2024/10/11/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
目次
謝れば済むということではないけれど、失礼なことを書いている気がするのでこの書き出しから始めようと思う。率直にマニラについて言葉にすると「マニラに行く人ってどんな用事があっていくのだろうか?」ということになる。ビジネスは分かる。語学留学もまぁ分かる。でも長期休みにマニラに行きたくて仕方がないと言っている人に出会ったことがない。セブ島は分かる。私自身もセブ島に行くことが目的でフィリピンに来ていて、乗り継ぎついでに1泊だけでも首都のマニラでも泊まってみるかという気持ちで韓国からマニラにやってきた。ニノイ・アキノ国際空港に到着したのは17時39分。空港の外に出ると東南アジア独特の熱気がサウナに入った時のように体に当たった。さてこの街は一体どんなところなのだろうか?
タクシーでショウ・ブルーバード駅近くのドミトリーまで向かう。フィリピンは銃の所持が合法らしいと書いてあった。窓に映る景色はやたらと街灯が少ない場所が続いている。さらに野良犬が結構寝ていてずっといるには少し怖さがある。繁華街みたいなものもあるけれど照度は依然として明るくはなかった。1泊1300円で他の宿よりはかなり安いから仕方ないなという気持ちで自分をなんとなく納得させた。値段はそれを使用している時には意識されないが、何かあった時の理由付けとして使われやすい。ドミトリー自体はシャワールームも小綺麗で使いやすく、エアコンもばっちり効いていた。とりあえず夜ご飯を食べようと外に出るけど、暗くてあんまり出歩かない方がいいのかなという空気だったので近くの定食屋に入った。
定食屋のメニューは壁に写真と名称がセットになって貼り付けられていた。アルファベットを使用しているのにどんな意味か分からないことが辛い。とりあえずメニューの最初に書かれているSILOGというものを注文した。どうやらフィリピンのソウルフード的なものらしく、ご飯と目玉焼きとおかずが乗ってくるらしい。自分でそれをかき混ぜ合わせて口に運ぶ。「味付けから考えると案外ざっくりした土地なのかもしれない。」と思わせる想像の範囲内の味であったが、空腹の私にとってはとても美味しく感じられた。
ローカルな食堂で食べたSILOG
翌朝目が覚めて共有スペースに行くと、イギリスから来たという男の子が疲れ切って座っていた。ものすごく臭う靴下を履いていた。改めてなぜ足が臭うのか調べてみると足の常在菌が皮脂などを分解することで作られるイソ吉草酸が原因らしい。この物質は悪臭防止法(そんな法律があったのか)の中で特定悪臭物質というものにも定められている。私も旅の途中で実験的に同じ靴下を変えずに履いてみたがあの臭いになるまでには4日を用した。つまり、おそらく彼は4日間靴下を変えられない状況にあったのだろう。それは疲れる。ただ臭いがキツすぎたのでチェックアウトを早々に済ませて出かけた。あと靴下はなるべく変えた方がいいと思う。
マニラ観光で調べてみると初めに出てくるのが教会だ。フィリピンにある4つの教会が世界遺産に登録されていて、そのうちの一つがマニラにあるサン・アグスティン教会という場所のようだ。フィリピンはASEAN唯一のカトリック国で、国民の83%がカトリックだ。1521年にマゼランがスペインからやって来て改宗を求めたことに由来する。ではなぜフィリピンはスペイン語ではなく英語が主流かというと1898年にアメリカの植民地になったかららしい。
カトリックのことはあまり知らなかったけれど、離婚、妊娠中絶、避妊に対して否定的な立場を取っているようだ。さらにフィリピンでは中絶自体が違法で2~6年の懲役となり、それに関わった医療職も処罰を受ける1)。従って中絶しようとする人は闇医者にかかるケースが多く、年間1000名が中絶の合併症で命を落としている2)。あるいは出産してシングルマザーで育てるというケースもあるそうだ。確かに街を歩いていると街路樹の下で母と数人の子どもが暮らしているところを見かける。
こういうことって医学部ではもちろん習わないし(そもそも授業に出ていなかっただけかもしれない)、医師をしていても聞いたことがない。教養としてカトリックの性質を知っていて、さらに中絶に近い現場にいて初めて点と点が繋がって見えることのようにも思える。宗教が絡んだSDHはどのように解決、あるいは向き合っていくべきなのだろうか。いずれにせよ編集アプリで背景を差し替えるように簡単な作業ではないだろう。
少し余談だが、最近読んだ医学史の本に帝王切開(カイザー)の帝王はローマの皇帝カイザーのことではなく切開という意味と書いてあった。つまりカイザーは帝王切開で生まれてないらしい。授業に出ていても違ったことを教わることはもちろんあって、大切なことはdo it directly by myselfだと思う。そもそも正しさ自体が時代によって変わるし、ストーリーはその確からしさを問われることなく正しさを装って伝播しているようだ。そして正しいものを習っても忘れてしまうこともある。
