現場レポート

2024/09/17/火

医療・ヘルスケア事業の現場から

海外からの人間ドック受診者はこれからも増えるのか(前編)

【執筆】コンサルタント 鮑

はじめに

コロナ禍以前、中国では「アンチエイジングはスイス、美容整形は韓国、健康診断は日本」という言葉が流行していました。特に日本の健康診断が注目を集めるきっかけとなったのは、2013年前後に有名な俳優がテレビ番組で日本での健康診断の体験について話をしたことからです。その俳優は、日本の有名な大学病院で人間ドックやPET-CTを受け、これまで中国国内では検出できなかった病気が発見されたと語り、サービス体験も非常に満足のいくものであったと絶賛して話題になりました。

確かに、ここ10数年、海外から多くの患者や受診者が医療を受けるために日本を訪れています。この背景には、日本が経済政策の一環として医療インバウンドや医療ツーリズムを積極的に推進していることも挙げられます。しかし、国際的に見ると、医療ツーリズムに力を入れている国や地域は日本だけではありません。この記事では、健康診断を切り口に、日本における医療インバウンドの現状と課題を振り返り、今後日本が優位性を保つためにどのようなポイントに焦点を当てるべきかについて考察します。

医療インバウンドの受け入れの現状

それでは、実際にどの国から、どのような人々が、何を求めて日本に来ているのかを見てみましょう。日本に医療を受けに来る目的は多岐にわたります。健康診断はもちろん、がんや難病などの治療を求めて来る人もいます。また、最近では美容や歯科治療を目的に訪れる人も増えています。

ただし、具体的な目的や人数に関する正確な統計は存在しません。その理由の一つとして、統計を取ること自体が難しいという問題があります。外国人が日本で医療を受けるための滞在ビザとして「医療滞在ビザ」がありますが、その発行数を見ると、2015年からコロナが流行する前の2019年までに増加していることがわかります。また主な利用者が中国人であることも確認できます。渡航が再開された2022年および2023年には、コロナ前の発行数を上回り、中国人が引き続き主要な受診者である一方で、ベトナムからの発行数も増加しており、全体に占める割合もかなり高くなっています。

出所:外務省「査証発給統計(国籍・地域別)」各年度のデータより弊社作成

ただし、これらのデータは、実際に日本で医療を受けた人数を示しているわけではありません。他のビザ、例えば観光ビザや商用ビザで日本に短期滞在し、その間に医療を受ける人も多くいます。これは、受けたい医療の内容によるもので、主に健康診断や精密検査、一時的な治療などの場合、短期滞在が中心となるため、医療ビザを取得せず観光ビザでも十分な場合が大半です。一方、手術や入院、継続的な治療を必要とする場合は、長期的な滞在が必要となるため、医療ビザを取得するケースが多くなります。

そのため、医療ビザの発行数だけでは、日本が受け入れている医療インバウンドの人数を完全に把握することは難しいのですが、継続的に医療を受ける予定のある外国人は増加していることがわかります。

一方、観光や商用ビザも含めて、2019年には合計で約3,188万人の外国人が日本を訪れており、中でも多かったのは中国、韓国、台湾からの来訪者です。このうち、何人が健康診断を受けていたのかを推計してみました。
観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によると「滞在中にしたこと(複数回答)」という質問項目における「来訪者の治療・健康診断」の割合から、2019年のコロナ禍以前に約29万人が医療目的で訪日していたことが推計されます。特に中国からの訪日者数が多いこともわかります。コロナ禍以降では、渡航が徐々に回復してきた2023年ではおおよそ24万人、2024年8月までには約13万人の訪日受診者がいたことが見て取れます。依然として中国からの受診者数が最多ですが、割合的にはベトナム、アメリカ、台湾およびその他の国からも増えていると推測されます。

出所:観光庁,「訪日外国人消費動向調査」、「訪日観光者者数」各年データににより弊社推計・分析

では、同じく医療ツーリズムで実績を持つシンガポールやタイの状況はどうでしょうか。タイでは、2023年におおよそ320万人が医療ツーリズムで訪れたとされています[1]。シンガポールも都市国家でありながら、年間約50万人が医療を求めて訪れています[2]

なぜ日本では医療ツーリズムの渡航者が増えないのか?

日本はアジアの中で、医療技術の高さ、精密な医療機器の発達、そして長寿の国として広く認識されています。また、タイやシンガポールに劣らない医療資源と観光資源を持っているにもかかわらず、医療ツーリズムの渡航者数がそれほど多くないのはなぜでしょうか。

その要因として、以下の3つが考えられます。
1.顧客・患者ニーズに合わせたサービス提供ができていない
2.顧客・患者にアプローチできていない
3.医療機関のキャパシティーと体制が十分ではない

1.顧客・患者ニーズに合わせたサービス提供できていない

 「訪日外国人消費動向調査(2022)」によると、日本で医療を受けた人の87.2%が満足していると答えています。これは、多くの患者が日本の医療サービスに満足して帰っていることを示しています。例えば、中国から健診のために訪日したDさんは、日本での健診について以下のように評価しています。
「日本では検査が丁寧で、信頼感があります。中国で超音波検査を受けた際は5分もかかりませんでしたが、日本では15分もかけてじっくりと診てくれました。また、医療スタッフが動作を行う前に必ず丁寧な声掛けをしてくれる点も安心感につながりました。施設は清潔感があり、とても居心地が良かったです。健診結果のレポートも非常に見やすく、理解しやすかったです。」

