2024/11/25/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】福岡市認知症フレンドリーセンター・センター長 党
目次
少子高齢社会の進展に伴い、高齢者の割合が増加する中、同時に認知症の人の数、割合が増えています。実際に、85歳以上で3人に一人、90歳以上で2人に一人が認知症であるということが発表されており、決して他人事ではありません。
これまで介護業界において30年近く仕事をしてきた中で、多くの人たちが認知症に対して「なりたくない」、「なったらおわり」というようなネガティブなイメージを持っていると感じています。しかしながら、認知症当事者の中には認知症と向き合い、生活の工夫や周囲の理解者を増やしていきながら前向きに暮らす人がたくさんいます。
福岡市では2018年、全国に先駆けて市政として「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を掲げ、認知症当事者が希望を持ち続け、活躍できる社会構築に向けて現在進行形で認知症にやさしいまちづくりにチャレンジしています。そのプロジェクトの中核拠点として、2023年9月にメディヴァが開設を支援し、運営を受託している「福岡市認知症フレンドリーセンター」がオープンしました。
開設から1年が経った今、様々なプロジェクトを遂行する中で見えてきたもの、現場での手ごたえと展望について、前編・後編の2回にわたって 紹介いたします。
認知症を発症する要因の一つは「老化」と言われており、年を重ねるごとに認知症の有症率は上昇します。平均寿命はコロナ禍でいったんは減少したものの、2023年からは再び上昇し、40年前と比較すると7.1歳プラスとなっています。今後も平均寿命は延びていくと予想されている点からは、人生100年時代の到来を歓迎しつつ、同時に認知症のことについても自分ごととして考える時代になりました。
あなたが認知症になったとき、どこで、だれと、どんなふうに暮らしたいですか?
私は長年、介護の現場で認知症ケアに携わってきました。介護保険制度の導入や研修の充実など、取り巻く環境は確実にアップデートされています。しかし、まだ社会のアップデートが必要なことが残っています。例えば、家族を含めた周囲の大変さを解消することは大切なことですが、この点が優先されるあまり、認知症当事者の意思を尊重せず、一方的に保護対象と捉え、本人の意思とは無関係に介護サービスを導入したり、施設に入所するなど、周囲の問題を解決するための手立てが施されてきたのもその一つです。
2000年に介護保険制度が導入され、「措置からサービスへ」、「介護の社会化」をメッセージとして打ち出されたのはよかったのですが、競争原理でサービスの質を向上させるというよりも、市場原理が先行することで支援を必要とする人に対し、ややもするとサービスを提供することが目的化され、過剰介入となることでその人の残された力までも奪ってきたのかもしれません。そして、認知症の人に対しては、「判断能力の低下」と烙印を押し、本人の意思とは無関係に介護サービスの契約や施設への入所手続きなどが本人の知らないところで執り行われてきました。そこに悪意は存在せず、「あぶないから」、「なにかあってはいけないから」、「家族が大変だから」と人を思いやる気持ちはあるものの、認知症当事者の思いとはかけ離れ、認知症問題に対処する形として、当事者が地域や社会から隔絶されるものになってしまったのです。
認知症フレンドリー社会の概念は、認知症当事者の声を大切にした社会環境の考え方です。当事者のやりたいことやできることが継続できる社会をイメージします。「あぶないから」、「周りに迷惑をかけるから」と本人から一方的にできること、やりたいことを取り上げるのではなく、社会環境そのものをアップデートすることで、失敗の傷を深めない概念として提唱されてあり、わかりづらさ、使いにくさは何に起因するものなのか、当事者の声を聞き、見え方、感じ方を理解しながら認知症の方にとっても暮らしやすい社会に近づけることを目指しています。そのためには、認知症課題に対し、産学官民一体となって取り組むことが不可欠です。医療や介護の専門家が認知症当事者の生活に助言を行うというよりも、当事者のこれまでの暮らしが持続可能にするための方法を、その人の暮らしにあわせて、ソフト、ハードの両側面から社会に反映させることで、過剰な混乱や戸惑いを低減させることにつながります。福岡市においてもその概念を踏襲し、認知症を取り巻く環境をより「やさしさ」にシフトすることをスローガンとして掲げ、これから増えていくことが予測される認知症当事者がまちの中で暮らし続けることを可能にする取り組みの一つとして「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」があり、そのプロジェクトを集約した拠点として「福岡市認知症フレンドリーセンター」が開設されました。
