2025/05/08/木
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
目次
高齢化の進展により、介護サービスの需要は年々増加しています。
一方で、慢性的な人手不足が続き、限られたスタッフで質の高いケアを提供しなければならないという厳しい状況に直面している介護施設も少なくありません。
このような背景の中、介護施設の「生産性向上」は避けては通れないテーマとなっています。
とはいえ、「どこから手をつけていいかわからない」「改善したいが現場が回らなくなるのでは…」といった不安の声も多く寄せられます。
本記事では、生産性向上の重要性を改めて整理し、生産性を向上させるための取り組みや成功事例をご紹介します。
介護施設で働く皆さまが負担軽減とサービス品質の両立を目指すヒントになれば幸いです。
介護施設を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。
介護業界では、急速な高齢化に伴って要介護者数が増加しています。 厚生労働省によると、介護保険サービスの利用者は年々増えてきており、後期高齢者の人口も2035年度まで増加傾向にあることから、今後ますますサービス提供体制の拡充が求められます。
しかし、その一方で、深刻な人手不足が進行しています。2022年度の介護職員数は約215万人であることに対し、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人もの介護職員が必要と試算されており、「人材が足りないからサービスが提供できない」というリスクは現実のものになりつつあります。
そのような背景の中、生産性向上の取り組みは単なるコスト削減の手段ではなく、以下の“三立(さんりつ)”の視点からも極めて重要な課題です。
生産性向上は、介護現場の課題を解決するための鍵となります。生産性が向上することで、職員の業務負担が軽減され、業務効率が高まります。それにより、職員は利用者とのコミュニケーションや直接ケアに時間を割くことができ、サービスの質が向上します。
また、生産性向上は職員一人ひとりの心身の負担軽減に繋がり、職員の満足度の向上にも寄与します。職員の満足度が高まることで、離職率の低下が期待でき、長期的には施設の運営に安定をもたらします。それに加えて職員のスキルアップやキャリアパスの明確化も促進され、職員のモチベーションが向上し、チーム全体のパフォーマンス向上にも繋がります。 さらに、効率的な業務運営はコスト削減にもつながり、施設全体の財政的な健全性を保つ助けともなります。これにより、施設は限られた資源を最大限に活用し、利用者に質の高いケアを提供できるようになります。
一般的な生産性向上とは「成果(アウトプット)を維持または高めつつ、投入するコスト(時間・人員・資金)を抑えること」です。
介護の現場では「介護の価値を高めること」と定義しています。「安全・安心なサービスを最小限のムリ・ムダ・ムラで提供する」ために、以下のような実践的なアプローチが有効です。
最初のステップとして有効なのが、施設内の業務を可視化し、整理することです。
「誰が・いつ・どのような業務をしているか」を洗い出すことで、業務の偏りや属人化、重複した作業が明らかになります。
その上で、介護職、看護職、事務職といった職種ごとに担当すべきタスクを再整理することで、各職種が本来の専門性を発揮できる環境が整います。
また、定期的にOJTや外部研修などを実施することで、スキルのばらつきを抑え、誰もが一定の質を保って業務を遂行できるようになります。
このような取り組みは、業務の効率化だけでなく、スタッフ一人ひとりの働きやすさにもつながります。
業務フローの見直しは、日々の業務の中に潜む“当たり前の非効率”に気づくきっかけになります。
例えば、計画の作成からケア実施、記録、申し送りまでの一連の流れを紙で管理している場合、それだけで転記や確認に多くの時間がかかっているかもしれません。
このような一連のプロセスを、タブレットやパソコンを用いた一貫したデジタル管理に切り替えることで、時間短縮とミス防止が図れます。
あわせて業務手順をマニュアル化・標準化することで、属人化を防ぎ、新人スタッフでも同等の品質で業務を遂行できる体制が整います。
人手不足が続く介護現場では、ICTや介護ロボットの導入による省力化・効率化も重要な手法の一つです。
たとえば、記録業務を紙からタブレットに切り替えることで入力作業を効率化でき、ムダな二重記録を廃止することで、スタッフの時間的負担を減らすことができます。
また、睡眠センサーやバイタルサインの自動測定機器、移乗支援ロボットなどを活用することで、見守りや移乗介助といった身体的負担の大きい業務も軽減されます。
導入に際しては一定のコストが発生しますが、国や自治体による補助金制度を活用することで、初期費用を抑えつつ高い効果を得ることが可能です。 こうしたツールは「人を減らす」ためではなく、「スタッフ一人ひとりの力を最大化する」手段として活用する視点が重要です。
参考:
介護ロボットとは?種類や導入メリットなど最新の情報をご紹介
課題が多い介護業界のDX化を、効果的に進めるためのポイント
スタッフ同士の情報共有や意思疎通の質が高まることも、現場の生産性向上に大きく寄与します。
