2025/01/24/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
▼前回はこちら
https://mediva.co.jp/report/backpacker/15907/
目次
ネパールはヒマラヤ山脈とインドに挟まれた国で北海道の約1.8倍の面積に3000万人の人々が暮らしている1)。首都のカトマンズには86万人が暮らし、1960年代に既成の価値に反抗した若者たちであるヒッピー達の聖地としても名高い場所だ。バックパッカーなら一度は立ち寄ってみたい場所の一つでもある。カトマンズ盆地という文明都市が世界遺産に登録されて、寺院や歴史のある広場が観光の名所になっている。そのひとつのパシュパティナートに私は興味を持っていた。
そこはガンジス河の支流であるバグマティ川の川岸にあるヒンドゥー教の寺院で火葬場となっている。インドから遺体を持ってこの場で火葬する人もいるくらいの聖地らしい。ここで火葬をみたら何か自分の中で価値観が変わるかもしれないなと感じ、必ず行こうと思っていた。日本では火葬される時には焼かれているところを直接見ることはない。文化や宗教の違いからくる死の扱いには興味が沸かない訳がなかった。
インディラ・ガンディー空港から飛行機で行くことにしていたのだが、まず空港の中に入るために航空券が必要らしい。確かにタクシーを降りたところに発券機が置いてある。ただ乗る予定のネパール航空のものはなかったため、入口の列に並んで警備員へ携帯の画面を見せて説明すると入ることができた。誰でも入れるようにしてしまうと、空港内がスリや物乞いだらけになってしまうのかもしれないなと思った。もう蛇を持った僧侶は願い下げだ。
飛行機は窓側でぼーっと外を眺めてみた。目線と同じ高さにすーっと横に長く雲が伸びている。雲ってあんなに横長になるんだなぁと、今度は焦点を合わせて雲をみた。それは雲にしてはかなりゴツゴツしていた。携帯のカメラで拡大してみると山肌であることがはっきりみてとれた。ヒマラヤはこんなにも高いところまで聳えていることを知った。もちろん8000m級の山々だということは知っていたが、飛行機と同じくらいの高さだということは考えたこともなく、数字と現実が照らし合わされ実感のある認識に変わっていった。
雲のように見えるヒマラヤ山脈
飛行機が着陸態勢に入る。かなり高度が下がってきているはずなのに街が見えず、下には雲なのかスモッグが広がっている。はっきり言ってかなり天気が悪い。晴れていればきっとヒマラヤが見えるんだろうなと思う。着陸する瞬間のほんのわずかな時間だけ街を見てとることができた。VISAは到着時に取得できる。申請費用は15日のVISAで30米ドルが必要で、これはカンボジア滞在中に換金して持ち込んだ。ネパールには独自の通貨であるネパールルピーがあるが、どういう訳かVISAだけはドルで支払うことになっている。
到着したあとは現地のSIMを手に入れてタクシーを呼ぶ。タクシーはPathaoというネパール独自のアプリで呼んだ。運転手から到着したと連絡が入ったのだが、どの車か分からない。なぜなら数字が読めないからだ。例えば「५」という数字は4にも9にも見えるが、これは「5」を示している。デヴァナガリ文字というヒンドゥー語で使用される文字らしい。普段どの車か判断する時に自分が何を判断材料としているか、それがナンバープレートの数字だということに初めて気が付く。
何度も電話で会話してみるが、お互いの英語が通じず結局落ち合うことができず、もう一度別のタクシーを呼ぶことになった。今度は空港前のBurger houseというハンバーガー屋の前にいると伝え、なんとか乗ることができた。現地の人とコミュニケーションが取れるのかかなり心配になる出来事になった。タクシーにエアコンはないが標高1400mの天空都市はデリーと違って涼しくて、手動で窓を開けるだけで十分快適だった。
ドミトリーからパシュパティナートヘ出かけてみる。バイクタクシーに乗って40分。HONDAの原付の後部席に乗って、舗装された道や人しか侵入できなさそうな細い道を進んで行った。120ネパールルピーを支払って寺院の中へ進んで行った。観光客は1000ルピーを支払えば誰でも火葬を見れるとのことで、どこかで集金されるのかなと探し回っているうちに、煙が立ちこめる火葬場にたどり着いた。火葬場の前には場末の球場のような緑色の塗装が取れたベンチが3段になって並んでいた。そこに数人の人が腰を掛け、火葬場を眺めていた。
火葬場には9つの祭壇のようなものがある。これから火葬を行う場所には薪が組まれ、遺体をおくためのベッドのようになっていた。場所によってはオレンジ色のマリーゴールドがたくさん献花され、四角形をした祭壇の各頂点に配置されたポールにも巻きつけられている。
このオレンジ色はヒンドゥー教にとって重要な色であるサフラン色と呼ばれる色でインド国旗にも使用されている色だ。その色の布に包まれた遺体が家族に囲まれながら、街でよく見かけるTシャツを着たスタッフによって運ばれ、祭壇に置かれる。
