2025/05/28/水
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
目次
病院の運営は、日々の診療だけでなく、スタッフのマネジメントや組織作りといった課題にも直面しています。特に、スタッフの士気や業務効率を高めるための効果的な組織作りは、病院の成功に直結する重要な要素です。
本記事では、病院経営者や管理者の皆さまが抱える組織マネジメントの課題を整理し、より持続可能で信頼される病院づくりを目指すための具体的な取り組みや工夫をご紹介します。
病院経営というと、診療体制の整備や収益管理といった業務面に目が向きがちです。
しかし、そうした機能を安定的に維持・発展させるためには、それを支える「人」や「チーム」や「仕組み」の存在が欠かせません。そこで重要になるのが、「組織マネジメント」です。
組織マネジメントとは、スタッフの育成、職種間連携、意思決定の透明性、組織文化の形成などを通じて、組織として力を発揮できる状態をつくるための営みです。
病院のように多職種が複雑に連携する組織では、こうした“目に見えにくい”組織運営の仕組みが、医療の質や職員満足度、経営の安定性に大きく影響します。
病院の組織マネジメントにおいては、制度や仕組みの整備だけでは解決できない、現場の実態に根差した課題が数多く存在します。ここでは、特に多くの病院で共通する代表的な課題を整理し、その構造を明らかにします。
多くの病院では、理事長や院長に経営判断が集中しており、組織としての意思決定プロセスが制度的に設計されていないケースが見られます。
その結果、トップの不在や交代によって病院運営が一時的に混乱したり、現場が方向性を見失うといった事態に陥るリスクがあります。さらに、医療法人制度や医療特有の組織構造の複雑さも、責任や権限の曖昧さを助長しています。
経営の属人化が進むことで、中長期的な視点での組織設計や人材育成が後手に回り、持続可能性の低い運営に陥りやすくなります。
経営層は財務状況や病床稼働率などのマクロな指標を重視し、合理的な改善を志向します。一方で現場スタッフは、目の前の業務負担やチーム内の人間関係といったミクロな課題に日々直面しています。
この“視座の違い”が、施策に対する不信感や「やらされ感」の温床となり、変革への抵抗感を生む原因になります。
特に現場への説明不足や対話の欠如が続くと、組織内に見えない分断が生まれ、方針が浸透しなくなるリスクが高まります。
病院は医師、看護師、コメディカル、事務職など、多職種が並立する職場です。それぞれが異なる専門性・職能文化・言語体系を持っているため、連携の難しさが常に付きまといます。
本来はチーム医療を推進するために必要な多様性が、管理体制が整っていない場合には、誤解や不信、業務の非効率性に転じてしまう恐れがあります。
また、部署ごとに「自分たちの範囲だけ守る」意識が強まると、全体最適を妨げる構造的な分断が生まれ、患者中心の医療提供にも影響を及ぼします。
医療現場の慢性的な人手不足や長時間勤務、精神的プレッシャーは、職員の心身に大きな負荷をかけ続けています。
十分な休息や支援を得られない環境下では、燃え尽き症候群やメンタル不調が表面化し、スタッフの離脱や中堅層の早期退職に直結するリスクも高まります。
本来こうした問題は、個人のケアだけでなく、組織としての制度整備や心理的安全性のある職場文化の醸成によって対処すべき課題です。
現場においては、紙ベースの書類処理や口頭伝達、属人的なタスク管理といった非効率な業務運用が未だに根強く残っています。
こうした状態は、単なる“手間の多さ”にとどまらず、情報の共有不足やミスの温床となり、患者安全や職員のストレスにも悪影響を及ぼします。
また、管理職や経営層が業務の実態を把握できず、適切な人員配置や業務改善の判断が遅れるという、組織運営上のボトルネックにもなっています。
医療機関では「現場で覚える」文化が根強く、OJT中心の教育体制が一般的です。
ただし現場の多忙さから、教育に十分な時間やリソースを割くことが難しく、育成の仕組みそのものが十分に整備されないまま、現場任せになっている病院も少なくありません。
このような状態では、指導の質や内容にばらつきが生じやすく、スタッフ間のスキルギャップやキャリア形成の不透明さにつながります。
また、管理職やリーダー層の育成も後回しになりがちで、プレイヤーとしての能力はあっても、人を育て、チームを動かすためのマネジメント力が十分に育たないという構造的な課題も見られます。