福岡市が2018年から展開してきた「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」。その主な取り組みを3つ紹介します。
①ユマニチュードの普及
ユマニチュードとは、やさしさを届けるコミュニケーションとケアの技法で、誰にでもわかりやすい方法で身につけることができます。子供からお年寄りまで多くの市民が認知機能が低下した方にどのように接すると混乱が少なくできるか、関わり方のスキルを身につけることで、認知症の人に積極的に関われるまちを目指しています。
②認知症の人にもやさしいデザインの導入
認知機能が低下すると、周囲の環境の見え方、理解の仕方、関わり方が変化し、環境からのストレスを受けやすくなっていきます。そのため、不適切な環境にいると、さらに混乱がエスカレートし、不安になります。そのような不安を取り除くために、ちょっとしたデザインの工夫を施すことで、適切な環境に整えることが可能です。例えば、案内標識(サイン)を貼る位置を目線の高さに合わせる、空間認識をわかりやすくするために壁と床の色の明暗を分けるなどで認知症の人にも過ごしやすい空間にすることができます。
福岡市では、このような環境を整える30のポイントにまとめた手引き※を策定しています。(メディヴァは手引き作成に事務局支援として関わっています。)市内における公共施設や介護施設、さらには屋外空間にも導入が進められており、環境デザインから認知症にやさしいまちを目指しています。
※認知症の人にもやさしいデザイン手引き(福岡市HP)https://www.city.fukuoka.lg.jp/fukushi/dementia/health/00/04/ninntichoudesign/3-040106.html
【関連記事】
日本初「ゴールド認証」を取得。認知症にやさしいデザイン
https://mediva.co.jp/report/case-study/12499/
③オレンジパートナーズ・オレンジ人材バンク
「オレンジパートナーズ」は企業を中心として、当事者、医療・介護関係者、大学・研究機関、行政で構成されるコンソーシアムです。企業の中には、認知症の人をエンドユーザーとして捉え始めており、認知症の人のニーズに合う製品やサービス開発の検討を行うところが増えてきています。しかし、これまでは、認知症の人の声を聞く機会やニーズを把握する機会は限られていました。福岡市の「オレンジパートナーズ」はこのような機会を提供するプラットフォームです。
「オレンジパートナーズ」では、いままでよくわからなかった認知症について理解を深める学びの機会や、当事者との出会い、生の声を聞く機会を創出することで認知症当事者がこれまで通りの生活を続けやすくなる製品やサービスの開発を支援しています。
「オレンジ人材バンク」は認知症当事者が登録できる人材バンクです。「あきらめたくない」、「人の役に立ちたい」、「新しいことにチャレンジしたい」と願う当事者の活躍(ハタラク)の機会を創出するものです。例えば、「オレンジパートナーズ」に登録する企業が製品開発する際に、そのプロセスに当事者が参画し、認知症を経験している専門家という立場から、企業にアドバイスしたり、モニターとして協力し、仕事として企業から報酬を得ています。
この新たな二つの取り組みは全国的にもあまり例がなく、先進的な取り組みとして高い注目を集めています。「オレンジパートナーズ」は福岡市内外の企業かが随時登録することができ、この枠組みを活用できます。
今回はこれまでの社会における認知症と、福岡市が目指す認知症当事者の声を大切にした「認知症フレンドリー社会」についてご紹介しました。次回は、「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」をさらに飛躍・発展させることを目的に新たな拠点として2023年9月に開設した「福岡市認知症フレンドリーセンター」について、開設1年の歩みを辿ります。
>>後編はこちらから
執筆者
K.To
(介護福祉士・介護支援専門員・福岡市認知症ライフサポートワーカー)
自動車整備士から転身し、30年近く介護現場に従事する。主に認知症介護に携わり、様々な現場経験の中から当事者の望む暮らしを叶えるためには、認知症に対する社会のイメージを更新することが特に必要であると考え、2023年7月より株式会社メディヴァに入職し現職に就く。
・福岡市保健福祉審議会委員
・福岡県認知症施策推進会議委員
・九州厚生局地域包括ケアシステム等アドバイザー