2025/06/11/水
地域医療の未来に飛び込む、ファーストペンギンたち
ファーストペンギンとは、群れの中から天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛び込むペンギンのこと。時には自らファーストペンギンとなって新しい取り組みを推進し、時にはファーストペンギンのパートナーとして伴走しながら支援する。メディヴァには、そのように地域医療の課題に挑むコンサルタントが多数います。
医療・介護現場での視点、企業・行政支援からの視点、地域の実情やデータに基づいた視点―。本連載では、様々な視点で地域医療の未来を切り開くメディヴァのコンサルタントに迫ります。
前回はへき地等でのオンライン診療についてお届けしましたが、今回は都市型のオンライン診療について。コロナ禍に世田谷区からの要請を受けてスタートした用賀アーバンクリニックでのオンライン診療の仕組みは、当時多くのメディアに取り上げられました。
前例のない仕組みをどのように構築したのか、またこれからのオンライン診療のあるべき姿について、本取り組みの先陣を切ってきたコンサルタントの浅野と中澤に聴きました。
■話し手
コンサルタント・浅野
奈良県出身。大学を卒業後、外資系製薬会社にてMRとして約5年間、主に大学病院や地域の基幹病院を担当。医療現場にダイレクトに関わりたいとの思いからメディヴァに参画。コロナ禍においては、全国に先駆けて、検査キット配送-オンライン診療-処方薬配送に対応した発熱外来のサービスを開始した他、感染状況に応じた解決策を自治体と協業し実施。現在は用賀アーバンクリニックの事務長として、現場運営をする傍ら、生活習慣病や睡眠時無呼吸症候群の患者、医療機関双方にとって効果的な新規サービスの構築を行っている。
コンサルタント・中澤
東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。印刷会社に入社し、システム開発部門でPG、SE、PMを経験後、「地方創生」をテーマとした企画部門で主に自治体と連携した新規事業開発に従事。「ソーシャルビジネス」を意識して活動する中で、自ら医療現場を運営しながら、患者視点の医療改革を目指すメディヴァの理念に共感し、2020年11月にメディヴァへ参画。医療現場に適したDX推進と、これからの時代の地域医療の仕組み作りを目指す。
■聞き手
大石 佳能子(代表取締役/規制改革推進会議委員)
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。
目次
大石:用賀アーバンクリニックではコロナ禍にオンライン診療をスタートさせたと思いますが、どういう経緯で始まり、どのような体制で実現したのか、またその成果について伺えますか?
浅野:我々がオンライン診療を始めたのは、2022年8月初旬。新型コロナウイルス第7波の拡大によって発熱外来の受診難民が急増した時期です。当院は世田谷区にありますが、人口が約95万人と規模が大きいこともあり、当時の区内での1日あたりの陽性者は 1,700 名にまで増加していました。発熱相談センターには毎日600件ほどの電話が入り、そのうち100件以上は医療機関への受診が困難な状況。そこで世田谷区から協力要請が入り、我々から提案したのがオンライン診療の活用でした。発熱外来のキャパシティを増やし、多くの受診難民を救うため、具体的には「抗原検査キット配送-オンライン診療-処方薬の配送」を一気通貫で行う仕組みを構築し、世田谷区全域で実施しました。
中澤:オンライン診療の立ち上げまでは、今思っても相当頑張りましたよね。
システムやオペレーションの構築はもちろんなのですが、人の手配・検査キットや薬の仕入れ、そしてスペースの確保まで。2週間ですべて実施したのですが、当院が入るビルの3階、メディヴァの事務室だったところを改装して、急ピッチでオンライン診療部門を立ち上げたので、野戦病院のような状態でした。
中澤:特徴的だったのは、症状が重い方や高齢者などリスクの高い方がしっかり対面診療にかかれるように、軽症でリスクの低い方 をオンライン診療へ回す仕組みにしたところかと思います。
当時は重症化リスクや後遺症などが未知の状態だったり、会社に診断書を提出する必要があったりと、軽症の場合でも医療機関を受診していたため、ますます医療がひっ迫していました。そこで区に提案し、保健所の発熱相談窓口でトリアージをしたうえで、リスクの低い方にはオンライン診療を案内する仕組みを構築しました。
浅野:多い時には1日約160人の患者さんを受け入れる日もありましたね。
大石:当時、厚労省が運用していた感染者情報の入力システムHER-SYS(ハーシス)は、大変な手間がかかるシステムでしたよね。これを独自に自動化したと思います。
中澤:毎日、新型コロナと診断された方の情報を登録して保健所に共有する必要があったのですが、その入力項目は約120項目におよび、1人当たりの情報登録に10分以上かかっていました。そこで患者がオンライン診療時にスマホで登録した個人情報や問診票から、必要なデータを拾い、HER-SYSへの登録を自動化する仕組みを開発したんです。毎日数百人の感染者情報を登録する必要があったので、この自動化によってかなり業務効率化が進んだと思います。
大石:新型コロナが5類に移行してからは、一気にオンライン診療の規模が縮小されていきましたよね。特例措置が廃止されたことも影響していますが、恐らく一番は患者側のニーズがなくなったことだと思うのですが、コロナ禍以降はどうされてきましたか?