結果として、組織全体の推進力が停滞し、優秀な人材の離職や中間層の薄さといった形で、病院の持続力そのものに影響を及ぼします。
組織マネジメント上の課題に対して、どのような観点で組織を整えていくべきか。ここでは、持続可能な病院経営に必要な6つの基本要素を提示し、それぞれの意義を解説します。
病院という複雑で多職種が関わる組織を安定的に運営していくには、組織としての意思決定や責任の所在が明確であることが不可欠です。
誰が何を決め、どこまでの権限を持ち、どうやって実行していくのか――そのルールが組織全体に共有されていないと、属人化や迷走を招きやすくなります。
特に医療法人という構造上、理事会・院長・事務局などの関係性や役割分担があいまいなまま運営されているケースも少なくありません。「個人に依存しない持続可能な組織」として機能するには、経営の透明性と継続性を意識した体制づくりが必要です。
病院という組織が、日々の業務に追われながらも中長期的に同じ方向を向き続けるには、「なぜこの病院が存在するのか」「どこに向かっていくのか」を示すビジョンとミッションの存在が不可欠です。
ビジョンは将来像、ミッションは存在意義を表し、これらは経営層のためのスローガンではなく、現場スタッフを含む全員が行動や判断の拠り所とする“共通言語”であるべきものです。
ビジョンやミッションが院内で共有されていないと、部署や職種ごとに価値観や優先順位がばらつき、組織としての一体感や推進力が損なわれます。
逆に、全スタッフが同じ方向性を理解し、自分の役割や日々の業務と結びつけて考えられる状態になれば、現場の自律性や組織の力は大きく向上します。
組織の強さは、制度だけではなく、“目に見えない関係性”や“職場の空気”によっても左右されます。
心理的安全性が確保され、職種や上下の垣根を越えて意見が言い合える雰囲気があれば、自然と連携の質が高まり、組織としての力が発揮されます。
リーダー層による率先した姿勢や、フィードバック文化の醸成、小さな成功体験の共有などを通じて、信頼と協力を軸とした組織文化を育てていくことが求められます。
医療現場で高いパフォーマンスを維持していくには、スタッフが心身ともに安心して働ける環境づくりが欠かせません。
過重労働や不規則な勤務体制が常態化すれば、燃え尽き症候群や離職リスクが高まるだけでなく、組織としての安定性にも影響を及ぼします。
ライフステージや家庭の事情に左右されずに働ける柔軟性や、相談や支援を得やすい体制は、単なる福利厚生ではなく、組織マネジメントの一環と捉えるべき要素です。
こうした“働きやすさ”が組織に根づくことで、スタッフのエンゲージメント向上や定着率の改善にもつながっていきます。
病院は多職種が連携しながら複雑な業務を日々こなす組織です。その中で、業務の進め方や情報のやり取りにばらつきがあると、現場の混乱やミス、属人化の温床となりかねません。
また、現場の状況を把握できなければ、マネジメント層が適切な判断や改善を行うことも困難になります。
業務プロセスを標準化し、情報を組織全体で共有できる状態に整えることは、職員一人ひとりの負担軽減にとどまらず、組織全体のパフォーマンスと安全性を支える土台となります。
誰が見てもわかる・迷わない・属人化しない運用が当たり前になったとき、ようやく本来注力すべき医療そのものに集中できる体制が実現します。
組織の持続的な成長には、職員一人ひとりが自身の成長を実感できる環境と、正当に評価される仕組みが欠かせません。
育成の視点が欠けていると、経験の積み重ねが偶発的なものにとどまり、成長の道筋が不透明なままとなります。また、評価があいまいで納得感を欠くと、モチベーションの低下や人材の流出にもつながります。
医療現場においては、職種やキャリアステージの違いをふまえた多様な成長機会の提供と、公平かつ透明性のある評価の設計が求められます。
「頑張りが見える」「貢献が認められる」状態をつくること、そして「自分がこの先どのように成長できるのか」を具体的に思い描けることが、個人のやりがいや組織全体の活力を生み出します。
上記で整理した6つの要素を実際にどう落とし込んでいくのか、ここでは現実的かつ効果的な改善アプローチについてご紹介します。
病院経営の属人化を防ぎ、継続的な組織運営を可能にするためには、明確な組織体制の設計と文書化が不可欠です。
たとえば、理事会や院長の役割・責任を規程として整備し、組織図に基づいた指揮命令系統を明示することが重要です。さらに、院長不在時の意思決定ルール、後継者育成の計画、執行役員や部門責任者への権限移譲の方針などをあらかじめ設定しておくことで、経営の透明性と安定性を高めることができます。
