2025/08/05/火
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
目次
病院を取り巻く環境が急速に変化するなか、限られた経営資源をいかに活かすかが、ますます重要なテーマとなっています。こうした状況下で注目されているのが「SWOT分析」です。
自院の強みや弱み、そして外部環境における機会と脅威を整理することで、経営の方向性を明確にできます。
本記事では、病院経営におけるSWOT分析の基本から活用法、さらには戦略立案につなげる方法までを解説します。
SWOT分析とは、組織の現状や外部環境を「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の4つの視点から整理するフレームワークです。
この4象限で整理することで、現状を俯瞰的に把握しやすくなり、戦略立案の土台をつくることができます。
病院経営においてSWOT分析を行う目的は、単なる「現状把握」にとどまりません。現場の視点と経営の視点をつなぎ、組織全体の方向性を見定めることにあります。
例えば、以下のようなメリットが得られます。
このように、SWOT分析は病院経営における意思決定の精度を高め、現場と経営の間にある認識のズレを埋める手法としても有効です。
病院を取り巻く環境は年々複雑化しており、経営判断の難易度も高まっています。
特に以下のような課題は、多くの病院が直面しています。
こうした外部要因が重なるなか、自院の方向性を見失わないためには、現状を客観的に整理する視点が不可欠です。
SWOT分析は、環境変化に流されないための“羅針盤”となります。
環境の変化に対応するには、内部資源の見直しも欠かせません。
このような状況を放置すれば、経営力や競争力の低下につながりかねません。
SWOT分析を通じて、自院の強み・弱みを構造的に把握することは、限られた資源をどう活かすかの判断材料になります。
SWOT分析は、できる限りグループワーク形式で行うことをおすすめします。
経営層だけでなく、診療部門・看護部門・事務部門など多職種の視点を取り入れることで、分析の質が高まります。
1グループは5~8人程度が適切です。少なすぎると視点が偏り、多すぎると議論が散漫になりがちです。
また、進行役(ファシリテーター)を1名置くことで、全員が意見を出しやすい環境を整えることができます。
SWOT分析では、情報を見える化し、参加者全員で整理・共有できる仕組みが重要です。
たとえばポストイットや模造紙のほか、Googleスライドなどのオンラインツールの活用も有効です。
ポイントは、SWOTの4象限に分けて意見を分類しながら貼り出す/入力することで、全体像を視覚的に把握できるようにすることです。
そのうえで意見をグルーピング・整理することで、認識のずれをすり合わせ、グループ内で合意形成がしやすくなります。
議論の中では、「なんとなくこう思う」という主観的な意見と、実績データに基づく客観的事実が混在しがちです。
例えば、病床稼働率や外来患者数の推移、人件費率などの定量的な情報は、SWOT分析の精度を高めるための重要な材料です。
内部環境・外部環境のデータは、あらかじめ収集・整理しておくことで、分析の説得力が増します。
主観と客観を切り分けながら議論を進める意識が大切です。
SWOT分析はあくまで「見える化の手段」であり、それ自体が目的ではありません。
重要なのは、その結果をどう戦略に落とし込んでいくかです。
分析の際は、後続のクロス分析(TOWS分析)へ展開しやすいよう、各項目をできるだけ具体的・簡潔に整理して記録しておきましょう。
この“ひと手間”が、戦略設計やアクションプランの質を大きく左右します。
SWOT分析で現状を整理しただけでは、課題や強みが「見える化」されただけにとどまり、経営判断にはまだ結びつきません。
そこで重要になるのが、「分析結果を戦略に落とし込むステップ」です。ここで活用できるのがクロス分析(TOWS分析)です。
クロス分析とは、SWOT分析で整理した4つの要素を掛け合わせて戦略パターンを導き出すフレームワークです。
それぞれの組み合わせが、戦略の方向性を考える視点になります。
| 組み合わせ | 目的 |
| S × O(強み × 機会) | 自院の強みを活かしてチャンスをつかむ戦略 |
| S × T(強み × 脅威) | 強みで外部のリスクに立ち向かう戦略 |
| W × O(弱み × 機会) | 弱みを克服して新たな機会を取り込む戦略 |
| W × T(弱み × 脅威) | 弱みとリスクが重なる領域を避ける、または縮小・撤退を検討する戦略 |
このように、要素同士を掛け合わせることで、より具体的で現実的な打ち手が見えてきます。
クロス分析は、次のような手順で行うとスムーズです。
クロス分析を行うことで、SWOT分析で見えてきた現状をもとに、自院にとって現実的な戦略の方向性を検討することができます。
