2024/04/22/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

医療業界における新規事業開発の要点

【執筆】マネージャー 今野美知輝/【監修】代表取締役社長 大石佳能子

はじめに

メディヴァでは病院向けだけでなく企業向けのコンサルティングも数多く手掛けており、医療業界内外の企業に対して様々なご支援を行っています。内容としては「事業戦略策定」「マーケティング戦略策定」「ビジネスデューデリジェンス」などもありますが、特に多いのは「新規事業開発」に関わるものです。

製薬/医療機器メーカーといった医療業界内部の企業からはもちろんのこと、化学品メーカー、商社、通信会社など非医療系の企業からのご相談も近年増える傾向にあります。医療業界系企業の場合、具体的な相談としては“医療現場や患者のニーズを理解したうえでどのようにビジネスを展開すればよいか”といったものが多く、非医療系企業の場合だと“医療業界への参入にあたり規制をどのようにクリアすればよいか、その上でビジネスモデルをどう構築すればよいか”といったものが多くなります。

非医療系企業は“手元にある技術シーズや新たに開発したサービス/製品を医療業界で展開したいと考えているものの、ニーズがそもそもあるのか、ニーズがあっても充足できるのかどうかがわからない”という市場参入戦略の初期段階からお困りのところが多い印象があります。今回はそういったご相談にまつわる“医療業界における新規事業開発の要点”についてお伝えしたいと思います。

医療業界における新規事業の難しさ

大きく以下の3つの難しさが挙げられます。

1.マネタイズの難しさ
2.マーケティングの難しさ
3.サービスや製品を使い続けてもらうことの難しさ

1つ目のマネタイズについては、患者・消費者向け(BtoC)と医療機関向け(BtoB)で異なる難しさがあります。BtoCの場合、本当にそのサービスが必要とされる方が、必ずしもお金を払ってくれないという問題があります。
この背景には、日本の場合は公的保険が手厚く、医療機関へのアクセスも容易なので、医療サービスに対価を払う意識が低いことがあるのではないかと考えられます。
例えば、生活習慣病の発症予防を目的とした“ハイリスク群ではあるものの現時点では健康な人“を対象としたサービスでは、そもそも“ハイリスクである”ことの危機感を本人が感じていないことに加え、現時点では健康であるが故に“病気になったら医療機関に掛かればいい”と思いがちです。その結果、健康意識が高い人でないとお金を払ってくれない、という現実があります。
BtoBの場合、例えば、医療機関に対してサービスを使ってもらおうとしても、そのサービスに診療報酬が付くことは難易度が高く、支払原資が問題となります。既存の診療報酬内で医療機関が賄う場合は、コストが減らない限りは利益を削ってサービス対価を支払わなければならず、導入が躊躇されます。そのハードルを越えるために補助金を前提にしたマネタイズモデルが組まれることもありますが、これは裏を返せば補助金が無いとビジネスとして成立しない、ということにもなりかねないため、ビジネスの継続性の観点では一考が必要です。

2つ目のマーケティングの難しさについては、これもBtoCとBtoBで異なります。BtoCの場合は「マーケティング対象の絞り込み」「対象へのアプローチ方法の検討」「対象に対する訴求ポイントの特定」という大きく3ステップをマーケティング対象の属性ごとに行う必要があります。
「対象者の絞り込み」は一般的な消費財とは異なり、男性・女性、年齢等ではなく、「訴求ポイント」自体が属性になります。禁煙促進サービスであれば、「訴求ポイント」は“将来の健康リスクの軽減”だけでなく、“たばこ代節約”の方が刺さることもあると思います。
「アプローチ方法」は「対象者の属性」や「訴求ポイント」によっては“SNSを通じて”の方が良いこともあるでしょうし、“医療機関を通じて”の方が良いこともあろうかと思います。ただ、気を付けなければならないのは、医療機器や薬剤になると、直接対象者に訴求する(D to P)手法は法律で禁じられているということです。
BtoBの場合も考えるステップは同様なのですが、例えば、対象が医療機関であれば、ガバナンス構造が複雑で意思決定者や意思決定プロセスが法人ごとに異なる場合も多く、各医療機関内の誰にどうやってアプローチするかを考える、という最初の2ステップの難度が高くなります

