現場レポート

2025/08/08/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.37/アイスランド編

ケプラヴィーク

オスロ国際空港から、アイスランドのケプラヴィーク国際空港へと飛び立った。目的はただ一つ、グリーンランドへの乗り継ぎのためだ。首都ヌークへは週に3便しかないプロペラ機でしか行けず、前乗りして2泊3日の滞在をすることにした。

着陸態勢に入った機内の窓から地上を見下ろしても、雲に覆われていて何も見えない。どんな場所なのか、まったくイメージが湧かない。経由地という感覚でほとんど下調べもしていなかったため、どう過ごすかの見当もついていなかった。とりあえず、噴火さえしていなければいいか、という軽い気持ちで入国した。

調べてみると、アイスランドの面積は約10万3000km²で、北海道と四国を合わせたほどの広さがあるという。鉄道は存在せず、移動手段はバス、タクシー、レンタカーに限られる。今回そこまで広範囲を移動する予定はなかったので、公共交通機関で十分だろうと思っていたが、これが大きな誤算だった。

宿泊予定の宿は空港のすぐ裏手にあるはずだった。しかしアクセス方法を調べると、タクシーなら8分、バスでは43分、徒歩では1時間30分と大きな差があった。バスは本数も少なく、接続も悪いため、夜になってしまう前にタクシーを使うことにした。ところがこのタクシーは驚くほど高額で、8分の距離で約5450円もかかった。2000年の経済危機の影響もあるのか、アイスランドはとにかく物価が高い。とはいえ他に選択肢もなく、仕方なくタクシーでドミトリーまで向かった。

宿の前に到着すると、辺り一面が霧に包まれ、宿以外は何も見えなかった。風も強く、肌寒い。視界の悪い中なんとかチェックインを済ませたが、受付で開口一番に「あなたのレンタカーはどれですか?」と尋ねられた。「いえ、借りていません」と答えると、かなり驚かれた。どうやらこの国では、複数人でレンタカーを借り、費用をシェアするのが一般的らしい。

さらに、宿の周辺にはスーパーもレストランもなく、出前はイタリアンのみ。ケプラヴィークは空港以外にほとんど何もないようで、食事をとるには首都レイキャビクまで行くしかなさそうだった。では、どうやってレイキャビクへ行くのか。これがまた一苦労で、バスを乗り継ぐしか手段がなく、しかも2時間に1本の間隔。片道1時間半もかかる。

他に選択肢がないので、バスに乗って出かけた。ハットルグリムス教会が見えるレイキャビクにようやく到着した頃には、日も傾いていた。夕食にはアイスランド名物のフィッシュスープ(3200円)を注文。島国らしく魚料理が出てきたことに親しみを覚える。温かいスープでようやく体も心も落ち着いた。「最初からレイキャビクに泊まればよかったな」と思いつつも、グリーンランド行きの便が早朝のため、空港近くの宿を選ばざるを得なかった。

終バスを逃すと帰れなくなるため、食事を終えると街の散策もそこそこに、近くのスーパーでジョニーウォーカーの赤を買って宿へ戻った。寝酒ひとつ手に入れるにも不便すぎる。「とてつもなく広大な地に自分がいるのだ」と実感させられた。

アイスランドで有名なフィッシュスープ、魚介の味が濃縮していて温まる

グリーンランド

翌日はブルーラグーンに向かうことにした。地熱発電の蒸気で生まれた青白い温泉で、シリカを多く含んだ白い泥パックを顔に塗りながら浸かる観光名所だ。

タクシーの車窓から見える風景は、どこまでも続く黄緑色の大地。「あれは何ですか?」と運転手に尋ねると、「モス(苔)だ。噴火のあと、冷えた溶岩が黒く固まり、その周囲に苔が生えるんだ」と教えてくれた。「なるほど、モスグリーンの語源はここからか」と妙に納得した。

だが、これだけ苔が広がっていると「ここがグリーンランドでは?」とすら思えてくる。調べてみると、実際にアイスランドは定住に適さない寒冷地が多く、後から発見されたグリーンランドに「緑豊かなイメージ」を与えることで人を呼び込もうとしたという説があるらしい。ますます、名前を交換したほうがよかったのではないかと思えてくる。