こうして導き出された戦略アイデアを、どう整理し、どこから実行していくか。
それこそが、次に考えるべきステップです。
SWOT分析とクロス分析を通じて、自院の現状と向き合い、戦略の方向性が見えてきたら、次はそれをどのように経営に活かしていくかを考えるステップです。
まず重要なのは、洗い出された戦略アイデアの中からどこから着手するかを見極めることです。
すべてを一度に実行することは現実的ではないため、影響度(経営インパクト)と実現可能性(リソースや体制)を軸に、優先順位をつけることが有効です。
緊急度の高い改善から先に取り組むのか、将来への投資を優先するのか、病院の現状と方針に応じた取捨選択が求められます。
短期的な対応に追われるだけでなく、分析結果を中長期的な経営ビジョンの設計にも活かすことが重要です。
例えば、「地域包括ケアの推進」を機会と見たなら、5年後を見据えて在宅医療部門の強化を図るといった具合に、未来の方向性を構想する材料として活用できます。
SWOT分析は、単なる課題整理ではなく、病院の「これから」を考える出発点にもなり得ます。
導き出した戦略の方向性は、最終的に現場で実行可能な施策やアクションに落とし込むことが必要です。
どれだけ精度の高い分析や構想があっても、具体的な行動にまで落とし込まれていなければ、現場に浸透せず、結果につながりません。
その際には、以下のような点を意識することで、施策の実効性が高まります。
また、施策は一度で完成させるものではなく、小さく始めて見直しながら進める「仮説と検証」の姿勢も大切です。
ここでは、一般的な中小病院をモデルとしたSWOT分析の実例を紹介します。
まず、SWOTはそれぞれ以下のように意見が挙がりました。
■ 強み(Strengths)
・地域に根差した医療を長年継続してきた実績
・病床を保有していること自体の価値
・プライマリ・ケアを幅広く対応できる体制
■ 弱み(Weaknesses)
・高度な医療機器や技術に対応する人材が不足
・設備の老朽化に対し、建替えや設備投資にかかるコストが大きく、実行が難しい
■ 機会(Opportunities)
・高齢化に伴う高齢疾患や慢性疾患の増加
・高度急性期病院の在院日数短縮により、地域でのリハビリ・在宅支援のニーズが増加
・200床未満の病院に優遇されている診療報酬の存在(在支病、地域包括ケア病床等)
■ 脅威(Threats)
・医療人材の確保が難しくなっている
・高度急性期病院や診療所の技術レベル向上による患者集中が進み、中小病院が相対的に低下
このSWOTをもとにクロス分析を行うと、以下のような戦略の方向性が導き出されました。
■S×O(強み×機会):地域に密着した高齢者向けの医療提供、在宅支援・リハビリを強化
■W×O(弱み×機会):機材・人材共に特定分野に集中投資、高度検査や手術を急性期病院に紹介しつつ連携強化、紹介後逆紹介によるリハビリ・療養・在宅対応強化
■S×T(強み×脅威):労働生産性向上を向上させる(ICT導入、業務改善、タスクシフト・シェア)、急性期病院があまり手掛けない領域を対応する(良性疾患等)
■W×T(弱み×脅威):急性期病院や診療所との積極的な機能分化・連携強化、ダウンサイジング、無床診療所への転換の検討
このように、SWOTとクロス分析を通じて現状を言語化し、限られた経営資源の中で実行可能な戦略の方向性を見出すことができます。

とある中小病院のSWOT分析の最終的なアウトプットイメージ
SWOT分析は単なる経営ツールではなく、病院全体で現状を共有し、方向性をすり合わせるための対話のきっかけになります。
経営層だけでなく、医師・看護師・リハ職・事務など多職種が参加することで、「自院の強みは何か」「どこにリスクがあるか」という問いを多角的に捉えることができます。
そうした共通認識が生まれることで、施策の実行精度や現場の納得感も高まります。
的確な戦略も、現状を見誤れば空回りになってしまいます。
「診断 → 優先順位化 → 戦略立案 → 実行」という経営の基本ステップにおいて、最初の“診断”フェーズとしてSWOT分析は非常に有効です。
主観ではなく、構造的・客観的に病院の現状を捉えることが、戦略判断の質を高める起点になります。
SWOT分析は比較的シンプルな手法ですが、主観に偏ったり、進行役がいなかったりすると形骸化してしまうこともあります。
また、日常業務が忙しく「手が回らない」といったケースも少なくありません。
そうした場合には、フレームや視点を提供してくれる外部支援を活用することで、より中立的かつ効果的に進めることが可能です。
SWOT分析に取り組むことで、病院の方向性が見え、次に打つべき手が明確になります。
「何から始めればいいかわからない」「進め方に不安がある」といった場合には、お気軽にご相談ください。
状況に応じて、進め方や整理の仕方をご一緒に考えることも可能です。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他