3つ目のサービスや製品を使い続けてもらうことの難しさも、やはりBtoCとBtoBで異なります。BtoCの場合、例えば、生活習慣病予防を目的としたサービスであれば、まだ健康なうちは危機感も薄く、サービス利用中の効果の実感もしにくいため、途中でサービス利用をやめてしまうことも多くなります。
BtoBの場合ですと、医療機関の現場でサービスを使ってもらおうとした際、「導入されたサービスによって日々のオペレーションを崩したくない」と現場スタッフが忌避してサービスの活用が進まない、ということもよく起きます。

メディヴァの新規事業開発支援における強み

メディヴァは医療機関の経営や医療サービスの提供を行ってきたので、自らの経験値を積んでいます。そのため、大きく以下の3つの点に対する理解が深いという利点を持っています。

1.医療業界特有のお金の流れへの理解
2.医療業界内の主要なステークホルダーのニーズへの理解
3.医療現場のオペレーションや患者の行動特性への理解

1つ目についてですが、医療業界ではサービスの価値享受者と対価支払者が一致しないことなどもあり、お金の流れが見えにくいことが多くなっています。保険などはその中でもイメージしやすいのですが、例えば、就業者の生活習慣病の発症予防ができた場合、直接的には患者本人が健康という価値を享受する一方、間接的には健保組合の医療費負担が低減されるという価値が発生するため、サービス対価は健保組合が支払う、というモデルが成り立ちます。
我々は医療業界に関わるステークホルダーがヘルスケアサービスに対してどのようなニーズを持っているか、またそれをどのように満たせば対価を支払いうるか、といった点を理解しているため、マネタイズのモデルを含むビジネスモデル全体を設計することができます。

2つ目については1つ目の内容とも関係します。医療機関、保険会社、健保組合、製薬/医療機器メーカー、一般消費者といった医療業界の主要なステークホルダーがどのようなニーズを持っているかを理解しているということは、検討中の新規サービスが“誰にどのように刺さりうるか”を整理できる、ということです。そして、それを起点とすれば何を価値提供として、誰にどのように訴求すべきか、という点を考えることもできます。上述した通り、特に医療機関においてはガバナンス構造が複雑で意思決定プロセスが外からは見えないことも多く、マーケティングにはコツが必要となります。

3つ目については医療機関の運営支援などを通じて知見が社内蓄積されています。上述したようにヘルスケアサービスは使い続けてもらうことが非常に難しいことが多く、医療機関向けサービスではマネジメントの意思決定の基で導入されたものの、現場ニーズを無視した結果使われなくなることもあります。一方、患者向けサービスでは、患者に使われ始めたものの健康なうちは費用対効果が感じられず、最終的には使われなくなってしまう、ということもよく起きます。これらの課題は医療現場や患者の行動特性を理解していないとうまく乗り越えられないハードルになります。

まとめ

ここまでお伝えしてきたように医療分野において新規事業を成功させるためには、医療業界特有の要素を理解したうえで、新規サービスの提供価値は何か、誰のどのようなニーズを満たせるのか、誰がお金を払って使い続けてくれるか、といったことを考えながらビジネスモデルを構築しなければなりません。これは特に非医療業界の企業にとっては難度が高く、また医療業界の企業にとっても簡単なことではありません。我々はクライアントのご支援を通じて、よりよいサービスが医療業界で展開され、それが多くの人々の健康を守ることにつながると信じてコンサルティングサービスを提供しています。


監修・大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。

執筆今野 美知輝
京都大学理学部卒業後、京都大学医学部医学研究科にて脳科学を専攻。その後、経営コンサルティング業界に入り、外資系戦略ファームを経てメディヴァへ参画。クライアントの技術シーズや新規サービスを医療領域でビジネスとして成立させるためのビジネスモデル構築や事業戦略策定などを得意とする。

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