2026/07/14/火
医療政策・制度を読み解く
NEW
―人口減少時代に、政府が病院に求めること―


【執筆者】
シニアマネージャー草野 康弘
東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学時は医療者と一般市民が相互理解を得るためのヘルスコミュニケーションについてフィールドワークを中心に研究を行う。 大学卒業後、外資系医療機器メーカーでの新規市場開拓営業に従事した後、2014年1月よりメディヴァに参画。病院の経営企画職等の現場実務を経て、医療機関の事業再生を専門としてプロジェクトマネジメントに従事。現在は患者視点の医療を実現すべく、全国の中小病院をコミュニティ・ホスピタルに変革することをミッションとして取り組んでいる。
目次
毎年6月に閣議決定される「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」は、病院経営者にとって少し距離のある文書かもしれません。
骨太の方針:https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2026/0630_shiryo01.pdf
診療報酬改定のように翌年度の収益へ直接影響するわけではなく、補助金制度のようにすぐ活用できる情報が掲載されているわけでもありません。そのため、多くの病院では、厚生労働省の通知や中医協資料は確認しても、骨太方針まで目を通す機会は少ないのではないでしょうか。
しかし、私はこの文書こそ、病院経営者が毎年読むべき資料の一つだと考えています。
理由はシンプルです。
診療報酬改定は「制度」を示す文書ですが、骨太方針は「政策思想」を示す文書だからです。
診療報酬制度は2年ごとに変わります。しかし、制度の背景にある考え方は、そう簡単には変わりません。骨太方針には、政府がこれから数年間にわたり、日本の医療提供体制をどの方向へ導こうとしているのか、その基本的な考え方が表れています。
病院経営者にとって重要なのは、「診療報酬が何点上がるのか」だけではありません。
五年後、十年後にどのような病院が地域から必要とされ、制度的にも支えられるのか。その方向性を読み取ることです。
その視点で骨太方針2026を読むと、政府は病院を支援する意思は持っているが、その前提として病院経営の構造改革を求めている。という一つの明確なメッセージが浮かび上がってきました。
近年、病院経営を取り巻く環境は急速に変化しています。
物価やエネルギー価格の上昇、人件費の増加、医療材料費の高騰。人口減少地域では患者数そのものが減少し、都市部では看護師や事務職員を含めた人材確保競争が激化しています。実際、日本病院会などが公表する調査でも、多くの病院が赤字経営に陥っている現状が示されています。
骨太方針2026でも、こうした状況は一定程度認識されています。
本文では、「物価と賃金の変動に適切に対応し、経営の安定、処遇改善を図りつつ、社会保障制度改革を着実に実行する」と記載されています。
さらに、「経済・物価の動向が2026年度診療報酬改定時の見通しから大きく変動し、医療機関等の経営状況に支障が生じた場合には、令和9年度予算編成過程で診療報酬上の加減算を含む更なる必要な調整を行う」とも述べられています。
この記述だけを見れば、「政府も病院経営の厳しさを理解し、必要に応じて追加的な対応を検討する姿勢を示した」と評価することもできるでしょう。
しかし、その前後の文脈の方がより重要です。
病院経営者として骨太方針を読むとき、私は「何が書かれているか」と同じくらい、「どの順番で書かれているか」を意識しています。今回の医療・介護・障害福祉分野の記述では、次のような文章が続きます。
「医療・介護・障害福祉の分野の技術の発展と普及を支援し、DX/AX等による生産性の向上と職員配置の柔軟化に向けた一層の取組を図るとともに、経営情報の見える化を進め、経営実態を把握した上で、物価と賃金の変動に適切に対応し、経営の安定、処遇改善を図りつつ…」
私は、この文章の構成に政府の考え方がよく表れていると感じました。注目すべきは、「経営の安定」「処遇改善」の前に並んでいる言葉です。
――DX/AX、生産性向上、職員配置の柔軟化、経営情報の見える化
つまり政府は、「まず病院経営を改革し、その上で必要な支援を行う」という順番で考えているように読めます。
もちろん、これは「改革しなければ支援しない」という意味ではありません。
しかし少なくとも、「従来どおりの病院経営を維持するために財源を投入する」という発想ではないことは明らかです。
ここで重要なのは、政府が病院に厳しくなったと短絡的に考えないことです。
背景にあるのは、日本社会そのものの構造変化です。人口減少は今後さらに進み、生産年齢人口も減少します。
医療・介護の担い手は不足します。一方で、高齢化によって医療・介護ニーズは一定期間増え続けます。
つまり、「支える人」は減るのに、「支えられる人」は増えるという状況です。
この構造を前提にすれば、「これまでと同じ人員配置、これまでと同じ病院機能、これまでと同じ働き方」で地域医療を維持することは難しくなります。だからこそ政府は、DXや生産性向上という言葉を繰り返し使っています。
その目的はIT化ではありません。人口減少社会でも医療提供体制を維持することです。
ここを読み違えると、「またDXの話か」で終わってしまいます。
しかし、骨太方針が本当に伝えようとしているのは、デジタル化そのものではなく、「人口減少を前提とした病院経営への転換」なのではないでしょうか。
▶政府が求める「病院経営の改革」とは?
その具体的な方針については、「骨太の方針」から医療体制の未来を読むには(後編)」をご覧ください。