現場レポート

2025/12/01/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

認知症デザインの導入課題と解決事例

【執筆】コンサルタント酒井/【監修】取締役 小松大介

はじめに

「現場スタッフの負担が限界に近い……」
「新棟建設を機に改善したいが、設計者にどう伝えればいいかわからない」
医療や介護の現場で、こうした悩みは尽きません。

昨今、高齢化に伴う認知症もしくは認知力が低下している方への対応が、医療や介護の現場スタッフにとって大きな負担になっています。認知症の方への細やかな対応が、時間の圧迫とマンパワー不足を招きがちな状況は、見えにくい部分ではありながら大きな課題となっています。
新棟建設の計画等がある場合は、認知症にやさしいデザイン(認知症デザイン)をどのように設計者へ依頼すれば良いかわからないことが多く、また設計者側も汲み取り方や実現の仕方をノウハウとして持っていないことが多くあり、両者にとって悩みの種になっていることが多いです。
本記事では、認知症デザイン導入における「3つの壁」と、それを乗り越えて実現に至った「岩国市美和病院」の事例を踏まえてご紹介いたします。

※認知症にやさしいデザイン(認知症デザイン)とは
「必要な場所には周囲とコントラストをつけて分かりやすく設計」「読みやすく視認性の高いサインを設置」など、認知症の人だけでなく、あらゆる人にとってやさしいデザインです。

なぜ今「認知症デザイン」が必要なのか

1. 認知症の増加とBPSDによる現場負担の増加

認知症の有病率は加齢とともに増加し、75歳以上では特に顕著です。認知機能の低下を有する高齢者は約1,000万人。実に3〜4人に1人に上ると推計されています。このような社会情勢の中、病院や介護の現場での周辺症状への対応が大きな負担となっています。特に入院患者が多い病院などでは、通常の医療・介護業務に加え、こうした症状への対応が求められることによる現場スタッフの疲弊が課題となっています。

※周辺症状とは
認知症の行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)のことで、徘徊や暴力性の行動症状や幻覚や不安などの心理症状を指します。

2. 問題は「環境」によって引き起こされている可能性

認知症の中核症状には、判断力低下・実行機能障害、記憶障害などがあり、認知症の方は、私たち以上に不安を感じて生活しています。「ここがどこかわからない」「トイレの場所がわからない」このようなストレスを感じさせない環境を整備することで、周辺症状の発症を抑制することが可能です。

3. 「認知症デザイン」が目指すもの

科学的根拠に基づいた「認知症デザイン」は、環境側の「わかりにくさ」や「落ち着かなさ」を取り除きます。認知症の方が自分らしく穏やかに過ごせる環境は、結果としてスタッフの業務負担を軽減します。これは単なる内装の話ではなく、「ケアの質」と「働きやすさ」を守るための投資でもあるのです。

立ちはだかる「3つの壁」

認知症デザインの必要性はわかっていても、実現にはハードルがあります。大きく分けて3つの壁が存在します。

壁1:現場スタッフの壁(余裕がない)

1つ目の壁は現場スタッフのオペレーションへの影響に対する懸念です。慢性的に多忙な現場で「今の環境を変える余裕なんてない」「まずは人を増やしてくれ」という声が多く聞かれます。環境整備の意義は理解しつつも、変化が業務負担の増加につながるのではないかという不安が、導入への心理的ハードルとなり、現場スタッフからの理解が得られないケースもあります。

壁2:設計者・施工者との壁(伝わらない)

2つ目は現場と設計者・施工者との間にある「言葉の壁」です。現場スタッフと設計者・施工者の間で十分なコミュニケーションが取れていない事が多くあります。現場の要望が図面に十分に反映されなかったり、設計者の判断が認知症デザインの方針とズレていたりすることが多分にあります。双方の専門性をつなぎ、共通言語で議論できる体制づくりが不可欠です。

壁3:コストの壁(高そう)

3点目は経営層が抱くコストへの懸念です。「環境改善には追加の建築費がかかるのではないか」「どの程度の効果が見込めるのか」といった問いは経営判断上当然のものです。しかし、認知症デザインは高価な特別設備を導入するものではなく、床材、壁材、色などの「選び方の基準を変える」取り組みです。新築や改修のタイミングであれば、コストが大幅に増えることはほとんどありません。