進むにつれて苔は減り、黒々とした溶岩石が広がる。固まった溶岩が道路を塞ぎ、除石作業が行われていた。舗装されていない砂利道が続き、この国が火山地帯であることを思い出す。数ヶ月前にも溶岩が街に迫ってくる映像がニュースで流れていた。

宿にも、火山活動をリアルタイムで監視するモニターが設置されており、地震の強度や頻度が逐一表示されていた。この旅の間、どうか噴火しないで欲しいと願いながら目的地へ向かう。

奥まで果てしなく続く苔

目的地に到着すると、溶岩でできた黒い岩の壁が両サイドに積み上がり、自然のアーケードのように入口へと導いてくれる。そして突如、周囲とは不釣り合いなほどモダンな建物が現れた。

これがブルーラグーンかと感動しながら事前にスマートフォンで購入していたパスで入館。ロッカーで水着に着替え、階段を降りていくと、窓の外に青白く光る水面が広がっていた。湯気が立ちこめ、周囲の景色は何も見えない。どうやらここも霧が濃くて、風が強い。

外に出ると、湯に浸かるまでの間、冷たい風が容赦なく体に吹き付けた。すぐに入りたいが、携帯を持ち込んだため置き場所に困る。周囲を見ると皆ベンチや縁石に無造作に置いていて、ざっくりしているけれど、意外と大丈夫そうだ。自分も恐る恐る真似して、ようやく湯に浸かる。

久しぶりの入浴。シャワーばかりの生活が続いていたので、体の芯から温まるのを感じる。セットになっていた白い泥パックを顔に塗り、携帯で自撮りしてみると、顔が真っ白に映った。かなり濃厚でもったりとした質感だ。塗布から洗い流す時間まできっちり決まっており、指示通りに楽しんだ。

帰りのバスの中、集合住宅の壁が白いことに気づいた。「もしかして、この泥パックと同じ成分では?」と思い、宿の人に尋ねると「さあ、安いからじゃない?」との返答。どうやらこの国から学ぶことはまだまだありそうだ。

ブルーラグーンの外観

メンタルヘルス

続け様に横にいたアイスランド出身の宿の店主に健康について尋ねてみた。すると彼は、健康には次の4つが大切だと語った。①長生きすること、②病気にならないこと、③栄養をしっかり摂ること、④メンタルケア。この中にメンタルケアが入ってくるあたり、精神的な問題が多いのかもしれないと思った。

試しにOECDの国別レポートを見てみると、「世界で最も幸せな国の一つでありながら、精神疾患の有病率は他のヨーロッパ諸国と同程度」とあった。また、自殺率は全死因の2%と他国より20%高く、抗うつ薬の使用率はヨーロッパで最も高い。人口の16%が、少なくとも一度は抗うつ薬を使用したことがあるという1)

その背景には、精神疾患の診断体制が整っていることや、非薬物療法への公的補助が限られていることが挙げられていた。自殺率が高い理由について店主に聞いてみると「統計をごまかしていないから」と言っていた。確かに旭川市程度の人口であれば、国全体で精緻な疫学調査が可能だろう。だが、それだけが理由ではないように感じる。

別の研究では、18〜29歳の若年層や経済的困難を抱える層で、うつ病のスコアが高いという結果も出ている。実際、これだけ物価が高く、就職もままならず、車すら買えなければ、生きづらさを感じるのも無理はない。自然が壮大すぎて抱えきれず、噴火というリスクが日常に溶け込んでいる。過ぎたるは及ばざるがごとし。観光で訪れるのと、そこで暮らすのとでは、あまりにも違いすぎる国、それがアイスランドだった。

次回は8月22日(金)、ヌーク編です。

【参考文献】
1)Iceland: Country Health Profile 2023 | OECD. (n.d.). Retrieved August 4, 2025, from https://www.oecd.org/en/publications/iceland-country-health-profile-2023_f2868adb-en.html

2)Sigurðardóttir, S., Aspelund, T., Guðmundsdóttir, D. G., Fjorback, L., Hrafnkelsson, H., Hansdóttir, I., & Juul, L. (2023). Mental health and sociodemographic characteristics among Icelanders, data from a cross-sectional study in Iceland. BMC Psychiatry, 23(1), 30. https://doi.org/10.1186/S12888-022-04504-Y


白衣のバックパッカーのSNS