2025/02/03/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
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【執筆】コンサルタント 川木/【監修】取締役 小松大介
目次
「利用者の家族より高圧的な言動を受けている」
「サービス範囲外の要求をされている」
ある訪問介護施設の従業員から上がったご相談に、今日の利用者対施設の関係性も変わりつつあると実感しています。
かつては「モンスター・クレーマー」等と言われ、事業所側が訴える場所もなく対処(あるいは我慢)していた存在が「カスタマー・ハラスメント」であるかもしれないと認知され始め、多くの業界で対策が急がれています。
本記事では、カスタマー・ハラスメントの動向と定義から、今後医療、福祉の業界において望まれる対応を検討します。
・令和5年度厚生労働省アンケート
図①は過去3年間における、従業員から事業所へハラスメントの相談があったか否か、またそのハラスメントの種別を表しています。比較的認知度の高いパワハラ、セクハラのパーセンテージが高いことは言うまでもなく、「顧客等からの著しい迷惑行為(以下、カスハラ)」が27.9%(令和2年度は19.5%)と次いでおり、この数年で着実に認知され社会問題化されつつあることがうかがえます。
図②の相談件数の増加傾向に着目すると、あらゆるハラスメントの中でカスハラが最も高く、認知度の向上とともに、従業員の意識に変化が生じていると考えます。社内の優越的地位を利用したパワハラやセクハラに比べ、対社外の事象であることが相談としてあがりやすいというのは想像がつきますが、従来ぐっと飲み込んでいた理不尽なクレームがカスハラに該当するかもしれないと、考え方が変わったことは大きな要因と言えます。
図③は業種ごとの相談有無を表しています。特筆すべきは医療・福祉の分野におけるカスハラの相談が50%を超えており、全ての業種の中で最も高い数字となっていることです。医療・福祉の分野で言う顧客とは主に患者であり、少なくとも通常時より不安定な精神状態にあることからクレームに発展しやすい環境であるとともに、訪問看護、訪問介護等、患者のパーソナルスペースで行うサービスが増えていることも要因と考えられます。
(図表①~③:令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書)
医師には、医師法第19条において、正当な理由が無ければ医療の求めに対して拒んではならない応召義務が課せられています。現代では罰則はないものの、医師の職業倫理、規範として機能しており、多くのニーズへ対応してきました。
とはいえ、医師の取り巻く環境の変遷もあり、令和元年厚生労働省より、応召義務についての通達が出されています。診療時間外の診療、緊急対応に関する解釈が緩和された他、個別事案として「患者の迷惑行為(カスハラ)」があった場合には新たな診療を拒むことが正当化されるとされました。不当な診療費未払い等と同列にカスハラによる患者との信頼関係の喪失が明記されたことは患者対医療従事者の構図における大きな転換と言えます。
以上のことからカスハラは着実に認知され、今後ほぼ全ての業種において対応が必要な社会問題となっていることがわかります。特に医療、福祉の業界においてはカスハラへの十分な理解と対策が重要であり、今後の運営の安定性に大きく影響するものと考えられます。
カスハラとは
①顧客等からのクレーム・言動のうち、
②当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、
③当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、
④当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
と定義づけが試みられています。(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル」)
従業員が不快に感じたからといって全てのクレームがカスハラとなるわけではなく、②クレーム内容の妥当性と、③要求を実現するための手段、態様の相当性が加味されるところが重要なポイントです。この点を見落としてしまうとあらゆるクレームをカスハラと断じてしまい、いわゆる「ハラスメント・ハラスメント(ハラスメントとは言えない相手の行為をハラスメントと決めつける言動等)」により、顧客の権利を不当に侵害することに繋がりかねません。
上述のように相対したクレーム等がカスハラにあたるか否かを見極めるポイントとして、「②要求の内容の妥当性」と「③手段・態様が社会通念上不相当」の相関関係で捉えるにあたり、下記の3パターンが想定されます。
≪パターン①≫
サービス内容に問題が無い(少なくとも同業他社と同様の会社の方針に従っている)にも関わらず苦情を入れる場合
⇒要求に妥当性がそもそもなく、カスハラと認定される可能性が高い(言いがかり)
≪パターン②≫
サービス内容に落ち度があり、最低限の苦情を入れる場合
⇒要求に妥当性があり、手段態様が必要最低限であることから、カスハラと認定される可能性が低い(改善のきっかけ、穏当なクレーム)
≪パターン③≫
サービス内容に落ち度があるが、必要以上の苦情を入れる場合
⇒要求に妥当性があるが、手段態様が必要以上であることから、カスハラと認定される可能性が高い(威圧する、必要以上の金銭の要求等)
