2025/01/31/金
地域医療の未来に飛び込む、ファーストペンギンたち
ファーストペンギンとは、群れの中から天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛び込むペンギンのこと。メディヴァには、ファーストペンギンのように、地域医療の課題に挑み、新しい取り組みを推進しているコンサルタントがいます。
医療・介護現場での視点、企業・行政支援からの視点、地域の実情やデータに基づいた視点―。本連載では様々な視点を持ち、地域医療の未来を切り開いているメディヴァのファーストペンギンの取り組みに迫ります。
今回のファーストペンギンは、前回に続き医師兼コンサルタントの久富。聞き手は弊社代表の大石です。介護施設ならではの事情で制限されている看護師による医療行為。解決に向けて大きな一歩を踏み出したものの、そこには医療・介護業界ならではの壁が立ちはだかっていました。
久富護(医師/マネジャー)
東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒業、東京医科歯科大学大学院医療政策学修士、社会医学系専門医、中小企業診断士、医療法人寛正会 理事長。
医師初期研修修了後、民間病院にて内科医として勤務。勤務医時代に医療ビジネスや社会保障に関する研究や活動を通じて、医療・介護領域に対して、多くの課題を感じ、その解決への一翼を担いたいという思いからメディヴァに参画。医師兼コンサルタントとして、臨床現場・サービス利用者・医療政策・経営の4つの視点で医療・介護システムの改善に関与し、その実現を目指している。
大石:前回のお話でも少し話題にあがっていましたが、介護施設での医療にあたっては課題が多そうですね。
久富:そうですね、特に人員配置基準で看護職員の配置が義務付けられている施設では、運営会社の独自ルールで、看護師による医療行為が制限されるケースが多々あります。例えば施設看護師による点滴の穿刺を禁止している施設があり、その場合は、連携先の病院やクリニックから医師や看護師が往診や訪問し、点滴を行っています。
ここでの問題点は、点滴のタイミングが遅れることで、治療の開始も遅れてしまうことにあります。施設の入居者さんが、例えば発熱などで食欲が落ち、水分も摂れていない状況になった場合、少しでも早く点滴を開始することが重要ですが、運営会社のルール上、施設の看護師では対応ができず、連携先からの訪問を待つしかないんですよね。治療にタイムラグが発生してしまうというのは、大きな課題です。
そこで今から7、8年前、介護施設における看護師の医療行為についてアンケート調査を実施しました。法律上は看護師が対応可能ないくつかの医療行為について、実態として施設看護師が行っているかどうかを調べたのですが、点滴に関してはアンケートに回答いただいた25施設の多くが実施していないという結果で、さらに理由としては、やはり運営会社のルールで禁止されているとの回答が大半でした。
クレームのリスクや、看護師の負担、介護報酬上もプラスにならないことを鑑みてのルールなのでしょうが、こうして業界内で常態化していることを変えていくにはどうすれば良いのか…。個人的な繋がりから、日本看護協会や厚生労働省の方に問題提起をしたり、大石さんの繋がりで老健局の当時課長を務めていた方にプレゼンしたりと、画策はしたのですが、なかなか具体的に動き出すまではいきませんでした。
そこから風向きが変わったのが、大石さんが内閣府の規制改革推進会議委員に就任された時でした。大石さんが審議の俎上にのせてくださったことで、『規制改革実施計画』にも介護施設における看護師の医療行為について明文化され、さらには厚生労働省から通知が出されたんですよね。
大石:規制改革推進会議の説明を簡単にすると、いくつかのワーキング・グループがある中で私は医療介護ワーキング・グループの当時は座長を、現在は専門委員を務めています。検討すべき問題はもちろんたくさんあるので、まずは議題にあげてもらう必要があるんですよね。さらに医療介護ワーキング・グループでの審議を経て、厚労省のとの折衝を経て、ようやく『規制改革実施計画』に掲載されます。
本件に関しては実施すべしという、通知が出されました。
大石:構造的に難しいのが、通知を受けても介護事業者が必ずしも、そのままやる訳ではないことです。医療の場合は都道府県なのですが、介護の場合は基礎自治体が介護行政を担っているのですが、全国で1,700以上ある基礎自治体それぞれローカルルールも持っています。その結果、実は厚労省の通知には、そこまで強制力はないんですよね。
久富:おっしゃる通りで、厚労省からの通知は大きな一歩にはなったのですが、実際の現場で施設看護師の方々の医療行為が拡大するまでには至りませんでした。
ただありがたいことに、その2年後くらいに私が老人保健事業推進等事業の有識者委員に呼ばれ、検討会にて議論を交わす機会をいただけたんですよね。
大石:その検討会では、どのような議論がなされていたのでしょうか?
