現場レポート

2024/10/09/水

医療・ヘルスケア事業の現場から

お産を中心とした産科のマーケティングの特徴

【執筆】コンサルタント 野中/【監修】取締役 小松大介

はじめに

厚生労働省の統計によれば、2023年の出生数は75.8万人で8年連続の減少となりました。少子化が進む中で、今後も出生数の減少傾向が続くのは避けられません。
分娩を取り扱う医療機関にとっては、分娩数を維持・増加するためにこれまで以上にマーケティング施策が重要になってきます。

本記事では、弊社支援先である産科の事例を交えつつ、一般的な保険診療と比較した分娩ならではのマーケティングのポイントを解説します。

産科医療の環境変化

産科医療を取り巻く環境の変化として、無痛分娩の普及と不妊治療の保険適用化が挙げられます。

日本産婦人科医会の調査によると、 総分娩数に占める無痛分娩の割合は2018年5.2%→2023年11.6%と増加しています。東京都では約30%となるなど都市部では特に高く、無痛分娩の対応は今後、「強み」から「必須条件」になっていく可能性があります。一方で、24時間無痛分娩ができる体制を整えるには人件費負担も大きくなるので、自院の経営状況や需要を見て慎重に判断する必要があります。

不妊治療については、2022年度から保険適用化されました。適用前の時点で不妊治療の経験がある夫婦は4.4組に1組でしたが、保険適用により精神的・金銭的ハードルが下がることでさらに不妊治療が普及していくと思われます。自院で不妊治療を実施することで潜在的な顧客を取り込む、不妊治療を行っているクリニックからの紹介を強化する、などの施策で不妊治療経由の集患を強化することが重要になってきます。

ターゲットが明確であること

疾患の種類にもよりますが、一般的な病気、怪我はいつ誰に起こるかわかりません。一方、妊娠、出産するのは女性に限られ、特に20~30代が大半を占めます。

また、出産時には陣発してから自力で来院する必要があるため、アクセスにも制約されます。多くは車での来院となるため、車でのアクセスを考慮します。支援先の妊婦健診患者の住所を調査したところ、8割以上が車で30分以内のエリアに収まりました。里帰り出産のため住所と出産前後の滞在場所が異なるケースや、地域により交通事情が異なる点に注意が必要ですが、概ね車で30分圏内を商圏と捉えると良いでしょう。

妊婦さん自身が時間をかけて主体的に出産場所を選ぶこと

妊婦さんが出産施設を決めるまでに、妊娠が分かってから数か月程度、妊娠前から情報収集する人の場合はそれ以上の期間があります。その間、積極的に情報を収集し出産施設を選ぶ方が多いです。各フェーズにおいても求める情報が異なるので、フェーズに合わせたマーケティングツールを用いて情報発信をしていくことが重要です。

主なツールは、ホームページ、口コミ、SNSです。

  1. ホームページ
    上記の通り意思決定までの期間が長く、知りたい情報も変化していくことから、多数のコンテンツを発信できるホームページの重要性は産科においては非常に高くなります。

    さらに、比較的若い世代の方が多いことから、スマホサイトの対応、充実が欠かせません。支援先の病院での患者アンケートでは、「どこで当院を知ったか」という質問に対し、4割以上がホームページと回答しており、さらにそのうち8割以上がパソコンではなくスマホから閲覧してたと回答しています。
  2. 口コミ
    出産施設を選ぶうえで口コミは最重要と言っても過言ではありません。厚生労働庁の調査では、妊婦が最も信頼性が高いと思う情報項目(情報元)は「友人・知人からの情報」となっています。

    出産は他の病気等と比べて人に話しやすいこと、理想的なバースプランを実現したいと考えリアルな情報を収集すること、経産婦においては日々の情報源としてママ友が占めるウェイトが高いことなどが理由と考えられます。
    口コミ対策としては、何より外来、入院時の患者満足度を高めることが王道です。

    満足度を高めることと直接的な口コミ効果を狙う方法として、患者アンケートがあります。自院の良い点、悪い点を客観視するとともに、回答をHPなどで公開することで生の声を伝え口コミ効果を期待することもできます。支援先の病院のアンケートでは、医師・スタッフの対応の丁寧さ、スタッフ間の情報共有・連携ができているか、食事のおいしさ、外来の待ち時間、等が満足・不満につながることが多いように感じます。

    また、スタッフの満足度を上げるために働く環境の改善やモチベーション向上に努めることが重要です。満足度の高いスタッフは接遇の品質も上がり患者満足度の向上につながります。さらに副次的要素ではありますが、産科のスタッフは一般に女性が多いので、潜在的な顧客であり口コミの発信源にもなり得ます。
  3. SNS
    年齢層が若いこともありますが、出産は基本的にはポジティブなことなのでSNSでの発信がしやすいという特徴があります。特に赤ちゃんの写真や、セレブレーションディナー、院内設備などは写真と相性が良いため、Instagramを活用している施設が多いです。

    支援先の近隣の分娩取り扱い施設の情報を調べたところ、8割の施設が何かしらのSNSアカウントを運用しており、Instagramを運用しているのは6割と最多でした。

価格設定の自由度

妊婦健診および通常分娩は自由診療のため、医療機関が価格を自由に設定できます(帝王切開は保険適用となります)[※]

価格は自院のコンセプトやターゲットとする層に合わせ戦略的に設定することが重要です。入院中のサービスや設備を充実させて高価格帯に設定しブランド力を高める戦略、出産育児一時金で概ね賄えるようリーズナブルに設定して幅広い患者を受け入れる戦略などが考えられます。
分娩予約金・保証金は最終的な持ち出しには影響しないものの、心理的なハードルにはなります。金額や預けるタイミングの設定は、上記の価格戦略と整合性を取ることが望ましいです。

さらに、リピーター割引や紹介割引など、各種割引特典の導入も考えられます。ただし、それによって自院を選んでくれることにならない限り単純な減収になるため、特典の種類や適用方法に関しては慎重に検討すべきです。

まとめ

お産に関するマーケティングでは、母数となるターゲットは「20~30代の近隣に住む女性」と、ある程度明確です。そこからさらに外部環境も踏まえて自院のターゲットとなる個人(ペルソナ)を具体的に想定し、その方に刺さるマーケティング施策を打っていく必要があります。

お産では、安心・安全な医療サービスはもちろんですが、それに加えて「体験価値」を提供している側面が強いです。自院ではどんな出産体験ができるのか、妊婦さんが具体的にイメージできるように意識し、マーケティング施策に取り組んでいただけたらと思います。

[※]厚生労働省において出産費用保険適用化の議論がありますが、現時点で確定した情報はないため、現状に基づいて記載しています。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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