現場レポート

2024/10/18/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

病院における産科の運営について

【執筆】コンサルタント 田中/【監修】取締役 小松大介

はじめに

日本において年少人口(14歳以下人口)は1980年にピークアウトし、生産年齢人口(15~64歳人口)も近年減少を続け、少子高齢化が着実に進展しています(図1)。また、国内の出生数も1970年以降減少の一途をたどり、合計特殊出生率も2.0を割る状態が続いています(図2)。

こうした社会状況の中にあって、そもそもの需要の数が減少し、産科の運営を続けていくことは難しさを増しています。分娩取扱施設数は病院・診療所のいずれも減少しているものの、1施設あたりの分娩件数は2008年からおおむね横ばいで推移しており、一定の分娩件数を確保できない施設は淘汰されていると考えられます(図3)。国が中心となって周産期医療の集約化・重点化もおし進めらる中で、どのように産科運営を行っていくべきかに悩む医療機関も多いでしょう。

このレポートでは、産科を有する病院における事例をいくつか取り上げ、産科運営上の課題と対策について解説することにより、病院における産科運営の方法について検討します。

(図1)日本における人口推移

日本における人口推移

(図2)日本における出生数

日本における出生数

(図3)分娩取扱施設数

事例①:集患に向けたマーケティング(A病院)

A病院は、首都圏にある産科を有する総合病院です。コロナ禍以降分娩件数が減少し、回復しない状態が続く中で、どのように産科患者を集患していくべきかに悩んでいました。

そこで、まずはA病院における外部環境・内部環境の調査を行ったところ、A病院の近隣地域における出生件数と、A病院における分娩件数には大きな乖離があることが分かり、里帰り出産等の影響を除いても、他地域の医療機関への流出が認められる状態でした。また、コロナ禍以降は外国籍と思われる患者の減少が特に顕著でもあり、こちらは件数の自然回復が難しいと見込まれるため、これまでリーチできていなかった層から患者を獲得してくる必要があるということが分かりました。

こうした状況を踏まえ、A病院では、妊娠前から出産後までの各フェーズにおける患者の行動を整理し、各行動に対してどのようなマーケティングがありうるかを、リアル(オフライン)/オンラインの両面から検討しました(図4)。

結果として、オフラインではパンフレットの作成や広告掲載を実施するほか、オンラインでは産科単体でのホームページを立ち上げ、また積極的に記事を更新することによって、患者さんへの情報提供とSEO対策(※)を行っていくことが決まりました。加えて、特に近隣地域からの集患に向けては、行政との連携強化のほか、近隣企業とのコラボレーションを行うことで、地域内でのブランド力をさらに高めていくこととなりました。

※SEO対策とは、自社サイトを検索結果の上位に表示させるための対策を指します。ユーザーにとって有益で情報を定期的に提供することは有効なSEO対策の一つです。

こうした集患施策は、ともすれば通り一遍のものになりがちですが、患者の行動や心理といったカスタマージャーニーに基づいて整理し直すことで、目的が明確になり、より効果的な打ち手や、当院ならではの取り組み方を検討する余地が生まれます。

(図4)患者インサイトに基づく整理(イメージ)

患者インサイトに基づく整理

事例②:産科の病棟運用(B病院)

B病院は、中小都市にある200床規模の病院です。少子化の進展に伴い分娩件数が減少する中で、産科混合病棟の稼働率は低迷した状態が続いており、病院の収支にも影響を与えていました。そのため、産科病棟の運用方法をどのように見直していくべきかを検討する必要がありました。

そもそも産科混合病棟においては、産科という診療科の性質上、病棟運営上の制約が多くあります。例えば、新生児が入院する病棟のため、感染管理はとても重要になりますし、お看取りに近い患者さんを受け入れるべきかどうかの議論や、受入れる場合も分娩とお看取りが重なれば看護職の負荷が大きくなってしまうといった問題点もあります。また、ベッドコントロール上も、他科患者の受入れに対する制約が生まれてしまい、柔軟な病床運用が行いにくいという側面があります。