実際に教会に行くために電車に乗ろうとすると、飛行機のセキュリティエリアのようなものがあった。一体どこまで何を調べているのか分からないけど、厳重なのはありがたい。でも電車に乗るためだけにここまでチェックするのは少しやりすぎな感じもした。教会へはMRTという電車でユナイテッド・ネイションズ駅へ向かって、そこからトライシクルという三輪車に乗って向かった。いざ教会の中に入ってみるとお祈りをするための机が並んでいて、膝置きみたいなものが付いていた。思い返せばちゃんと教会に入ったのは初めてだったかもしれない。老夫婦はひざまずき、体を正面に向けて、左手で右手を握っている。こうやってお祈りするんだなと思った。多分私が同じことをしてもこのようには見えないだろう熟練さがそこにはあった。
サン・アグスティン教会
マニラにはもう一つ有名なものがある。マニラ湾の夕陽だ。釧路、バリ島と併せて世界三大夕陽に数えられている。船乗り達が口々に語り合い、この3つが残っているらしい。というわけで夕陽を見るためにマニラ湾に向かうことにした。教会からは歩いて30分で着くとのことで少し陽が沈むには時間があったので、街をぶらついてみることにした。歩いていてまず多くの人と犬が道端で寝ているところが目に留まる。今まで見た野良犬達の中では格段にくたびれている。そうさせる暑さがマニラにはあった。確かにぐったりしてしまっても無理はない。人々もまた同じようにくたびれて、店の前の大通りで独特な集落のようなものを形成し横になっていた。
マニラはサイズによって呼ばれ方が3つあるらしく、マニラ市、メトロマニラ、メガマニラの順で大きくなる。日本で言えば、港区、東京23区、関東地方のようなサイズ感で大きくなっていくらしい3)。フィリピンの人口増加は著しく、2015年から2022年の5年間で800万人の増加があったがマニラ以外の増加が多く、マニラ自体は人口増加率0.97%で全国平均の1.63%を下回っている4)。しかし実際に街を見ていると、ある一定の生活水準から溢れた人々が外で暮らしてしまっているようにも見えた。しかも何度も書くけど、外が異常に暑いので何のやる気も起きないのではないかと思う。人口が増えたことによって交通網、教育など整備が急務になっているとのことで、政府は人口増加に歯止めをかけようとしているとのことだ。増えすぎも減りすぎも良くないという極論を避けた世界でこの国もまた調整されようとしているようだった。
ぐるぐる周りながら時間を潰して、ようやく夕焼けの時間になったのでマニラ・ベイ・ウォークという景勝地に向かった。長く広がったビーチの先に積荷を載せた船とバターン半島の中に夕陽が沈もうとしていた。確かに綺麗だけど、言うほどではないのではないか。私の感性がズレているのか。しかも陽が沈み切る前に警備員が声を上げて出口に誘導して、結局塀の外に出されてしまった。名所なのに楽しませない、成長途上で掴みきれない街、マニラ。興味を持った方は一度訪れてみるといいかもしれない。何かのついでに。
マニラ湾の夕陽
更新は毎月第2、4(金)12時、次回は10月25日、内容はフィリピン、セブ編となります。次回もお楽しみに
執筆:溝江 篤
編集:神野真実、半澤仁美
【参考文献】
1)中絶禁止のフィリピン、危険な代替手段に頼らざるを得ない女性たち(1/2) – CNN.co.jp. (n.d.). Retrieved October 4, 2024, from https://www.cnn.co.jp/world/35190665.html#
2)Perez, J. R. M., Monteagudo, G. R. S., Nebrada, P. J. C., Arevalo, M. V. P. N., de la Paz, E. P., Ho, F. D. v., & Padilla, C. R. A. (2023). The spectre of unsafe abortions in the Philippines. The Lancet Regional Health: Western Pacific, 32, 100655. https://doi.org/10.1016/J.LANWPC.2022.100655
3)マニラ、メトロマニラ、メガマニラ? | Zenmov Inc. (n.d.). Retrieved October 7, 2024, from https://zenmov.com/2022/02/17/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A9%E3%80%81%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A9%EF%BC%9F/
4) 2020年の人口は1億903万人、5年間で800万人超増加(フィリピン) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ. (n.d.). Retrieved October 7, 2024, from https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/07/162abd5a930a5a52.html
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