2025/08/06/水
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント 目黒/【監修】代表取締役社長 大石佳能子
目次
メディヴァはこれまで、長年にわたり日本国内で培ってきた医療・介護分野のコンサルティング実績を活かし、海外におけるヘルスケア分野の発展にも貢献してまいりました。今回は、実際に支援を行ったベトナムでの介護支援事例をご紹介し、ベトナムにおける高齢者ケアサービスの現状と、今後の可能性について探っていきます。
急速に進む高齢化は、いまやアジア全域で共通の課題となっています。なかでもベトナムは、出生率の低下や平均寿命の延伸を背景に、アジアの中でも特に高齢化の進行が早い国の一つです。国連の推計によると、2022年時点におけるベトナムの65歳以上人口の割合は約8.2%、2024年には9.0%を超えたとされており、2036年には約14%に達し「高齢社会」へ移行すると見込まれています。その後も高齢化は着実に進行していくと予想されています。
高齢化率(推計)の推移

こうした実態を背景に、ベトナム国内でも高齢化が社会的課題として認識されつつある一方で、高齢者を支える制度設計や介護人材の育成、現場のケアの質といった面では、まだ発展途上の段階にあります。制度やサービスの整備が追いついていない現状において、これから高齢者ケアの基盤をいかに築くかが、国としての大きなテーマです。
近年、ベトナム国内のディベロッパーや大手民間病院を中心に、富裕層向けの大型介護施設の建設が相次いでおり、日本資本の施設も一部みられます。
しかし、これまで多数の施設を視察してきた中で見えてきたのは、外観や設備が豪華でも、介護施設としての実態が伴っていないケースが多いという点です。例えば、段差の多い構造や車いすの利用を想定していない居室など、バリアフリー設計が不十分な施設も少なくなく、日本の介護施設との設計思想の違いが際立っています。また、自力歩行が困難な高齢者への専門的なケアが十分に考慮されていない例も多く、現場のサービスと利用者の実際のニーズとの間に乖離がみられます。
さらに、ベトナムでは家族による介護が依然として主流であり、「親を施設に入れる」「介護が必要になったら施設に入る」という概念はまだ定着していません。介護保険制度も未整備のため、費用は全額自己負担となり、結果として入居者は富裕層に限られます。そのため、現状では大規模な施設でも空室が目立つ傾向にあります。
ベトナムでは、家族による介護が困難な場合や富裕層の世帯においては、「ホーリー(Holy)」と呼ばれる家政婦が家事とあわせて高齢者のケアを担ってきた経緯があります。
ただし、ホーリーは医療や介護に関する専門知識を持つわけではなく、あくまで自宅介護の延長としての支援にとどまっています。実際、現地からは「自宅でほぼ寝たきりにされている」「日本のような高齢者の尊厳を守り、自立支援を図るケアはない」といった声も聞かれています。
こうした背景の中、近年では大都市を中心に、デイサービス、リハビリ、訪問看護、訪問介護などの在宅系サービスが徐々に広がりつつあります。しかし、入居施設と同様、これらのサービスも全て自己負担となるため、今後の本格的な普及にはまだ時間を要すると予想されます。
高齢者サービスの価格帯(参考)
| 種別 | おおよその月額費用 |
|---|---|
| 入居施設 | |
| 都心(高級) | 多床室:8-20万円 個室:14-30万円 VIP:40万円 |
| 郊外(一般) | 多床室:4-8万円 個室:8-13万円 |
| 在宅サービス | |
| デイサービス | 3,000-5,000円/日 |
| 訪問介護※ホーリーの場合 | 1,000-2,000円/日 |
こうした現状を背景に、ベトナムでは「高齢化先進国」である日本に対して、制度設計、人材育成の仕組み、そして具体的なケア手法の指導など、多方面での支援を期待する声が高まっています。特にベトナムでは「介護士」という職種が制度上まだ存在しておらず、医療機関や介護施設における高齢者のケアは、看護師や前述のホーリーが担っているのが実情です。高齢化の進展とともに、介護士の職位の制度化が必要と認識され始めており、確立に向けた日本からの支援が期待されています。
以下では、弊社による具体的な支援事例をご紹介します。
国立バクマイ病院は、ベトナムのハノイに位置する1,400床を有する国内最大の総合病院です。その敷地内にあるバクマイ医科大学では、看護師やリハビリ職の養成が行われています。
同大学内に、当社支援の下、日本式介護の普及と人材育成を主目的に2024年に日本式模擬介護室を設置しました。この模擬介護室は、日本の最新介護機器を導入しており、介護用ベッド、見守り機器、歩行器、車いす、杖、ポータブルトイレ、シャワーキャリー、そして高齢者疑似体験教材などを備えています。
設置にあわせて、同大学の教員を対象に、機器の使い方を中心とした日本式介護に関する講義を2週間にわたり実施しました。講義では、特にボディメカニクスや移乗機器、見守り機器への関心が高く、参加者からは多くの質問が寄せられ、実技練習にも熱心に取り組まれました。
車いすの操作や歩行介助など、基礎的な介護技術において日本との差異が顕著であり、ベトナムにおける高齢者ケアの現状とのギャップも明らかになりました。現在では、受講した教員が自校の学生に対し、機器の使用方法を指導するまでに至っています。
今後、当該実習室は、大学だけではなく、院内外での教育に活用される予定です。見学を希望する場合は、弊社までご相談ください。


ベトナムを訪れるたびに、高齢化への関心の高まりを強く感じます。現在のところ、ベトナムにはまだ「介護士」という職種は存在しませんが、今後の制度化に向けた動きもみられ、高齢者市場の拡大が期待されています。
同国ではまだ「ケア」という概念自体が社会に十分浸透していないのが実情です。今後は、日本で培われた自立支援のノウハウや実践知を丁寧に共有しつつ、ベトナムの社会背景や文化に即した介護の在り方を、現地の方とともに模索していくことが求められます。
メディヴァでは今後も、ベトナムをはじめとしたアジア諸国における高齢者ケアの発展に貢献してまいります。ご関心のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
執筆
H.Meguro
宮城県出身。中央大学総合政策学部卒業。医療や社会福祉事業を展開する法人にて8年間、企画広報や現場運営に携わるほか、高度急性期病院で医療連携や災害救護に従事。国内外問わずヘルスケアの発展に貢献したく、2019年6月よりメディヴァに参画。現在は、医療・介護の海外展開や調査事業、介護の生産性向上支援などを中心に担当。
監修
大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。