2024/07/29/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント 渡部/【監修】取締役 小松大介
目次
在宅医療の需要が高まる中、在宅クリニックの開業を検討される医師の方は少なくありません。本レポートでは開業への不安を和らげるため、開業プロセスにおける7つの典型的な失敗事例とともに、その解決策をご紹介します。開業に必要な「ハコ・ヒト・モノ・カネ・ユメ」を整える過程で起こりがちなアンチパターンを示すことで、潜在的なリスクを回避し、開業プロジェクトで躓くことなく、好スタートを切るためのヒントを提供します。
■ご開業までの流れ (概略_テナントでのご開業のケース)
訪問診療及び往診等における患者と医療機関の距離は、制度上16kmと定められていますが、実際の移動時間を考慮すると、実効的な診療圏はより狭くなります。
このため、制度上の距離のみに基づいて診療圏を広く設定した市場調査では、実態を正確に反映できない可能性があります。
さらに、市場評価には競合する医療機関や連携施設の存在も大きく影響します。
これらの要因を適切に考慮しない市場調査では、実際の市場規模や新規参入の余地を誤って判断する恐れがあります。
首都圏を例にとると、1900年代後半に鉄道沿線の郊外で宅地化が進み、ベッドタウンとして発展したエリアは、現在、訪問診療のニーズが高まっています。これらの地域では、駅を中心として宅地が広がっており、隣接する駅との距離を考慮すると、概ね半径2~3km程度が一つの診療圏と見なせます。この範囲は。車での移動時間で15分~20分程度の診療圏とも概ね一致し、実効的な診療圏としても適切だと考えられます。
市場調査においては、診療圏内の推計患者数、競合する医療機関、および連携施設の調査を実施しますが、見込み患者数の算出等については、以下のレポートで詳しく説明しておりますので、合わせてご確認ください。
内装工事の進行と支払いスケジュール
在宅クリニックの内装工事は短期間で完了します。多くの場合、工事期間は1ヶ月未満です。工事費用の支払いについては、内装業者により着手金がある場合もありますが、いずれにせよ、工事完了時には全ての工事費用の支払いが求められます。
融資審査や実行にかかる時間
融資の審査には通常1ヶ月以上要します。審査に必要な書類には、クリニックの事業計画や各種設備投資の見積書、さらに内装工事の見積書が含まれます。
多くの場合、融資の審査期間が内装工事の完了よりも長くなるため、融資の実行が工事代金の支払い締め切りに間に合わない可能性があります。
さらに、銀行によっては融資の必要書類として、保健所への開設届や税務署への開業届の写しを求めることもあります。そのため、必要書類の事前の確認が重要です。
自己資金で内装工事費を仮払いできれば問題ありませんが、自己資金なしで開業する場合には、内装工事の支払いタイミングには十分に注意する必要があります。そのため以下2点がポイントとなります。
医療DXには主に二つの側面があります。一つは国の政策に準じて整備が求められるもの。もう一つはクリニック内の業務効率化を目的としたITサービスの導入です。現在、この両面において大きな変革の波が押し寄せています。
国の政策として進められている診療報酬のオンライン請求やオンライン資格確認では、セキュリティに配慮したネットワーク環境が求められており、有線LANの接続が必要となります。極端な事例ですが、家庭用ルーター(ホームルーター)では適切なネットワーク環境が整備されずに電子証明書の取得やシステムの利用できない可能性があります。
クリニックのネットワーク構築は、医療機関特有の要件とセキュリティ基準を満たす必要があるため、この分野に精通した専門家の対応が必須となりますが、小規模で開業する在宅クリニックでは 専門家の常駐は困難です。
そのため、ネットワークベンダー等への外部委託が現実的な選択肢となります。この場合、可能な限り単一の業者に一括して委託することをお勧めします。その理由は以下のとおりです。
MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を明確に定めて開業するクリニックが増加しています。これは望ましい傾向であり、長期的には医師の描く「夢」の大きさがクリニックの成長と、あつまるスタッフの質と数に影響を与えると考えられます。
しかしそれだけで、人材を惹きつけようとして失敗するケースがあります。理想と現実のバランスをとることも重要です。
中長期的なMVVと開業時の現状にはギャップが生じることがあります。このギャップを認識せずに求人活動を行うと、特に公募での求人においては応募者との間で認識の齟齬が生じる可能性があります。