しかしながら、課題も残されています。それは、まだ日本を訪れていない外国人に対して、彼らのニーズに合わせた医療サービスをどのように提供していくかという点です。
人間ドックを例にとると、現在日本で受ける顧客には2パターン存在します。これらのターゲット顧客は、求めるサービスレベルが異なります。弊社のヒアリングによると、それぞれ以下の特性が明らかになりました。

トップVIP顧客: 経済的にも社会的地位もトップクラスの人々(例: 政府幹部、大企業の社長)。トップVIP顧客は、どの場所においても最高レベルの医療とサービスを受けることに慣れています。彼らは、ゆったりした環境の中で、特別感やプレミアム感を求めます。

VIP顧客: ある程度の経済的余裕がある人々(例: 大企業の管理職レベル)。VIP顧客は、忙しいスケジュールの中で受診するため、他の日程との調整がしやすく、効率的なサービスを求めます。

彼らへのヒアリングの結果見えてきた日本のサービスに関する課題の一部をご紹介します。

予約や日程調整が困難
VIP顧客(Bさん): 「日本の人間ドックは有名で、前から受けたいと思っていたが、1ヶ月前までの予約が必要で、出張のビジネス訪問の日程が決まらないため、結局断念した。」

検査中の待ち時間が長い
トップVIP顧客(Aさん): 「中国や香港で検査を受けたときは待たされることがなく、特別室の中に医師が来て、その場で多くの検査を受けました。次に日本での受診を検討した際にも特別室がない場合は、また香港で受けようと考えています。」

禁止事項やルールの説明が多い
VIP顧客(Bさん): 「検査を受ける前に、集団で検査中のルールに関する講義を受けました。内容は、検査中にタバコ禁止や大声禁止といった当たり前のことで、自分が見下されているように感じ、屈辱的な気持ちになりました。今後は別の健診センターにしようと思います。」

2.目標顧客・患者にアプローチできていない

医療機関へのヒアリングから、現在、多くの医療機関は仲介業者である医療渡航企業や旅行会社などを介して、集客や患者に情報を伝えている状況です。このように直接患者とコミュニケーションを取れないことで、以下のような課題が生じています。

・集客が仲介業者に依存している
仲介業者の質や集客力に依存するため、安定的な集客が難しいことが多いです。特に、健診のように事前に枠を特定の業者と契約しているケースでは、その業者からの送客がないと赤字になることがしばしばあります。

・正確な情報が患者に伝わらない
仲介業者の中には、医療の専門知識がないままコーディネートしている場合もあります。その結果、検査に必要な確認事項や注意点が患者に十分に伝わらないことから、患者との認識にズレが生じることがあります。たとえば、MRIを受ける患者に対して、体内に金属が入っているかどうかの確認が不足している場合、来院してから検査できないことが判明し、患者ががっかりするだけでなく、医療機関側も再度オペレーションを調整しなければならない事態になります。

3.医療機関のキャパシティーと体制が十分ではない

訪日外国人を受け入れるためには、まず受け入れのキャパシティが必要です。訪日外国人向けの健診機関は一部存在しますが、現在多くの健診機関は日本人受診者の対応を中心にしており、枠が余った場合のみ外国人の対応をしています。このため、外国人受診者の受け入れを拡大するためのキャパシティが不足していることが推測されます。

また、医療機関側の対応体制と現場のノウハウも求められます。外国人受診者の検査は基本的に通訳を介して行われるため、通常よりも検査時間がかかることがあります。その際、待ち時間を減らすための効率的な動線設計や検査順番の調整が重要です。
通常業務が忙しい中で、なぜ訪日外国人の対応が必要なのかに対する理解も不可欠です。例えば、都内のある医療機関で働く看護師は、「外国の方への対応は、通常の倍以上の時間がかかります。事前の調整も複雑で、なぜこれが社会的に重要なのかも理解できませんし、私たちにとっては個人的なインセンティブもありません。そのため現場は疲弊しています」と語っています。このような現場の声が、対応の難しさを物語っています。そのため、医療機関内での組織体制や報酬体系の見直しなど、スタッフのモチベーションを向上させるための仕組みが必要となります。

さいごに

以上が、医療インバウンドの受け入れの現状と課題についての説明でした。次回は、医療インバウンドをどのように拡大していくかについて、医療機関ができることや、制度上求められることなどをご紹介します。

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執筆者

K.Hou
中国出身。華東理工大学でソーシャルワーク学科を卒業後、来日。日本女子大学で社会福祉を専攻し、修士課程を修了。その後、経営学修士課程(MBA)修了。「高齢であっても、障害があっても、どんな状態でも自宅で安心して自分らしい暮らしができる」ことの実現を目指し、メディヴァに新卒で入社。現在は、日本の医療・介護の海外展開や在宅介護の仕組み、新規サービスの構築に取り組んでいる。

脚注
[1] https://www.medparkhospital.com/en-US/news/thailand-medical-tourism
[2] https://www.magazine.medicaltourism.com/article/exploring-singapores-robust-medical-travel-industry

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