、水着とTシャツでやってきたのにどうしたらよかったのだろうか。この話を夫にすると「海岸に馬がいただろう?あれに乗ってはいけないぞ」と返してきた。確かにいくらかお金を払って海岸を乗馬するサービスが行われていた。みんな楽しそうに乗っていたが私は気分ががっかりしすぎていたため、乗らなかった。

話をさらに聞くと、ペナンには競馬場があるらしい。競馬はしないから私はよく分からないのだが、レースに出る馬は一頭30万円ほどで取引されているらしい。レースに適さない馬は基本的には殺処分されることになっているが、その殺処分される馬が違法に2万円ほどで売りに出されることがあり、バトゥ・フェリンギで商売として利用されているとのことだった。馬はビーチで1500円/日ほど稼いでくれるのですぐに元が取れるとのことだった。だが、違法取引された馬なので落馬した時には保険が使えないからリスクが高いと夫は教えてくれた。だいぶアコギな商売だなと思った。何もなければ思い出作りに乗ってしまいそうだし、馬に乗る時に落馬を想像して乗ることはないだろうと思うからある意味では盲点をついている商売なようにも思われた。続けて夫は「あと、海だったらここじゃなくて、ランカウイ島だ。ペナンの海はクラゲもいるからみんな海に入らないのさ」とのことだった。確かにランカウイ島を調べると綺麗なビーチの写真が無数に出てきた。

バトゥ・フェリンギのビーチにいる馬

「Atsu、お前は次どこに行くんだい?」と聞かれたので「プーケット」と答えると「それはいいところじゃないか、海も綺麗だし、今のお前にぴったりじゃないか」とのことだった。なんとなくみんなが行きそうな、というか行ったか聞かれそうな場所として選んだリゾート地のプーケットだがどんなところかはあまり調べていなかったので期待が膨らんだ。搭乗時間に近づいたため夫婦と別れて私は次の土地へ向かった。

更新は毎月第2、4(金)12時、次回は7月26日、内容は夏休みにオススメのプーケット編になります。

執筆:溝江 篤
編集:神野真実、半澤仁美

【参考文献】

1)医療提供者におけるB型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルス感染の予防 – UpToDate. (n.d.). Retrieved July 8, 2024, from https://www.uptodate.com/contents/prevention-of-hepatitis-b-virus-and-hepatitis-c-virus-infection-among-health-care-providers

2)世界の医療事情 パキスタン(イスラマバード・ラワルピンディー・ラホール) | 外務省. (n.d.). Retrieved July 8, 2024, from https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/asia/pakistan.html


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