2024/08/07/水
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント 大須賀/【監修】取締役 小松大介
目次
看護師不足は年々顕著になっており、慢性的にお困りの病院も増えていることと思います。また、転職が活発な業種ため「看護師が急に辞めることになってしまった」「スタッフが休養のため休暇が必要になった」等で突発的に看護配置が薄くなってしまうような経験も医療現場では珍しくないと感じています。看護師配置は診療報酬の算定要件に数多く組み込まれていることもあるため、計画的に対策を講じたいところです。
看護師獲得のため、多くの病院が取り組んでいるのは採用の強化ではないでしょうか。
「突発的な看護師不足に対応できるような看護師数を配置しておく」「高額な紹介手数料を投じて看護師を獲得している」「基本給や手当を手厚くし周辺施設との差をつける」「福利厚生の手厚さや年間休日の多さで差をつける」などといった、看護師を獲得するための対策は一通り取り組まれたのではないかと思います。上記は採用に効果が出る方法でありながらも、費用がかかるやり方であることはご承知の通りです。また、看護師市場は年々縮小していることからも、これからも同じ方法で採用が継続できる見込みは薄いと考えられます。
そういった背景の中、看護師不足解消への取り組みの一つとして注目されているのが看護業務のタスクシフト(業務移管)です。看護師は診療・治療の介助や入浴補助、食事介助などの療養上の世話などの直接業務に加え、医師への報告や申し送り、記録・入力業務、書類作成など、患者のケア以外の間接業務もこなすことが一般的になっています。看護師の対応が必ずしも必要でない業務に関しては他職種へタスクシフトすることで看護師業務の見直しに繋がり、今いる看護師で業務を動かしていく環境を作れる可能性があります。
具体的に支援先でタスクシフトが実現した例を紹介します。
一般病棟と療養病棟を持つA病院では、当初ベッドコントロールは医師と看護師の判断で行われていました。入院時は看護師が情報収集し、医師に情報を伝えて入院先について医師の判断を仰ぐ、退院前は看護師が病状を確認し医師に伝え、退院判断をもらうといった体制をとっており、看護師が毎日のように医師に詳細を報告するなどの入退院調整業務が発生していました。入退院調整業務は医師が入退院の指示を出したタイミングで開始されるため、「看護師が足りないタイミング」が不安定に発生することとなった結果、看護師の人手不足を感じる原因となっていました。
A病院では看護師不足を顕著に感じながらも既存の看護人員でやりくりをしながら何とか業務を回していましたが、退職や休業が重なり看護業務が回らなくなってしまいました。そこで、ベッドコントロールの主導権を診療情報管理士に委ねる決断をしました。その結果、入院時は診療情報管理士が看護必要度や医療区分等の情報収集をし、診療報酬を適正に算定できることを基準に入院先を決定する体制となり、看護師が行っていた医師の調整業務を省くことにつながりました。また、退院時も医師が退院判断を行ってからすぐに退院を行うのではなく、在院日数や介護認定取得の有無の状況など、診療以外の情報も組み込みながら診療情報管理士が退院のタイミングの調整等を行うことで、看護師が予定を組んで退院調整業務が実行できるようになりました。
A病院では「看護師が足りないタイミング」を発生させる要因となった情報収集や院内の調整業務などの間接業務とベッドコントロールの権限を診療情報管理士へタスクシフトし、診療情報管理士が専門性を発揮できるように体制を整えることで看護師不足を解消した好事例と言えます。
上記ケース以外にも、「本来看護師でなくても実施可能な間接業務」を看護師から事務職(受付、クラーク等)にタスクシフトするというようなケースは他病院でも取り組まれています。
B病院では、入院時の患者からの聞き取りや記載業務、患者・家族への入院説明などの間接業務を病棟看護師が担当していました。また、高齢者の入院が多いことから、時には患者を病棟から外来窓口までお迎えなども対応しており、病棟看護人員が入院時対応に手を取られ、病棟看護人員が手薄になることが看護師不足を感じる要因となっていました。上記の業務を病棟クラークにタスクシフトしたことで、病棟看護人員が時間帯に左右されることなく充足し、看護ケアなどの直接業務に割く時間の確保にもつながりました。
地域に開かれた内科診療を行う C診療所では、定期処方で来院される患者が多く、来院日に関わる情報管理や来院調整は看護師が担っていました。そのため、患者から看護師指名で来院日の確認の電話や来院時の注意事項などの確認の電話が頻回に発生し、看護業務に集中できず看護業務を圧迫していました。看護師の負担軽減と院内の効率的な運用のため、看護師と事務職の綿密な情報連携のもと事務職へのタスクシフトを行い、事務職内で患者とのやり取りを完結する方針へ転換を試みています。現在も引き続き対応中の事例にはなりますが、少しずつ看護業務も改善され人員不足も解消されてきているようです。
いずれのケースも、看護不足を感じる要因が明確であったこと、多職種がより専門性を生かして業務ができる環境を作れるように調整できたことが、タスクシフトに取り組むきっかけになっていると感じています。
看護師不足の解消の一助を担う護業務のタスクシフトですが、多職種がそれぞれの専門性を生かして連携して働ける環境づくりの施策としても実行のメリットが高い取り組みといえます。看護業務のタスクシフトをきっかけに、看護師以外の専門職(薬剤師・歯科衛生士・管理栄養士など)の業務を見直すことで各職種の専門性を生かした業務分担ったり、事務職の活躍の幅が広げたりなど、院内人員リソースの最大活用について検討できるチャンスにもなりえるでしょう。経営層も含めた院内全体でタスクシフトの重要性を理解して取り組むことができれば、チーム医療のレベルも向上、患者サービスの向上にもつながっていくのではないでしょうか。
「これって看護師がやらなければならないのかな?」そんな疑問の解決からタスクシフトへの一歩を踏み出すことをお勧めします。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他