遺体を家族が囲み、川から汲んだ水をかけている。30分ほど、家族と過ごした後で火がつけられる。瞬く間に火が回っていく。少しずつ煙が火葬の匂いを運んでくる。異臭とは言えない。肉が焼けた時の匂いがあたりを包んだ。火が弱まるとスタッフが着火剤を投げ入れて、火力を上げる。途中で足が火葬している場所から落ちてくる。その足を竹を2本使って作った道具で燃えている場所に戻す。
火葬開始から2時間くらいしたところで、先ほどの道具を使って焦げついた背骨を叩く。中までは火が通っていないため脊髄が露出する。そういった作業を繰り返しながら火入れをしているようだった。なんだか雑に遺体を扱っているように見える。さらに1時間経過すると火葬場には灰だけが残る。そこにあったはずの遺体はなくなっている。火葬中、どこに潜んでいたのか分からない家族がどこからか出てきてまた川の水をかけている。熱した火葬場の床は高熱のようで、水は瞬く間に沸騰し蒸発していく。人によってはとんでもなく熱いはずの灰の上を歩いている。
一通り儀式が済むと金属製のスコップのような道具で灰を川に流していく。川は黒く、濁っている。川自体はなぜか葬儀場よりも上流からすでに黒い。こういったものが流れ流れてガンジス河になっているんだなと思う。確かに神聖な河と言われて相違ない。お供物の果物を狙った牛がやってくる。スタッフに舌打ちされながら追い払われている。神様のはずの牛もお供え物がかかるとぞんざいな扱いを受けていた。
パシュパティナートの火葬場
今度は対岸から火葬場を眺めてみる。対岸に移動する橋にも黒く大きな牛がいて、通行人の行く手を阻んでいる。なんとか横をすり抜けて移動した。対岸からは9つ全ての火葬場をみることができた。4つがアクティベートされている。工程は30分ずつくらいズラして進行している。煙は高く上がり空に向かい、灰は川を流れ海に向かう。そうやって世界と人が結びついているようだった。
葬儀のシーンだけから死生観を完全に理解することはできないが、6時間ほど葬儀を見ていて感じた日本の違いが2つある。日常生活の距離と骨を残さないということだ。誰でもこの場所を通りかかれば火葬を感じること、見てとることができる。奥の丘に登れば現地の家族が憩いの場として利用しており、その際には火葬場を横切らなくてはならない。死んだら川に流れて、また生まれ変わるということを日常生活からありありと見せつけられている。死が日本よりも特別であったり、忌むべきものではなく生活の延長線上にあるものだと捉えられていそうだ。仏教もヒンドゥー教も輪廻転生という考えがあり、死んでもまた生まれ変わるとされている。死んだら骨も残らないということが実際に起きている。
文献検索をしてみるとネパール人の終末期に関する論文を見つけることができた。その論文中にヒンドゥー教における「良い死」について書かれていた。それは近親者がそばにいる状態で迎えること、聖なる川のほとりで死ぬことであり、家で死を迎える場合でも屋根の下ではなく屋外での死が好まれると書いてあった2)。
Wikipediaにはカトマンズの空を覆う霧は死者を火葬場の煙と言われるとさえ書いてある3)。背骨を砕くあの行為が目に焼きついている。この世に体一つ残してはいけないという気持ちがそうさせるのだろう。宗教によって死というものにどう接するか、どう接してきたかが変わる。カトマンズに晴れの日は中々こない、でもきっと街の人はそれで良いのだろう。なぜなら亡くなった人が霧となって街を守っているように見えるからだ。
カトマンズの夕暮れ
次回は2月14日(金)、カトマンズ編②です。次回もお楽しみに
【参考文献】
1)ネパール基礎データ|外務省. (n.d.). Retrieved January 20, 2025, from https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/data.html#section1
2)Najjar, S. N., & Hauck, F. R. (2020). Challenges in the Provision of End-of-Life and Palliative Care to Ethnic Nepali Refugees. Journal of Pain and Symptom Management, 60(2), 476–486. https://doi.org/10.1016/J.JPAINSYMMAN.2020.03.011
3)パシュパティナート – Wikipedia. (n.d.). Retrieved January 20, 2025, from https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%91%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%88