また、B病院に特有の問題として、他科患者に整形外科の短期手術患者が多く、予定手術が多い日は緊急入院患者を受け入れにくい状態が続いていたことや、手術の際に病室を二重確保してしまっており、空床になるはずのベッドも活用できない状態になっていることがありました。

そこで、院長や看護部長で話し合いを行い、下記事項を決定し、師長会にて周知しました。

  • 産科混合病棟で受入れる他科の対象患者を変更し、整形外科でも長期の患者や、亜急性期的な患者を中心に受入れる
  • 手術時の二重病室確保は対象を限定し、できる限り柔軟に病室運用ができるようにする
  • 他方で、ユニット化は継続し、産科・他科いずれの患者も快適に過ごせる環境を確保する

周知してしばらくの間は、上記ルールが守られていないこともしばしばありましたが、看護部長の粘り強い説得もあり、現在は上記の規定に従った運用がなされています。
産科混合病棟は柔軟な病室運用が難しくなりがちですが、他科患者の調整や、病室運用のルール決め等により、適切なベッドコントロールを促進することで、稼働率の改善を図っていくことができます。

事例③:産科の継続検討(C病院)

C病院は、産科を持つ一般急性期の病院です。近隣には強力な競合病院があり、C病院の産科は十分な集患ができない状態が続いていました。他方で、緊急帝王切開にも対応しているなど、オンコールも含めて人員配置は手厚く、人件費がかさみ、産科単体の収益としては赤字の状態が続いていました。こうした中で、C病院として今後、産科をどうしていくべきかという戦略を見直す必要が出てきていました。

産科の戦略見直しにあたっては、初めに、産科の損益分岐点の検証を行いました。産科運営に必要となる最低限の材料費・人件費を試算し、収益と比較したところ、現在の患者数は損益分岐点の半分程度ということが分かりました。また、近隣にある競合病院は有数の産科病院でもあり、C病院として戦っていくのはなかなか難しくもあります。

そこで、法人としては、産科を継続していくか否かを検討することとなりました。むろん損益分岐点的に言えば大きなマイナスではありますが、他方で周産期医療は社会的意義が特に高い診療科でもあり、本当に廃止してしまって良いのか?ということも大きな争点となっています。

当該法人では、現在もまだ廃止についての検討が行われているところですが、診療科としての赤字の場合には、つらい決断を求められるケースもあります。
こうした際には、きちんと診療科単体としての損益分岐点を明確にしたうえで、そのマイナスを背負ったうえでも続けていくべきかどうかを洗い出し、検討を進めていくことが重要となるでしょう。

おわりに

以上、これまで3病院での産科運営にかかる事例をご紹介してきました。
出生数の減少もあり、産科としては十分な収益が確保できない医療機関も多い中、どのようにして分娩対象患者の集患を行っていくのかは、経営戦略上とても重要になります。

そもそも集患に向けたマーケティングが十分に行えていない場合には、自院の現状を把握しつつ、患者インサイトに基づいた対策を実施していく必要がありますし、産科は比較的診療圏の広く、また年齢層としても若めの方がメインターゲットとなる診療科となるため、オフラインマーケティングのみならず、オンラインマーケティングを効果的に行う必要があります。

また、産科単体で病棟を運営できる病院はほとんどなく、混合病棟であることが大半ですから、集患においては、自院の受入体制がボトルネックがとなっているケースもあります。こうした場合には、産科のみならず、混合している他科との兼ね合いも視野に入れ、柔軟な運用を担保することが重要です。

こうした施策を実行してなお十分な収益性が確保できない場合には、撤退判断を求められるケースもあります。その場合には、産科単体での経営状況を正確に把握したうえで、公益性などと天秤にかけることが重要です。

少子高齢化や出生数減少のあおりを受け、今後正常分娩の保険適用も見込まれるほか、医師の働き方改革の影響などもあって、産科を取り巻く環境は変化していくことが予期されます。そうした中で、自院が果たすべき役割や地域的なトレンドも含めつつ、産科の在り方を考えていくことが大切です。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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