久富:施設看護師が入居者のために実施する医療行為のあるべき姿を議論する場だったのですが、 最終的に訪問看護で対応できないかという方向にベクトルが向いてしまい、思っていたような結果にはつながらなかったんですよね。
制度上、特定施設などの介護施設に原則、訪問看護は入れないのですが、がんのターミナルケアや神経難病の方の場合は可能なため、中等症や重症の方に対しては訪問看護を利用できないかという流れになり、そこを私が戻せず…。現行の制度内でできることをまずは考えようという方向になってしまったのですが、医師会や日本看護協会から重鎮の方々がいらっしゃる中で、立ち回りの難しさというものを実感しました。
大石:介護施設で例えば点滴が必要になる方は、重症の場合も中等症の場合もあり、もちろん軽症の場合もありますよね。制度上も、施設の看護師が点滴をしても問題なく、むしろ実態としてやってないというところに差分が発生しているので、そういう意味で言うと、現行制度をきっちり履行していこうよというコンテクストで押せると良かったかもしれませんね。
久富:私もそのような議論に戻せないかとは思っていたのですが、理解はしてもらえつつも、今すぐ対応していくのは難しいだろうという結論になってしまいました。やはり看護師の方々の負担が増すのではないかという考えや、介護報酬がつかないといったところの懸念は根強かったように感じます。
大石:看護師ができる医療行為の範囲でいうと、ナース・プラクティショナー(NP)制度も看護師の権限拡大なのですが、准看護師※と看護師、またキャリアアップを望む人とそうでない人等、立場が様々ある中で、誰にとって利益になるのかというところが不明確だったりする。そいうところで、ある場面ではNP制度に看護師の中から賛成意見が出たけれど、また違うところでは反対意見が出るということもあり、非常に複雑です。久富さんが参加された検討会でも、その時の、その場にいらっしゃった方々の中で、たまたまそういう風な結論に至ったということも考えられるかもしれませんね。
世の中が発展していくためには議論が本来は大切ですが、難しいところだと思います。
※准看護師とは:医師や歯科医師、看護師の指示のもと、看護や診療の補助をおこなう専門職。
久富:ただやはり一(いち)医者としては辿りつけないだろうところまで行けたとは思っており、こうして発言の場があったこと自体が私としてはありがたくて。医師ではあるのですが、肩書きとしてはメディヴァのマネージャーとして参加していたので、特に縛りもなく、患者さんの視点に立った意見を言いやすい立場ではありました。
大石さんは、規制改革推進会議に参加される際、現場の声を俎上にのせるために、メディヴァ全社員に向けて、改革すべき規制、医療・介護の現場での課題を募集してくださりますよね。こうして現場で抱えている課題を、政府の会議にあげられるチャンスがあること自体が、すごいことだと思っています。
普通は、制度で決められているなら仕方がないという考えになるところを、制度面の改革の必要性を行政に提言できる可能性があるというのは、メディヴァならではという感じがしています。
大石:ファーストペンギンって、まずは飛び込んでみることが大事ですが、結果として割と遠くまで泳げる場合と、氷の回りをウロウロしている場合があると思います。遠くまでいけた例で言うと「オンライン診療」があげられるかなと思います。
これは相当しぶとく規制改革推進会議で扱い続けています。例えば睡眠時無呼吸症候群等、完全オンラインで対応できるはずのものが初回は対面でないとダメだということが、診療報酬上の制度として決まっていたんですね。先日の中間答申では、診療報酬についても見直すべき、とされました。また患者がオンライン診療を受ける場所についても、元々は医療機関か居宅でしか受けられなかったものが、職場や学校さらには、公民館やデイサービスにまで拡大しました。
久富:そういうところまで進んでいくと面白いですよね。
大石:そろそろ次の規制改革推進会議が始まるので、議題にあげたいテーマを考え始める時期ですね。
久富:私としてはやはり介護施設の医療に関しては、何とかしていきたいところですが…。
大石:もしかしたらもう少し大きい枠組みで捉えて、例えば厚労省が定めている特養のそもそもの定義はこのままでいいのかというところから入ることができたら面白いですね。
久富:そうですね、何か手がないか、引き続き考えていきたいと思います。