現場レポート

2024/11/29/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

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福岡市が目指す「認知症フレンドリー社会」(後編)~認知症フレンドリーセンター、開設1年の歩み~

【執筆】福岡市認知症フレンドリーセンター・センター長 党

>>福岡市が目指す「認知症フレンドリー社会」(前編)はこちらから

「福岡市認知症フレンドリーセンター」4つの柱

前回の記事では認知症対処社会から、認知症フレンドリー社会へ、福岡市がまち全体で目指す取り組みについてご紹介しました。今回は、認知症フレンドリー社会の拠点として2023年9月に開設した「認知症フレンドリーセンター」に焦点を置きます。

まずはセンターが進める4つの柱(①認知症当事者の活躍 ②交流 ③学び・体験 ④情報発信)について紹介いたします。

①認知症当事者の活躍

前述した通り、オレンジ人材バンクの枠組みから認知症当事者が活躍できる機会を創出します。「支援」から「活躍」へ、具体的な取り組みとして“ハタラク”があります。

1)センターでの活躍・センター外での活躍
フレンドリーセンターでは、複数の認知症当時者が有償ボランティアとして活躍しています。本人のやりたい気持ちを尊重し、来館者対応やイベント時のカメラマン、取材対応や特技のPC入力など、その人ができることに着眼し、チャレンジできる場づくりを設定しています。時間や頻度は人それぞれです。当事者と話をし、その日その時やりたいことに取り組みます。

また、センター以外でもオレンジパートナーズ企業の開発プロセスに当事者が“経験専門家”として役割を担い、アドバイザーやモニターとして協力します。企業は認知症当事者だからわかること、できることといった価値を理解し、社会貢献の枠組みではなく、真剣なまなざしで適正な商品、製品、サービスの開発に挑みます。それらのプロセスを通して関わる企業の方々も抱いていたネガティブな認知症のイメージが更新され、新たな気づきとして開発プロジェクトを前に進めることが可能となります。

センター内での活躍「取材対応」の様子

センター外での活躍「認知症にやさしい製品の開発協力」の様子

2)ピアサポート
ピアとは同じ境遇にいる仲間を意味します。認知症の人は認知症の人の話を聞きたいという方が一定数います。人前では話しにくいこともピア同士であれば、お互い心を開き日頃の悩みや葛藤を打ち明けることができたり、「それ、私もあるわよ」と似通った経験や失敗談に共感しあえることで、しだいに表情がほころびます。センターでは認知症の人が気軽に集い合える本人ミーティングや人材バンクに登録する当事者が個別相談に乗るピアサポートを実施しています。ピアサポートから勇気や希望をもらい、そこから人材バンクに登録し活躍される方もいらっしゃいます。  

1)、2)ともにハタラクことが目的ではありません。役割や機会があることで当事者は希望や可能性を抱くことができます。不安な表情から笑顔がとりもどされ、「まだまだできる」「いっしょに楽しむ」と自己肯定感から自尊心の獲得につながります。家族をはじめ周囲も驚くほど自信を取り戻すその姿は、漠然とした不安を抱える家族にとっても勇気づけられる機会となるのです。なかには、認知症の症状が和らいだと喜ぶ専門職やご家族もいます。

このようなプロセスを通して、周囲に対し当事者のチカラを奪わない事の大切さや感情記憶に働きかけることの大切さを知ってもらう手段として位置づけ、社会への発信にも力を注ぎます。

②交流

センターは様々な出会いや交流の場となります。開館時間内は自由に行き来することが可能で、誰でも気軽に来館することができます。認知症とともに暮らす常連さんもいたりして、ふらっと訪れる方もいます。定期的にイベントも開催しており、人それぞれに、様々な思いで来館され交流が育まれます。特徴的なものをいくつか紹介させていただきます。

まずは、認知症の人同士の交流です。前述のピアサポートでも述べましたが、実際、センターに個別でピアサポートを受けることを目的に来館される方がいます。認知症と診断され、この先どうしたらいいか路頭に迷っている方が、その経験を歩んでこられた先輩当事者から共感や生活のヒントを得ることができ、勇気や希望につながります。サポートする側のピアサポーターもやりがいや仲間が増えることによって、双方向で明るく前を向くことが可能となります。

また、個別のピアサポートとは別に、イベントとして「本人ミーティング」を開催しており、認知症当事者の方が一歩踏み出せる機会として月に一回の頻度で実施しています。フレンドリーセンターができたこと、開催頻度も増えたことで回を増すごとに新たな参加者が増え、仲間づくりの場として一翼を担っています。介護する家族同士も同様で、本人ミーティングの際に家族同士で語り合える機会を意図的に作り出しています。日頃の悩みや、介護の工夫、心情を吐露し共感しあえる場となっており、認知症当事者のみならず家族にとっても貴重な機会となっています。

さらに、福岡市で特徴的なものとして、交流の場に企業が加わるということが挙げられます。例えば、オレンジパートナーズの枠組みから、製品やサービスを開発するプロセスにおいて当事者との交流が育まれたり、福岡市が主催するオレンジパートナーズ向けのイベント「NEXTミーティング」(年間6回開催)では企業同士のつながりや交流から、新たなひらめきや価値が創出されるなど可能性に広がりを見せています。

交流から見えてくるものは、ただやみくもに関わるのではなく、共感者や仲間を増やすことで、同じ目線で認知症を理解し、認知症フレンドリーなまちづくりを進めていくためのプロセスを確かめ合ったり、手ごたえを実感することができるということです。認知症当事者のひたむきに取り組まれるその姿は、古い認知症観(対処社会)から新しい認知症観(フレンドリー社会)への気づきを与える場となっており、交流の機会を通して、目の前の認知症課題に翻弄されるのではなく、少し先の未来を見据えた建設的なチャレンジの場となっています。