当然ながら、暴力や脅迫、土下座の強要等はカスハラとして当然に認められるだけでなく、そもそも刑法で罰せられるべき行為であり、通報を検討する必要があります。
カスハラ対策は主に顧客相手となることから、事業所として対応が億劫になりがちです。しかしながら、対策を行わないことでより大きな問題へ発展するケースも少なくありません。対策を怠ることによるリスクは次のようなものが挙げられます。
≪対顧客≫
●対応しないことによる顧客対事業所の認識のギャップの拡大
●さらなるハラスメントへの発展
●事業所のイメージダウン
≪対従業員≫
●モチベーションダウンによる業務の非効率化
●心身へのダメージによる退職
●対策を行わない事業所への不信感の蓄積、訴え
一見カスハラというと、顧客対事業所の構図から生じる訴訟等のリスクを想像しますが、従業員対事業所の構図にも大きな影響を与えうるものとなっています。
事業所のイメージダウンは勿論、従業員のモチベーションダウンや退職は経営に直接的なダメージを与えうるものであり、軽視できないリスクであることは言うまでもありません。
カスハラの単語が市民権を得ている今日では、「なぜ事業所は対策しないのか?」「従業員がつらい思いをしているのを放置するのか?」と、後述する「安全配慮義務」を怠ったとして、従業員が事業所を訴えるケースも生じています。
安全配慮義務については主に2つの法律で定義付け及び事業所への義務付けがなされています。
≪労働契約法第5条 労働者の安全への配慮≫
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
≪労働安全衛生法第71条2 事業者の講ずる措置≫
「事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、次の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。(1号~3号略)4号 前三号に掲げるもののほか、快適な職場環境を形成するため必要な措置」
昨今では従業員の物理的な安全に配慮するだけでなく、メンタルヘルス等の精神的な衛生、安全にまで配慮するよう解釈がなされています。事業所は、従業員の安全に配慮し、快適な職場環境を形成するよう努める義務を帯びており、それを怠ったと認められた場合、従業員から損害賠償を請求されるリスクがあります。現に、カスハラと安全配慮義務の関係性を争点にいくつかの判例が出ており、今後安全配慮義務違反を指摘されるケースも増えていくものと思われます。
以上のことから、快適な職場環境の形成と同時に、客観的にも安全配慮義務を遂行していると判断されるような、目に見える対策が訴訟リスクに対して有効と言えます。
主に訪問看護や訪問介護の事業所においては、利用者との契約に際し、カスハラへの対応をサービス契約書に盛り込むことを推奨します。ホームページにカスハラ対応指針を示す企業も増えており、「カスハラを行った場合サービスを停止する」旨の記載を行うことは大きな抑止力となります。行為の種類、行為の頻度を具体的に示すこともポイントです。
準備の無い状態で遭遇したカスハラに対しては、従業員も感情的になりがちです。
特に外来クリニックでは、患者が不特定多数であり、上記のようなフローの策定が有効的です。バックヤード等への掲示を行い、「●●が起こったら、●●と回答し、●●に連絡をする」と具体的な行為、回答、相談先まで明記することで、従業員の落ち着いた対応を促すことが可能です。
従業員への安全配慮のひとつとして、就業規則や社内規程を見直し、「ハラスメント相談窓口」を設定することも効果的です。就業規則は事業所にとって根幹となるルールブックであり、窓口とその後のハラスメント認定フローを明確に記載することで事業所のハラスメントに対する姿勢を示すことができます。実際に従業員がハラスメントに遭遇した際に、気軽に相談(メンタルケアを含む)ができる窓口であることは勿論、事実認定の機能を持つことで従業員の安心感、働きやすさに繋がります。
他にも、カスハラをそもそも起こさせない社内体質を醸成することも大切です。
そもそもクレームの起こりやすい事業所とは、従業員ごとのサービスに大きな差がある、サービス内容が明確になっていない等、サービスの平準化と明確化がなされていない傾向があります。冒頭の「サービス範囲外の要求をされている」も、かつて良心的な従業員が良かれと思ってしてしまったサービス内容なのかもしれません。
どこからどこまでが事業所として提供するサービスなのかを従業員に教育し、落とし込む必要があります。
2025年4月に施行される「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」をはじめ、各自治体においてカスハラを防止するための条例制定の動きが加速しており、事業所に対しては一定の配慮義務が課されるだけでなく、今後の厳罰化も考えられます。
カスハラの対策をすることは、従業員の安全を守るとともに、安定的な運営(リスク排除)や働きやすい職場環境の形成に直結します。
社会問題となりつつある以上、カスハラと思われる行為に対しては毅然とした方針、態度を示すことがなにより重要であり、そのためにも、カスハラの定義やリスクを理解し、効果的な対策を検討されることをお勧めします。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他