2026/06/22/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
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【執筆】コンサルタント中島/【監修】代表取締役社長 大石佳能子
目次
高齢化の急速な進展に伴い、認知症のある方も誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられる「共生社会の実現に向けた意欲的なまちづくり」は、今や全国の自治体にとって最重要かつ避けては通れない共通のテーマとなっています。
しかし、その施策を推進する行政の現場からは、次のような切実な課題や悩みの声が多く聞かれます。
頭では「部署を超えた連携」や「地域住民の自分ごと化」が大切だと分かっていても、行政組織の縦割りの壁や、住民への伝え方の限界を乗り越えるのは本当に難しいものです。
ではなぜ、部署間の壁や住民理解への限界があるのでしょうか。その根本的な原因は、庁内や地域に「実感を伴う共通言語」が不足していることにあります。本記事では、知識を「実感」に変え、縦割りの壁を越えて「共創」を生み出す画期的なアプローチについて、認知度にもやさしい街づくりを推進する現場からお伝えします。
私は現在、福岡市認知症フレンドリーセンター の取り組みに関わる一員として、日々、市民の皆様や関係者の皆様への認知症理解促進や地域づくりに携わっています。同センターは、認知症になっても安心して暮らせるまちづくりを先駆的に推進する福岡市の拠点であり、当事者視点に立った本質的な学びの機会を広く提供している場所です。
また、かつては地域包括支援センターの管理者として、地域住民やご家族の切実な相談に向き合ってきた過去があります。当時は、認知症の理解促進に向けて、座学での研修や劇を交えての啓発、声掛け訓練など、さまざまな取り組みを行ってきましたが、その中で、当事者の視点に立つことの難しさを痛感し続けてきました。
これまでの研修や啓発活動を振り返ると、どうしても、「知識として理解すること」に偏っていました。例えば、 “認知症になると記憶障害が起こる”“判断力が低下する”“不安や混乱が起きやすい”といった表面的な内容は理解していても、それが「実際にはどんな感覚なのか」までは分かっていなかったのです。言い換えれば、“説明はできるけれど、実感が伴っていない状態”でした。
声をかけているのに、なぜ伝わらないのか。なぜそんなに驚くのか。なぜ拒否が続くのか。 そうした場面に直面したとき、どこか「対応」の技術ばかりに目が向いてしまい、ご本人の立場から本当の意味で考えきれていなかったのだと思います。
こうした、座学だけではどうしても超えられなかった「伝える壁」に対し、弊社(メディヴァ)では、慶應義塾大学と共同開発した、独自の特許技術である認知症AR「Dementia Eyesを全国各地の研修の場で活用しています。
私自身が認知症AR体験をした際、まず感じたのは「自分がこれまで見ていた世界と、本人の見えている世界がまったく違う」という戸惑いでした。例えば、ただ「目の前にある椅子に座ろう」としたとき
といった状態になり、その結果、「座る」というごく単純な日常の動作に、思った以上の緊張と足がすくむような不安が伴いました。 また、視界に入っていない方向(後ろなど)から声をかけられると、それが「優しい言葉」であっても情報として認識できず、反射的な恐怖や驚きとして心に入ってくる感覚がありました。
これまで現場で見ていた当事者の方の「突然の驚き」や「強い拒否反応」の理由が、自分の身体を通して初めて、痛いほど理解できた気がしました。
「認知症だからできない」のではなく、「周囲の環境や関わり方次第で、本人が安心して本来の力を発揮できるようになるのだ」という本質的な気づきを得ることができました。
座学の研修などだけでは届かなかったものが、認知症AR体験によって、多くの人々の心に深く、確かに浸透していくのを感じました。実際に体験した方々の声には、明日からの生活、そして地域をやさしく変えるヒントが溢れています。
介護に悩むご家族の声(気づきから共感へ)
「日々の介護に追われ、余裕がありませんでした。後ろから『ご飯だよ』と声をかけると、いつも本人が激しく驚く理由が、認知症ARを体験して初めて分かりました。本人の狭い視界では、左右も後ろも見えず、突然声が降ってきたような衝撃だったんです。本人の視点で考えていく大切さを学びました。これからは驚かせないように正面から、優しく目を合わせて話しかけようと思います」
介護者が本人の症状を身体で理解したことで、それまでの「どうして驚くの?」という疑問が解消され、自宅の環境整備や適切な声掛けの具体的な工夫へと繋がった事例です。
地域に住む一般の方の声(自分ごと化の瞬間)
「認知症はただの物忘れの病気だと思っていました。でも、こんなに怖い思いをしながら毎日を生活しているなんて……。以前、病院の待合室で椅子を何度も手で触りながら慎重に腰かけている高齢者の方を見かけ、不思議に思っていましたが、ようやく『そういうことだったのだ』と理解できました。これからは街で見かけたら、迷わず『お手伝いしましょうか?』と言える勇気が湧きました」
認知症の方の見え方を体感したことで、その裏にある不安感や恐怖心に深く共感し、地域住民としての接し方に大きな意識変容がもたらされた瞬間でした。これらは決して、一過性の「可哀想」という感想ではありません。自分自身の感覚として体験したからこそ生まれた、「共感」と、自発的な「行動の変化」なのです。
この「体験による深い理解と共感」は、個人の関わり方の変容につながるだけでなく、自治体が推進する今後の認知症施策や地域づくりに対しても、大きな示唆を与えます。具体的には、以下のような行政アプローチの転換を目指せます。
認知症への理解が「実感」を伴うことで、行政庁内、そして地域社会全体に共通認識が生まれます。また、部署横断での共通言語の確立も目指せ、計画倒れにならない、実効性の高い施策の推進にもつながります。
「当事者の視点」という共通の目線を持ったうえで「認知症の方が住みやすいまち」を追求することは、巡り巡って、地域に暮らす「すべての人にとって生きやすく、働きやすいユニバーサルな社会(インクルーシブ社会)」を再構築することになります。組織の意識を根底から変え、誰もが自分らしく輝ける未来への第一歩として、「当事者の視点をまず体験すること」は、非常に有効で強力なアプローチとなります。
認知症AR体験は、参加者の価値観を揺さぶる強力なツールです。しかし、この体験を単なる「一過性のイベント」や「感動体験」で終わらせてしまっては、自治体が抱える本質的な課題は解決しません。
重要なのは、体験によって得た「当事者の視点」を共通言語とし、福祉部署とハード部署(都市計画・インフラなど)が連携した具体的な「施策」へと着地させることです。
メディヴァでは、認知症AR体験プログラムの提供にとどまらず、その後の確実なアウトプットを見据えた伴走支援を行っています。
「他部署をどう巻き込めばいいか分からない」「既存の啓発活動を刷新したい」とお悩みの自治体ご担当者様は、ぜひ一度ご相談ください。皆様の地域における「支援」から「共創」への第一歩を、私たちが強力にサポートいたします。
認知症ARは、福岡市認知症フレンドリーセンターでも実際にご体験いただけます。当事者視点の学びを深める拠点として、ぜひ足をお運びください。
福岡市認知症フレンドリーセンター公式サイト
監修
大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。