現場レポート

2024/09/27/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.16/ソウル編

プデチゲが食べたくて

バンコク入りした後、後輩の結婚式のために一度日本に帰国し、私は再び東南アジアへ向かった。今度の経路は韓国、フィリピン、ブルネイ、シンガポール、カンボジア。ミャンマーは入れないこともないらしいが2021年2月に起きた軍事クーデター以降、不安定な状態が続いているらしく今回は避けることにした。インドネシアは以前行ったことがあるので、これで今行けそうな東南アジアの国を周ることができるはずだ。なぜ東南アジアに含まれていない韓国を最初に入れたかというと、クアラルンプールで出会った韓国人が案内してくれると言っていたからだ。あと寒い時期にプデチゲを食べたいという理由もあった。辛いものを食べて汗を掻き、外気で体を冷やすのってとても気持ちのいいことだと思う。ということで最初の行き先はソウルだ。

ソウルのいいところは交通費が安いところだ。1万円台で直行便で行くことができる。これは大変ありがたい。中部国際セントレア空港からチェジュ航空に乗って仁川空港へ。仁川空港からはA-REX(アレックス)という特急に乗って市内に向かった。宿はドミトリーとホテルの値段があまり変わらなかったこと、ドミトリーで南京虫が発生したという噂を聞いたこともありホテルにした。ソウル駅の安宿で、街灯もない暗い坂を登ったところに今日の宿があった。チェックインをするが、安宿だからかなんとなく目つきがいやらしい感じの人が多い気がする。彼らからしたら私が一番いやらしいのかもしれないけれど、なんとなく個室だけど気は張った方がいいなという感じ、ーそうだ私はまた海外にやってきたのだー そう思わせる宿だった。

翌朝、6:30に目が覚めた。目覚ましをセットしていた訳ではなく、自然と目が覚めた。これはもう出かけた方がいいぞという合図なんだろうなと思い、外に出た。春の韓国の朝は期待通りに少し寒くてチゲ日和だった。タクシーを捕まえて江南にある24時間オープンで有名なプデチゲ屋に向かった。プデチゲ屋はトサンデロという大通り沿いのビルの2階にあった。使い古された階段を登ると2人の店員のおばちゃんが暇そうな店内を忙しなく片付け、1組のカップルが店内で打ち上げをしていた。歌舞伎町の朝までやっているラーメンのような空気感だ。ラーメン屋と違うことは普段からオモニ*1と呼ばれていそうな店員さんがやりくりしていることくらいだろう。

案内された席に座り、チゲが出てくるのを待つ。チゲは鍋の意味だからチゲ鍋は”なべ鍋”になってしまうらしい。だから正しいのはキムチ鍋かキムチチゲということになる。「じゃあ今から食べようとしているのは朝チゲだな。」と意味のないことを考えているとオモニが鍋に具材を入れて持ってきた。多分食べきれない。多分2人前あるから。どうやら韓国では食事はみんなでするものだから基本量が2人前のところが多いらしい1)。量に少し圧倒されている私など気にする様子もなく、鍋はグツグツと音を立てて乾麺をほぐしていった。

プデチゲ、軍隊の帽子を鍋にしたのが最初とのこと

確かに美味しいのだが、量が気になって味わう感じではなくなってしまった。なんとか食べ切れたと言ってもいい残り具合まで食べるとお会計を済ませて私は外に出て、少しソウル観光をすることにした。

韓医薬博物館に行ってみる

韓国には薬令市という韓方薬*2を扱うための街がある。どうやら1658年頃に王令で韓方薬の材料収集と流通を管理するために大邱(韓国中部都市)などに設置されたのが始まりらしい2)。朝鮮戦争以降に清涼里駅やバスターミナルができたことを契機として現在の場所に人々が自然と集まり、1960年代には薬材の主産地である江原道との交通アクセスが便利となったことが後押しとなり、そこから成長を続け1990年代にソウル薬令市という正式名称が与えられた。面積は東京ドーム5個分の235,500 m²。びっしり右も左も朝鮮人参などの薬材屋さんがびっしり立ち並んでいた。

正直、韓方薬のことをよく知っている訳ではない。そこで薬令市の韓医薬博物館を訪れることにした。館内にはおびただしい量の材料が展示してあった。亀がそのまま干物みたいになっているものが展示されていたりして、とりあえず端から端まで色々試して、淘汰されずに残ったものが薬として使われているのだろう。薬材は動物性、鉱物性、植物性、特化の4種類に分類されているらしく、いくつかの薬材には効果が記載されていた。

例えば牡蠣の殻は「胃に作用して胃酸の分泌を抑える効果があり、胃酸過多による胃炎や胃潰瘍に応用されたりする。」と書いてあった。確かに炭酸カルシウムだから水に溶かしたらアルカリ性になるから効果があるのかもしれないが、これを経験的に積み上げていたのならすごい観察眼だなと思う。ちなみに鹿の角は血液循環を手伝い、腫瘍に効くと書いてあった。VEGF*3でも抑えるのだろうか。どうやら思った以上に奥深い学問らしい。そして玄関の棚に置いてある香港の時に買ったほとんど飲みきれていない漢方薬を思い出した。(参照: https://mediva.co.jp/report/backpacker/13147/)