対策として、MVVは中長期的な指針として設定しつつ、当面のクリニックのコンセプト(提供したい在宅医療のスタイル、地域社会における役割や貢献、院内のコミュニケーションの方針、チーム医療の在り方など)を明確に打ち出すことが必要と考えています。
そのうえで、医師自らが面接を実施したうえで、是非採用したいと思える方を見つけ、適切な雇用条件で採用につなげることが重要です。
人材採用でのポイント
早期営業の必要性と営業ツールの準備
在宅クリニックでは開業後に患者数が段階的に増加していくため、早い段階から営業活動が重要です。理想的な営業開始のタイミングは、開業の少なくとも1ヶ月前となります。
営業ツールとしては、名刺、開業チラシ、ノベルティなどを用意しますが、これらには電話番号とFAX番号の記載が必要となります。
電話番号取得の課題
電話番号の取得には電話回線工事が必須であり、この工事は光回線工事の完了後にのみ実施可能であり、光回線工事の完了は通常、開業の1ヶ月前となります。
光回線工事の完了日が不明確な場合、それに続く電話回線工事の日程調整が困難となり電話番号取得が遅れます。その結果、電話番号などを記載すべき営業ツールの準備が滞り、クリニック開業前の早期営業活動に支障をきたす可能性があります。
そのため以下の2点がポイントとなります。
人材確保の観点から社保完備(健康保険、厚生年金保険、労働者災害補償保険、雇用保険)のクリニックが増えています。
その際の注意点として、個人開業では常時5人以上の従業員が働いている場合、社会保険の加入は義務となりますが、5人未満の場合には任意適用申請の手続きにより社会保険の適用事業所となることができます。
任意適用の手続きは、開業後に申請し、年金事務所による審査を経て認可された日が、社会保険の加入日となります。そのため、開業初月には社会保険が適用されない可能性があります。
開業時のスタッフ数が5人未満で社会保険を適用する場合には、開業初月にスタッフの無保険期間が発生しないように、以下の2点がポイントとなります。
【参考】任意適用申請の際には、任意適用同意書(従業員の2分の1以上の同意)の他、事業主世帯全員の住民票原本、公租公課の領収書(原則1年分)などが必要となります。
開業後の電子カルテ移行は金銭的・事務的な負担が大きく、多くの医療機関が避けたい事例の一つです。開業後の移行は、導入時の見通しの甘さが原因として考えられます。見通しの甘さがどこにあるのか。在宅医療ならではの特徴について、以下で概観していきたいと思います。
訪問診療のご経験がある医師の方は、前半の1~3の項目のイメージがつきやすいのではないでしょうか。一方、後半の4~6はコメディカルスタッフ(看護師、医療事務)の業務に関連する内容のためイメージがつきにくい可能性があります。
例えば、在宅クリニックでは、居宅療養管理指導書を作成しますが、当該指導料は介護保険の算定対象となります。しかし、介護保険の算定に対応している電子カルテは少数です。このように訪問診療クリニックならではのオペレーションに対応している電子カルテは限られているというのが実態です。
上記のような機能が電子カルテに備わっていなくても、クリニック内でのルール作りや仕組み作りを行うことで、対処できる場合もあります。
しかし、開業後に患者数が増加し続ける中で、仕組みづくりに時間を割くことが難しく、効率化や人件費の抑制を考慮した場合に、在宅医療に特化した電子カルテシステムの導入が検討され、既存のシステムからの乗り換えを選択するという実情が多いようです。
対策としては、オペレーションの全体像を踏まえた電子カルテ選定をお勧めいたします。
また、医療機関における電子カルテ導入はそれ自体が大きなプロジェクトの一つとなります。開業時の導入とは主旨が異なりますが、ご興味がございましたら、以下のレポートも合わせてご確認ください 。
>>円滑な電子カルテシステム導入のためにキーパーソンが意識するポイント
在宅クリニックの開業は、従来の診療所開業と比べて開業費用を抑えられ、ミニマムスタートが可能であるという大きな利点があります。このミニマムスタートゆえに顕在化するリスクも少なくありません。本レポートで紹介した7つの失敗事例の中には、この特性から生じる課題もあるように思います。
一見些細に思える要素でも、実は開業後のスタートダッシュの成否を大きく左右する可能性があります。これらの事例から学ぶべきは、開業のプロセスを着実に進めることが、開業後の好スタートへの近道であるということです。ミニマムスタートの利点を活かしつつ、必要な要素には適切に投資し、慎重に計画を立てることが重要です。
最後に、このレポートが皆様の開業プロセスにおける道標となり、スムーズな立ち上げと持続可能な運営の一助となることを願っています。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他