加えて、理事会や経営会議の定期的な振り返り・自己評価を通じて、運用の形骸化を防ぎ、組織にとって適切なガバナンスを継続的に見直していく姿勢も大切です。
院内のビジョンやミッションは、単に経営層が定めた文言を掲げるだけでは浸透しません。現場スタッフと共に考え、言語化し、共有していく「共創プロセス」こそが浸透の第一歩です。
そのうえで、理念を評価制度や研修プログラム、日々の業務方針に落とし込むことで、スタッフ一人ひとりの行動に結びつけることが可能になります。
例としては、「理念と行動指針を結びつける評価項目の設計」や「バリュー共有会・ワークショップ」の実施などが挙げられます。理念が“自分ごと”として機能する組織は、現場から自然に改善と前向きな行動が生まれるようになります。
現場の理解と納得を得るには、理念だけでなく、病院の現状や経営判断の背景にある“具体的な数字や指標”をわかりやすく共有する姿勢が欠かせません。
たとえば、病床稼働率、平均在院日数、外来患者数、単価、部門別の収益構造、人件費率といったKPIを丁寧に共有することで、経営判断の「なぜ」が現場に伝わりやすくなります。
「なぜ増員できないのか」「なぜある診療科に力を入れるのか」といった問いに対しても、データに基づく説明があることで、現場の不安や不満は納得へと変わります。 情報はトップだけが持つものではなく、全スタッフにとって“自分たちの病院をより良くするための材料”として共有されるべきものです。そうした姿勢が、組織の一体感と当事者意識を育てる基盤となります。
病院では、医師・看護師・コメディカル・事務職といった多職種が関わる中で、役割や視点の違いから情報の伝達不足や誤解が生まれやすい構造があります。
また、階層構造のある組織においては、上層部の意図や方針が現場に十分に伝わらず、逆に現場の声が経営層に届かない「一方通行」の状態が長期化するリスクもあります。
こうした状況を防ぐには、縦(経営⇄現場)・横(部門間)の両方向でのコミュニケーションルートを意図的に設計・整備することが求められます。
たとえば、定期的な部門横断のカンファレンスや、朝礼・業務連絡の仕組みづくり、ICTツール(チャット、電子カルテ内の情報共有機能など)の活用は、日常業務の中で情報の質とスピードを高める手段となります。
「情報が行き交う組織」ではなく、「意味が通じ合う組織」を目指すことが、真のコミュニケーション改善につながります。
医療現場では、人手不足や業務量の多さ、不規則な勤務といった構造的な要因により、スタッフ一人ひとりの心身の負担が大きくなりやすい環境にあります。
このような環境が続けば、離職や燃え尽き、パフォーマンスの低下といった課題につながり、結果として組織の安定性や医療の質にも影響を及ぼします。
こうしたリスクを軽減するためには、勤務形態や勤務時間の柔軟性、休暇取得のしやすさ、相談しやすい雰囲気や制度といった“安心して働ける環境”の整備が不可欠です。
また、ライフステージや家庭環境の変化にも対応できるよう、制度面と運用面の両方から支援体制を整えておくことが望まれます。
さらに、福利厚生の充実も職員の安心感と定着に寄与する重要な要素です。たとえば、
といった支援策が考えられます。こうした取り組みは、働くことそのものへの安心感と、長期的なキャリア形成の土台にもつながります。
働きやすい職場は、組織の持続性や信頼性に直結するマネジメントの基盤と捉えるべきです。
医療現場では、人間関係の摩擦やハラスメント、精神的な負荷といった問題が表面化しづらく、組織としての初動が遅れやすい構造的リスクがあります。こうしたリスクを早期に察知し、対応につなげるためには、職員が安心して相談できる窓口の存在が不可欠です。
ただし、相談窓口を「設置するだけ」では機能せず、誰が・どこで・どう対応するのかを明確にし、実際に活用される状態をつくることが重要です。
たとえば、外部の専門機関と連携した匿名相談の仕組みや、人事・看護部門などを通じた定期的な面談体制の整備など、制度と運用の両面から“相談のしやすさ”を設計することが求められます。
また、相談を通じて得られた気づきを組織の改善につなげることで、「声が届く」という実感が職員の信頼感を高め、結果的に組織の心理的安全性の醸成にもつながります。
病院では、診療・看護・事務といった多岐にわたる業務が、複数の職種と部門にまたがって日々遂行されています。
しかし現実には、属人的な対応やローカルルール、口頭伝達などが残ることで、業務の非効率や連携ミス、責任の所在不明確といった課題が表面化しやすい構造となっています。