インカムを使用したリアルタイムの情報共有やシステムやチャットツールを活用した進捗状況の共有によって対応の重複や抜け漏れを防ぐことができます。
また、日常的な「報・連・相」の文化が根付くことで、現場の連携力が高まり、チームとしての一体感も生まれます。
特に、多職種連携が求められる介護施設では、こうしたコミュニケーションの質が、業務効率やサービス品質を左右するといっても過言ではありません。
業務の効率化は、人的リソースや制度の見直しだけでなく、物理的な「動線」の改善によっても実現できます。
例えば、職員の待機場所を見直すことで、職員の移動距離を短縮し、時間的なロスを減らすことが可能です。
また、通路の幅が十分に確保されているか、備品や私物が通路を塞いでいないかといった点も、職員の業務効率に直結します。
さらに、車椅子や歩行器を使う利用者が多い場合には、動線の幅や段差の有無などを調整することで、介助の負担を軽減することにもつながります。
大規模な改修をしなくても、ベッドの位置や備品の配置を見直すだけでも効果がある場合があります。
ここでは、弊社が支援した介護施設における具体的な2つの成功事例をご紹介します。
・介護現場の働き方改革:業務改善×人員配置再編×ICTによる生産性向上へ
北九州モデルの導入において、業務の棚卸しと仕分けを行い、記録・見守りにはICTを、清掃や洗濯などの周辺業務にはアウトソーシングを導入し、最終的には24時間人員配置と業務の再考を行い、業務負担の軽減と専門職の集中を図りました。
結果として、記録業務の時間は介護職で51%、看護職で30%削減。周辺業務の時間は65%削減され、従来2.3:1だった人員配置を2.87:1にスリム化しました。
生まれた時間を利用者との関わりにあてることで会話時間は2.5倍に増加し、職員のやりがいと利用者満足の両立を実現しました。
詳しくはこちら:介護現場の働き方改革 業務改善×人員配置再編×ICTによる生産性向上
・介護助手の導入:45%の業務時間削減、94%の負担減
とある介護老人保健施設では、介護助手の導入をきっかけに、業務の棚卸しと非専門業務の見直しを実施しました。1日約8時間費やしていた準備・片付け業務を介護助手に移行し、記録や洗濯、ベッドメイキングなどの見直しも並行して進めました。
その結果、1週間あたり約24時間(45%)の業務が削減され、職員の身体的・精神的負担が大幅に軽減しました。また、アンケートを行った結果、94%の職員から「身体的・精神的負担が減った」と回答がありました。
生まれた時間は、利用者とのコミュニケーションの時間に充てられ、ケアの質と職員のやりがい向上の両立が実現しました。
このように単に介護助手を導入するだけでなく、業務改善も同時に実施したことで、業務効率化と介護職員の負担軽減を加速させ、大きな効果を生み出しました
詳しくはこちら:介護助手の導入事例紹介ー94%の負担減、45%の業務時間削減ー
介護の生産性向上を阻む要因として、過去の慣習に捉われていること、業務プロセスが整理されていないこと、そして内部では気付きにくい問題があることが挙げられます。これらは、業務の効率化や生産性向上の妨げとなり、改善に向けた取り組みを遅らせる要因となります。
長年続いてきた業務のやり方やルールが「当たり前」として受け入れられてしまうと、新しい手法や改善策が取り入れられにくい状況が生まれます。革新的な取り組みを試みても、「これまでこうやってきた」という考え方が根強いため、変化に対する抵抗が生じます。結果として、最新の技術や効率的なプロセスが活用されず、無駄な作業が温存されてしまいます。
業務の流れが明確に定義されておらず担当者によって異なる方法で仕事が進められると、業務のばらつきが生じてしまいます。標準化がされていない場合、効率的な作業手順が確立されにくく、業務の属人化が進んでしまいます。また、手順が複雑で不要な工程が含まれていることに気付きにくいため、業務の簡素化や自動化が難しくなります。
日々の業務に追われる中で非効率なプロセスが当たり前になると、改善の必要性に気付く機会が少なくなってしまいます。外部の視点を取り入れることがない場合、組織内で問題が「隠れたまま」になり、業務の最適化が進みにくいです。加えて、従業員が改善提案を出しづらい環境では、現場の課題が経営層に伝わらず、抜本的な改革が遅れる原因となります。
生産性向上は、単なる効率化ではありません。人と業務と仕組みをどう整えるかを丁寧に考える必要があります。
そして、生産性向上活動は「継続すること」が最も大切です。
介護施設における生産性向上は、スタッフの業務負担を軽減するだけでなく、利用者との関わりの質を高め、サービス全体の質向上にもつながります。
人手不足が続く中でも、限られた資源で安定した運営を続けていくためには、業務の見直しや役割分担、ICTの活用といった取り組みが今後ますます重要になっていくでしょう。
ただ、実際に改善へ踏み出そうとすると、「どこから手を付けていいかわからない」「職員の理解が得られるか不安」といった声も多く聞かれます。
メディヴァでは、介護現場に寄り添った形で、課題整理から業務改善の伴走支援まで幅広くご相談をお受けしています。
何かお困りごとがありましたら、まずはお気軽にご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他