中澤:仰る通り、やはり対面診療を受けられる状況になると大部分の患者さんはそちらを選ぶようになりました。ただ、そうした患者さんの気持ちを変えることは難しいので、改めてどこにニーズがあるのかを見直し、活路を見出したのが企業内オンライン診療です。元々、企業向けにオンライン診療サービスは提供していたのですが、コロナ禍以降リモートワークが普及したことや、健康経営の重要性が増したことから需要を見込み、より力を入れていくことにしました。
企業に勤める方の多くは、平日の日中に働いているため、なかなか医療機関を受診できず、症状の悪化やQOLの低下につながったり、慢性疾患の場合は治療継続が困難なケースもあります。会社がお休みの土曜日に受診している方も多いと思うのですが、土曜日は同様の患者さんが多く来院され、病院がとても混雑し、長時間待つこともあると思います。そうした方々に利便性高く医療を受けてもらいたいという思いからサービス提供を始め、いくつかの企業からの契約もいただきました。
たとえばある企業では、健康経営全体のサポートをメディヴァが行い、その一環として企業内オンライン診療サービスを提案し、採用いただきました。他にも、管理栄養士による食事指導や、経営層が従業員の健康問題について相談する窓口を設置したり、診療に限らずオンラインサービスを展開しています。
大石:規制改革推進会議で幾度となく提言してきたのですが、当初、オンライン診療の受診は「かかりつけ医のみ」だったんですよね。そうすると企業で働いているような若い人たちは、かかりつけ医がなかったりする。そこで、例えば健康診断結果等で患者の状態が把握できれば、かかりつけ医以外でも受診できるようにできないかという議論を繰り返し、2021年4月には何とか認められたのですが、こうした規制緩和もオンライン診療の普及に一役買ったのではないかなと思っています。
大石:企業向けのオンライン診療では、発熱等のように一般的な診療だけではなく、特定の症状にフォーカスしたサービスも検討されていましたよね。
浅野:そうですね。たとえば睡眠時無呼吸症候群の簡易検査から精密検査・治療までをオンラインで実施しています。潜在患者数が多く、日中の強い眠気や集中力の低下にもつながる病気のため、交通系の企業では運転手への検査が推奨されており、また仕事のパフォーマンスにも直結するため、興味を持ってくださっている企業はいくつかあります。
ただ、患者側として自宅で検査できる利便性はもちろん高いのですが、事業者側としてはしっかり検査しているかが見えないという懸念もあり、確実性の高い入院での検査が安心という考えもあるようです。
また、睡眠時無呼吸症候群の治療法であるCPAP(シーパップ)は、治療開始後の効果測定は「対面」で行う必要があるため、完全オンラインは難しいのが現状です。
加えてオンライン診療に関しては診療報酬が対面診療より低いこともあり、全体的に業績は厳しい状況が続いています。
中澤:こうした状況から改めて患者視点に立つと、やはり対面診療とオンライン診療を併用できることが一番利便性が高いだろうという考えに至りました。対面とオンラインを組み合わせ、治療継続しやすい環境をつくることで、医療サービスの質向上にもつながり、また法人全体でのコスト削減も図れました。
浅野:当院は、外来診療と健康診断にも力を入れているので、そこにオンライン診療が加わり、三本柱での事業展開をスタートさせています。そうした時に大切なのは、やはりストーリーだと考えていて、たとえば健康診断を受けた方に対して、結果相談はオンラインをご案内したり、その後の診断によっては、外来を受診いただいたり、定期受診にはオンライン診療を取り入れてもらったり。その方の社会的・経済的な背景も踏まえて、健診から診療・治療・継続までの流れをつくることが重要だと思っています。
患者さんの希望や状態にあわせて、対面やオンラインの使い分けを提案するコンシェルジュのような役割を担う看護師の育成も構想中で、実現に向けて準備をしているところです。
中澤:課題としては、実際にオンライン診療を活用している方が少ないということがありますよね。市場調査でも、認知度は90%近くと高いのですが、実際に利用したことがある人は10%未満と非常に少ないんです。しかし、利用経験者の内約80%が継続利用の意向を示しています。まずは1度でも利用してみることで、利便性が伝わると思うので、そこをどう広げていくかは大きな課題です。
もちろん、利便性をより高めるために「UIの改善」はしていかなければと思っています。現状は予約システムの入口が「対面」と「オンライン」で分かれているのですが、入口は一つにし、患者さんの状態によってオンラインか対面を違和感なく選べるような、分かりやすい設計にしていきたいと考えているところです。
当院は地域のファミリークリニックとして、朝8時から昼休み無しで開院し、院内薬局も完備しています。患者視点に立ち様々な取り組みをしてきた中の一つの形として、このハイブリッドモデルを実現していきたい、そしてファミリークリニックの未来のスタンダードになれたらというところを目指していきたいですね。オンライン診療の選択が当たり前になっている世界を築けるといいなと思っています。