こうした状況を改善するには、業務の“見える化”と“標準化”を通じて、誰がやっても一定の品質が担保される体制を整えることが出発点となります。
加えて、電子カルテ、業務支援アプリ、タスク管理ツールなどのデジタルツールを業務フローに自然に組み込むことで、情報の分断を防ぎ、判断や対応のスピードを向上させることが可能になります。
効率化は単なるコスト削減ではなく、職員の負担軽減、安全性の向上、そしてマネジメントの可視化を同時に実現するための仕組みの再設計です。
医療現場では、「現場で学ぶ」「仕事を見て覚える」といったOJT中心の育成が根付いており、明文化された教育体制や計画的な育成機会の整備が後回しになりがちです。
その結果、教育の質にばらつきが出たり、スタッフの成長実感やキャリアイメージが持ちにくいといった課題が生じやすくなります。
こうした状況を改善するためには、職種やキャリア段階に応じた育成方針を明確にし、誰が・いつ・どのように育てるかを組織として設計することが求められます。
たとえば、入職から1年目・3年目・5年目など節目ごとに求められるスキルや役割を定義し、研修や面談の機会を組み込むことで、成長の道筋が可視化されます。
また、育成は人事部門や現場任せにせず、病院全体として「育てる文化」をつくることが必要不可欠です。育成は一部の教育熱心な先輩の善意ではなく、組織が責任を持って支えるべき仕組みです。
スタッフの貢献を正当に評価し、継続的な成長につなげていくためには、評価制度を単なる査定ではなく、“育成と対話の仕組み”として位置づけることが重要です。
医療現場では、「評価は上司からの通知」「結果を伝えるだけ」となりがちな風土が残っており、納得感やモチベーションの源として機能していないケースも少なくありません。
まずは、何を評価するのか(業務量・質・行動・チーム貢献など)を明確にし、職種や役割に応じた基準を定めることが必要です。
そのうえで、評価は一方的な通達ではなく、面談や日常のやり取りを通じて「対話的」に行われることが望まれます。ポジティブな点だけでなく、改善点も建設的に伝えることで、スタッフが前向きに受け止め、次の成長へとつなげやすくなります。
評価は管理の手段ではなく、信頼を築き、能力を引き出す“組織の言語”として活用されるべきものです。
医療現場では、優れたプレイヤーがそのままリーダーを任されることが多くありますが、現場を回す力と、人を導く力は必ずしも一致しません。
リーダーには、チームを俯瞰し、意思決定を行い、対話や調整を重ねながら目標に向けて組織を前進させる力が求められます。
それにもかかわらず、こうした能力は「経験に任せる」「向いている人に任せる」とされがちで、体系的な育成が行われていないケースが少なくありません。
現場を支える中間層が孤立したり、板挟みになって疲弊する背景には、リーダーとしてのスキルや支援体制の不在があることも多いです。
だからこそ、リーダーシップは“選ばれた人が自然と備えるもの”ではなく、計画的に育て、支えるべき組織資源と捉える必要があります。
段階的な研修や振り返りの機会、同じ立場の仲間との対話の場などを通じて、安心して挑戦し、失敗から学べる育成環境を整えることが、組織全体の推進力を高めていく鍵となります。
病院の組織マネジメントは、経営の効率化や制度の整備だけではなく、スタッフが安心して働き、力を発揮できる環境をいかにつくるかに本質があります。
理念だけを掲げても、制度だけを整えても、組織は変わりません。現場の納得と共感を土台に、「人」「仕組み」「文化」が一体となって機能することではじめて、持続可能な病院運営が実現されます。
そしてその結果として、病院は「質の高い医療を提供する場」だけでなく、地域や患者にとって“なくてはならない存在”として信頼を集めていくことができるのです。
組織マネジメントに正解はありませんが、立ち止まって現状を見直し、小さな改善を積み重ねていく姿勢こそが、病院の未来を支える土台になります。
メディヴァでは、病院の組織マネジメントに関する各種支援を行っています。
ビジョン・ミッションの再定義や院内での浸透支援、組織体制やガバナンスの見直し、人材育成や評価制度の設計、業務改善やコミュニケーション活性化など、現場の実情に即した伴走型のご支援が可能です。組織マネジメントに関して課題を感じている方はぜひご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他