【事例】岩国市美和病院ではどのようにして「壁」を乗り越えたか

では、実際にどのように認知症デザインを実現していけばいいのでしょうか。「岩国市美和病院」の事例を見てみましょう。

1. 現場スタッフを巻き込むプロセス

美和病院では、計画初期から現場スタッフを積極的に巻き込み、「自分たちの病院を自分たちでつくる」意識をつくることに重点を置きました。単なる講義形式の勉強会ではなく、ワークショップを中心とした双方向の学びの場を設計。認知症の特性を理解する基礎知識の提供に加え、AR技術を用いた認知症体験プログラムを実施しました。「あ、この床の模様だと、穴が開いているように見えて怖いんだ」このように「環境が心理にどう影響するか」をスタッフ自身が体感することで、「環境整備は業務負担を増やすものではなく、利用者の安全とケアの質を高める取り組みである」という共通認識が形成され、プロジェクトへの主体的な参加姿勢が生まれました。

2. 設計者・施工者と「共創」する伴走支援

次に設計者・施工者との「共創プロセス」の構築です。私たちは、認知症に関する専門知見を、設計・施工の現場で使える「具体的専門言語」に翻訳し、プロジェクト全体を通して双方のコミュニケーションを支援しました。たとえば、床と壁のコントラスト(明度差)は十分か?手すりの視認性は十分か?照度・反射光の影響は問題ないか?など、認知症の特性に直結するポイントを図面段階で細かくチェックしたうえで、現場でサンプルの確認を重ねました。これにより、設計者が意図を正確に理解した上で最適な仕様を選択でき、施工者も「何が重要なのか」を把握しながら施工を進めることが可能となり、結果として機能性とデザイン性を両立した「本当に使いやすい環境」を実現することができました。

3. 具体的な導入デザイン

上記プロセスの上で実装した、認知症デザインの一部を紹介いたします。

①待合室
床・壁・建具それぞれの仕上げ材について、明確なコントラスト(明度差)をつけました。特に診察室の扉を目立たせることで、患者さんが迷わず目的地を認識できるよう配慮しています。

②病室
ベッドの位置やスイッチがひと目でわかるよう、背面を落ち着いた木目調かつ明度の低い濃い色合いにしました。明度差をしっかりと確保しながら、温かみのある色味となるよう設計しています。また、地域の特産物である「栗」をモチーフとしたデザインをアクセントに入れ、自分のベッドを直感的に見つけやすくしています。

③廊下
利用者が行きたい場所(トイレや受付など)へスムーズにたどり着けるよう、判断が必要な場所には、視認性が十分にあるサインを配置しました。また、使って欲しいもの(手すりなど)や目的地となる場所は、周囲との明度差を大きくし、見つけやすくしました。逆に、スタッフ室など「入ってはいけない場所」は周囲との明度差を小さくし、同化させて目立たなくしました。

さいごに

本事例では、認知症デザインの「認証」を取得することは目的ではありませんでした。しかし、全体として認知症デザインの原則を導入することは可能で、結果として得られたのは、患者さんも現場スタッフも「わかりやすく・使いやすく・安全で落ち着く」という病院としての理想的な環境です。 

>英国スターリング大学の高齢者と認知症にやさしいデザイン「認証」の取得事例についてはこちらをご参照ください

▲事例:認知症デザイン導入後の病棟看護師へのアンケート結果(n=29)

当社は認知症デザインの知見に加え、医療と建築、双方の現場運営の知見を有するため、関係者全体を巻き込んだプロセス設計と認知症デザインの導入支援が可能です。
認知症デザインについては、日本唯一の認定アソシエイトとして英国スターリング大学とのパートナーシップを有しており、国際的評価の高い「高齢者と認知症の方のための環境デザイン評価ツール(EADDAT)」を用いた審査や、構想段階からのプロセス設計、スタッフへの導入支援まで体系的にサポートいたします。「新棟建設の構想がある」「現場を巻き込んで改修したい」「認知症デザインを導入したい」そうお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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