2025/01/10/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
目次
ホーチミンからVietJet Airに乗って首都ニュー・デリーにあるインディラ・ガンディー空港に向かう。機内はインド人で離陸の時に「ウェーイ!!」と大きな歓声が上がった。移動から洗礼を浴びることになるとは思っていなかった。日本で同じことが起きたら「お客様、機内ではお静かに」と言われてしまいそうだ。5時間乗って、23時に空港の外に出た。まず気になったのは大きな野良犬だ。数匹が空港のタクシー乗り場にたむろしていた。
昔、漫画でインドで狂犬病になって死ぬストーリーを読んだことがあったから敏感になる。もちろん狂犬病ワクチンは打っているけど、それでも噛まれないに越したことはない。とりあえず空港近くのホテルに泊まって、明日、ニュー・デリーに行ったら明後日には一度ネパールに行く予定にしていた。
Uberで呼んだタクシーでSUZUKIの車に乗ってホテルへ向かう。ETCのような仕組みが車にも空港の出口ゲートにもついていそうに見えるのだが、やりくりは人が行っている。無理やり雇用を生み出しているようにも見えて、やっぱり人口が多いのかもしれないなと感じられる。車線があるのかないのかよく分からない走り方をしている。パッシングもしまくる。これが〝インド走り〟なのだろうか。運転1つをとっても日本とは違うようだ。
ホテルに着いて紙の台帳に名前を書いてチェックインをした。ここもアナログだ。もっとDXが進んでいる国だと思っていたけど、実際には至るところでそうなっている訳ではなさそうだ。ホテルのベッドは砂埃のようなものが付いているようで、足を伸ばしても謎のベタつきがある。洗濯しているところがそもそも砂だらけなんじゃないかという気がしてしまう。シャワーも水しかでない。トイレットペーパーもない。でも野宿するよりはマシかなと思ってその日は気づいた時には寝てしまっていた。
翌朝起きて、とりあえずニュー・デリーに向かう。「ニュー」が気になってしまうけど、ニュー・ヨークとか新・大阪と一緒かと思うと急に受容できる。またまたUberでタクシーを呼んで、ホテルの外で待っていると僧侶の格好をした10代っぽい男子3人に囲まれた。宗教のために金をくれと積極的な托鉢を受けたが、インド流の物乞いだろうと無視していていた。すると1人が自らの頭を拳で殴り始めた。少し出血している。何かをこちらに訴えているけどヒンドゥー語だから何を言っているか分からない。
でもこちらもお金を渡したくないので金はないと日本語で応戦すると、僧侶は自分の手に今度はキスし始めた。何をしているかよく見るとキスをしていたのは手ではなくて、手に持った蛇だった。蛇でこちらを脅してくる。やばいなと思っているとタクシーがやってきたので「助かった」と思って乗り込むが、僧侶もタクシーに乗り込もうとしてくる。それだけ必死なのだ。タクシー運転手にどうすればいいか聞くが全く伝わっていない様子だ。
外では頭を殴り続ける僧侶と乗り込む僧侶。状況が分からなくなり、タクシー運転手に困ったと言葉を使って非言語コミュニケーションをしていると、ようやくタクシー運転手が僧侶に怒鳴りながら車を発進させて、追っ払うことができた。しかし、自分の常識が通じる国ではないらしい。携帯の翻訳機で「あれって普通なの?」と聞くと「ヒンドゥー教徒は狂っている」と返ってきた。「あなたはヒンドゥー教徒ではないのか?」と聞くと「ヒンドゥー教徒だ」と答える。とりあえず到着してから今までに起きた出来事はどれもやばい。車線を跨ぎながら進む車の中で「この後も何か起きて欲しい気持ち」と「何も起きないで欲しい気持ち」が交錯していた。
パハールガンジの野良牛
外務省のホームページで世界の医療事情を見ると、今まで行ったどの国よりも「気をつけて!」というニュアンスの文章が広がっている。一番文量がある項目は消化器感染症で、食べ物や飲み物を介して経口感染すると書いてある1)。よくインドに行った人が腹部症状を発症したという動画をみる。せっかくインドに来たのだから記念にお腹でも壊してみようということで、現地の屋台っぽいところでたくさんご飯を食べることにしてみた。