韓医薬博物館の薬材展示

結局、自分自身(というか病気を自覚していない人)にとっての薬ってなんだろうか。今までプロバイダー側として薬を扱う経験の方が多い人生であって、消費者としてはあまり利用していない。効果や副作用などの説明はもちろんするけれど、実際にどのようなアウトカムが出るかは自分自身(あるいは周囲、勉強会・学会。この順で自分の実体験からは遠ざかる)の患者さんの経験を通してでしか知ることができない。

そう言えば帰国した際にインフルエンザに罹患した。デング熱との鑑別が難しかったけど、検査・診察上はインフルエンザの診断となった。どんなに解熱剤を飲んでもよくならなかったのに、抗インフルエンザ薬(学生の時から思っていたけど、このantiを訳した抗の字っているんですかね)を飲んで症状が格段に落ち着いて救われた感じになった。やっぱり今の自分にとっての薬は困っている時に、その脱出を手伝ってくれるものなんだろうなと思う。一方で薬局はプライマリ・ケアに寄与するところは大きいよなぁと思いながら薬令市を後にした。

Tree君に会う

正直私たちはお互いの名前も分かっていなかった。しかし、クアラルンプールのドミトリーでなんとなくご近所さん的に会話が弾んで仲良くなった。その時交換したインスタのショートメッセージで連絡を取り合いながら、望遠駅の改札で18時に待ち合わせをすることになっていた。待ち合わせ時間になったが来ていなさそうだったので「もしかして2ヶ月くらい経過して、見た目が変わっているのかも」とぼんやりした自分の記憶を頼りに近い体型の人に声をかけてみたが、人違いだと言われた。声をかけた直後に遅れると連絡があって、その後、改札に自分が知っている人が現れた。

まずは改めて自己紹介するところから始まった。彼は名前に木編がつくとのことでTreeと呼ばれることが多いとのことだった。となれば私はWaterなのだが、とりあえず名前を名乗った。一度会っているから打ち解けるまでの時間はかからない。Tree君は大学院生で修士号取得のために勉強中らしく、テスト期間が近いにもかかわらず来てくれたらしい。ありがとうと思いながらさらに話を聞くと、「修士を取れば徴兵が免除されるから必ず取りたいんだ」とのことで、「ここに居ていいの?」と確認すると「せっかく来てくれたし、僕も嬉しいよ」とのことで重ね重ね感謝した。日本で修士号を取得するよりも人生のウェイトを占める割合が重い気がする。

Tree君はマーケット、漢江などいろんなところを食べ歩きながら案内してくれた。案内してもらう途中で「ソウルではどんな病院がいい病院なの?」と聞くと「ソウル大学のマークがある病院がいい病院の目印だよ」と教えてくれた。確かにクリニックをよく見るとソウル大学のマークがある病院とそうでない病院がある。関連病院かどうかの違いなのだろうが、水戸黄門の印籠に近い印象もある。あくまで想像だけど、この印籠を手にするまでにもいくつかのレイヤーがありそうだ。

ソウル大学のマーク(写真中央)

私達は最後に弘大駅という若者の街に行った。弘益大学校という美術・アートが有名な大学があるからその名前がついているらしい。明大前よりは栄えているけど、名前の付け方は同じだろう(明大前は学生時代お世話になった駅の一つ)。私たちはここで今日の締めとしてチヂミとマッコリを頼んだ。韓国ではマッコリはゆっくり飲んでとのことを念押しされた。なぜかと聞くと飲みやすくてどんどん飲めるけど、後で効いてくるからだよと教えてくれた。大丈夫だよと返事をし、ごくごく飲んでいたら確かにホテルに行くまでにフラフラになった。Tree君は最後に手持ちプリンターを取り出して、携帯で撮った写真を印刷して渡してくれた。なんて素敵な人だろうか。日本に来ると言っていたので、もし来たらとびきりのアテンドをしようと思う。

更新は毎月第2、4(金)12時、次回は10月11日、内容はフィリピン、マニラ編となります。次回もお楽しみに

執筆:溝江 篤
編集:神野真実、半澤仁美

【参考文献】
1)韓国大統領もハマる『孤独のグルメ』、絶大な人気の背景に「韓国のおひとり様の外食事情」の影響が!?(2/5) – All About ニュース. (n.d.). Retrieved September 21, 2024, from https://news.allabout.co.jp/articles/o/58830/?page=2
2)薬令市のご紹介 | 大邱薬令市韓医薬博物館. (n.d.). Retrieved September 22, 2024, from https://www.daegu.go.kr/dgomjpn/index.do?menu_id=00934674&servletPath=%2Fdgomjpn#

【注釈】
*1 オモニは韓国語で母の意味
*2 調べると漢方薬と韓方薬を区別していないサイトもありましたが、博物館の記載が後者だったので本文では後者を用いています。
*3 血管増生因子:Vascular Endothelial Growth Factorの略。この因子を抑えることでがん細胞の増殖や転移を抑制するとされています。


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