③学び・体験

センターには学びの機能も備わっており、視察の受け入れや小中学校の職場体験をはじめ、インターンや介護系専門学校の授業でも活用されます。

市民を対象としたユマニチュード講座、認知症サポーター養成講座、認知症の人にもやさしいデザイン講座の各セミナーは毎月実施しており、様々な市民の方がいろんな目的で受講されます。また、2種類のARを常設しており、認知症疑似体験(Demencia eyes)、ユマニチュード実践体験(Hearts)を行うことができます。専門職や家族介護者など多くの方がご利用され、新たな気づきを得たり、実践的なスキルを身につけます。さらには、センター自体が認知症の人にもやさしいデザインのショールームとして位置づけられており、机上だけでは伝わらない、体験型の学びの場として広く活用されています。

認知症ARでの疑似体験の様子

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「認知症AR」がアジア健康長寿イノベーション賞 準グランプリ受賞https://mediva.co.jp/news/news-releases/9309/

④情報発信

3つの柱(活躍、交流、学び・体験)をはじめとする様々な取り組みの中から、情報や知見が備わってきます。それらをセンターで集約し完結させるのではなく、多くの市民に知ってもらい行動変容を促していくことがとても大切です。ホームページやSNS(facebook、Instagram)の活用、メディアへの露出やフォーラム等での登壇の機会を通し、発信する機会を拡大しています。

最近では、認知症当事者の話を直接聞きたいと当事者が講演依頼を受けることも増えてきました。当事者不在で物事を進めるのではなく、当事者中心で画策することを我々は意識しています。

※福岡市認知症フレンドリーセンターHP
https://dementia-friendly-center.city.fukuoka.lg.jp/

センターに期待されること、私たちの思い

開設からあっという間に一年が経過しました。来館者数は当初の予想を大幅に上回る7,000人を超え、社会の関心の高さを窺い知ることができます。

センターに期待されることは、認知症当事者の望む暮らしが叶えられるまちづくりの実現です。古い認知症観で周囲からレッテルを貼られ、「あぶないから」、「周りが困るから」と地域社会から隔絶されるのではなく、その人が望むのであれば、可能な限りこれまで通りの暮らしが継続できる世の中にすることを目指しています。新しい認知症観(フレンドリー社会)にパラダイムシフトすることは、認知症の方がさらに増えると予測される10年、20年後の未来予想図を描きかえる大切なことを意味します。認知症を理解し、取り巻く環境をアップデートすることで不安や戸惑い、失敗といったものをエスカレートさせないこと、そのためにはソフト、ハードの両面から認知症にやさしいまちを描き続けていく必要があります。

そのために、認知症フレンドリーセンターは、認知症と診断された方が絶望の淵に立たされることなく、また、路頭に迷わせないための手立てを考え続けます。様々な方との出会いや交流は、殻にこもろうとする認知症当事者にとって、希望の道筋となります。そこには医療・介護の専門職とか、企業、地域住民などというカテゴライズされた切り口ではなく、よりよい社会に向けて目的共有された志を持つ方々とのつながりがイノベーションを生むのだと考えています。認知症課題を「自分事」として捉え、一人称からはじまる様々な取り組みは、机上の空論で物事を一方的に推し進めるのではなく、実態から形作り、トライアンドエラーを繰り返しながら前に進めていくことが成果として導かれます。その姿をイメージし、認知症フレンドリーセンターは有効に機能します。

センターには4人の認知症コーディネーターを配置し、個別相談から企業の開発サポート、認知症の人にもやさしいデザインについてのアドバイスに至るまで幅広く対応できる体制を整えています。共感者を増やしながら、ともに前に進む仲間とつながり行動に移します。

まとめ

今回、福岡市認知症フレンドリーセンターの取り組みについて紹介させていただきました。私たちが日頃から現場で大切にしていることは、認知症の人から「学ぶ」という姿勢です。超高齢社会の中、認知症の方の割合が増えることを見据えると、認知症当事者を先輩として捉え、後輩の私たちに多くの知見や経験をフィードバックしてもらうことで、社会はより良い方向に導かれるのだと理解しています。単純に保護対象として捉えるのではなく、社会のアップデートを目指したこれらの取り組みは、日本の未来に少なからず寄与できるものであると自負しています。このようなことは一つの拠点で達成できるようなことではありません。

より多くの方に興味関心をもっていただき、みなさんとともに歩みを進めていくことを願っています。ぜひ一度、福岡市認知症フレンドリーセンターに足を運んでください。

弊社では、医療コンサルティングのみならず、幅広く医療・介護・福祉関連のコンサルティング事業を展開しています。介護事業における認知症にやさしいデザインの導入支援や地域包括ケアシステム構築支援をはじめとする自治体コンサルティングも行っています。質の高い調査力や実証力をベースに、最先端の知見の社会実装の実績を積み重ねています。その他のお問い合わせも随時受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

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執筆者

K.To
(介護福祉士・介護支援専門員・福岡市認知症ライフサポートワーカー)
自動車整備士から転身し、30年近く介護現場に従事する。主に認知症介護に携わり、様々な現場経験の中から当事者の望む暮らしを叶えるためには、認知症に対する社会のイメージを更新することが特に必要であると考え、2023年7月より株式会社メディヴァに入職し現職に就く。
・福岡市保健福祉審議会委員
・福岡県認知症施策推進会議委員
・九州厚生局地域包括ケアシステム等アドバイザー

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