まずはパハールガンジというニュー・デリー駅の西側にある市場で朝食を食べる。ここはバックパッカー聖地の一つであり、安宿やレストラン、屋台などがある場所だ。良さそうな屋台で豆のカレーを食べることにした。120円ほどでお弁当の銀紙のカップに入ったカレーと風船のように膨らんだバトゥーラーというパンが出てきた。もちろん手で食べる訳だが、最後に手を洗ったのがいつか思い出せない。とりあえず、左手が汚い手とされている国だから、右手だけで食べようとするがこれがうまく行かない。周りを見てみると主に右手で食べているが、左手も使っていることに気が付く。「さすがにね」と思いながら、両手を使って口に入れてみる。味はもちろんインドカレーの味で付け合わせの玉ねぎのスライスと食べると食感もシャキシャキして美味しい。
豆のカレーとバトゥーラー
しかし食べ終わった後に気が付く。「どこで手を洗えばいいのか?」辺りを見回しても洗えそうな場所がない。仕方がないから手に油を纏ったまま、チャイを飲みに行くことにした。チャイを出している屋台に、ポリタンクに蛇口のついた手洗い場があったので、そこで手を洗わせてもらい、チャイを注文した。これがめちゃくちゃ熱い。逆に沸騰していたものだから煮沸消毒はされているのだからお腹は壊さなさそうだなとか、よく分からないことを考えていた。普通からだんだん外れて行っていた。
次は道端で売っているライムソーダを買ってみた。ちょうど酷暑期に当たる5月のインドの昼間は暑い。砂埃が舞う道で、のそのそと歩く野良牛をみているとなんだかとても喉が乾く。そして喉が乾いたなと自覚する度、ライムソーダを売っている屋台が目に入るのだ。注文すると塩味か砂糖味か選べと言っている。とりあえず塩味は味の想像がつかなかったのでシュガーと答えた。プラスチック製のコップにライムを絞り、キンキンからは程遠い常温の炭酸水が注がれる。飲んでみるとヌルいことは当然なのだが、ライムのスッキリした感じの味がしない。なんだろうと思って飲み終わった後のコップを見てみると、コップのそこに黒い何かがこびりついていた。
「あ、コップって使い捨てじゃないんだ」と思うと同時にこれはお腹を壊せそうだな。と嬉しくなった。普段ネガティブなことであっても目的としてしまうと途端にポジティブな要素に変わる。ただ冷たいものが飲みたい気持ちは変わらずで、また彷徨っていると今度は食堂街にたどり着いた。なんだか人気そうな店があり覗いてみると茶色い土器でみんな何かを飲んでいた。飲み終わるとその土器を捨てている。何を飲んでいるのか見てみるとラッシーを飲んでいた。本場のラッシーは土器のコップに入れるのかと思い、注文してみる。飲み物の上には薄くヨーグルトが乗っていて、ラッシー自体もかなり冷えていた。これは美味しい。
その後、またカレーを食べてから宿に帰ったがそこから1週間は消化器症状はなかった。意外と私のお腹は強いのかもしれない。
デリー駅近くのラッシー屋さん
自分の常識からズレている時にネガティブな意味で「ヤバい」という言葉を使う気がする。ニュー・デリーについてから、自分の中でよく分からないことばかりが続いたこともあって「ヤバいな」と思っていたからだ。価値観が壊れるほどではないにしても、自分の旅してきた土地とは明らかに違う人々の様子に戸惑うことが多いかもしれない。言葉も英語が通じるかと思いきや、必ずしもそうではないことも分かった。それはそうで14億人も人口がいたら話せない人がいるのは当然だ。
インドの屋台飯を食べる度にどうやって食べるのか、どうやって手を洗うのかといったこの国のお作法みたいなものが自分の中にインストールされて、考えのオプションが増えたように感じる。一旦、ヤバいなと思うものも、「それもあるよな」と角度や視点を変えて受け入れてみると自分の普通や常識が一つの基準でしかないことに改めて気付かされる。ニュー・デリーはリゾートでくつろぐタイプの旅ではなく、むしろガツンと来るような旅ができる場所だ。そういう意味では行く価値があるのかもしれない、でも若めの僧侶には気をつけて欲しい。
あけましておめでとうございます。本年も白衣のバックパッカー放浪記をよろしくお願いいたします。次回は1月24日(金)、カトマンズ編です。お楽しみに
【参考文献】
1)インド|外務省. (n.d.). Retrieved January 7, 2025, from https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/asia/india.html