RECRUIT BLOG
2024/09/09/月
寄稿:メディヴァの歴史
世田谷から神奈川に広がるクリニックを訪ね歩いた。それぞれの誕生の経緯も地域の事情も異なる。各々が特色ある運営を目指すことは当然だろうが、一方で横ぐしを通すことでブランド力を保ち、さらに高めることも欠かせない。
老人ホームなどの入居者を対象とする施設在宅医療部が向き合う先には、患者やその家族にとどまらず施設を運営する企業も含まれる。運営方針は施設ごとに異なり、ときには無理な注文も飛び出す。B to Cだけではなく、B to B、B to B to Cまで求められている。施設在宅の複雑さに近年の保険点数の引き下げも相まってこの分野を敬遠する医療機関や医師は少なくない。
しかし、自宅で暮らせなくなった高齢者、自力で介護できなくなった家族にとって施設は「救い」となる。施設在宅医療部のミッションは、入居者に優良な医療を届けることである。
現場を知るために、今年9月からメディヴァ、プラタナスの一員となった馬事公苑クリニックの岩下紗子院長の施設訪問に同行させてもらった。
訪ねたのは80人が入居している世田谷区内の介護付有料老人ホームだ。この日の受診者は80代から100歳近い方まで7人。施設の看護主任とともに、岩下院長、看護師の山口さん、事務部門の加藤さんの3人チームで診て回った。
岩下院長は大病院の放射線科で読影の専門医としてキャリアを積んできたが、人に寄り添う臨床、とくに高齢者医療や訪問診療に強い関心を持つようになり、19年にプラタナスに転身している。
事前のミーティングで看護主任から受けた報告をもとに、一人ひとりのもとを訪ねる。掃除の行き届いた自室でにこやかに出迎えてくれる人、ベッドに横になっていても「今度、私の家に来てよ」と気やすく話しかけてくる人もいれば、共用スペースの一角に据えられた車いすで眠り続けている人もいる。この日唯一の男性患者は、時おり声を荒げるなど情緒が安定していない様子だった。
岩下院長は明るい声で「痛いところはないですか」「眠れていますか」と語りかけ、体調の変化を確認していった。靴下を脱がせて足の様子を見たところ、どこかで打撲したのか、本人も気づかない足首の腫れを見つけ、施設看護師に経過観察を依頼した。
必要なデータは事務スタッフがパソコンに入力し、ときにはスマホで患部を撮影していく。幸い体調の悪化が見られる入居者はなく、往診記録をまとめ処方箋を手書きで作成して診療は終わったが、高齢者ばかりだけに気は抜けない。
施設在宅医療部の位置付けは説明が難しい。施設への訪問診療は松原、鎌倉、青葉の各アーバンのほか、神奈川に展開する和五会の鷺沼、森の台の両クリニック、さらに去年9月から大和アーバン、この9月からの馬事公苑クリニックと多くの組織で担当している。これらの活動をまとめているのが、飯塚以和夫シニアマネージャーが率いる施設在宅医療部である。また、22年からはプラタナスネットワーク全体の夜間休日の対応を担う当直部門も所管している。
近年、傘下に入る医療機関が増えたのには訳がある。当初は厚労省の優遇策もあり、老人ホーム併設のクリニックが増えた時期がある。しかし、保険財政が厳しくなるなかで点数の見直しが進み、クリニックを維持し続けることは難しくなった。そこで頼られたのが運用ノウハウを持ったメディヴァとプラタナス、「餅は餅屋」ということだ。
神奈川県内に二つのクリニックを持つ医療法人社団和五会は、東証スタンダード市場上場の工藤建設が運営する老人ホーム「フローレンスケア」の医療を任されてきた。経営が悪化したことから当方に助力が求められ、運営にあたっている。
大和アーバンは、医療法人社団医誠会が湘陽かしわ台病院とともに運営していた。病院の再建に関わっていたメディヴァに、赤字のクリニックの分離について相談があり、プラタナスのもとで再生することとなった。医師の確保に課題があるものの200人近くに訪問診療を提供している実績があり、23年9月からアーバンの看板で再スタートした。
鎌倉の施設在宅医療チームの常勤医である谷川徹也医師が院長として赴任した。事務長となったメディヴァの早野惠介さんとともにプラタナスの組織風土や運営ノウハウの伝達役を担い、組織の安定と融合が進んできた。
新顔の馬事公苑クリニックは有料老人ホーム「グランクレール馬事公苑」に併設されている。老人ホームを運営している東急イーライフデザインから、医療法人社団愛和会の経営が難しくなったことで相談があり、この9月から施設在宅医療部で運営することになった。
こちらの理事長には青葉アーバンの長瀬健彦院長が就き、入居者150人のかかりつけ医の役割を引き継いだ。先に紹介した岩下院長は松原の施設在宅チームから起用され、訪問診療と外来受診の充実を目指す。
施設在宅医療に求められるのは一般的な往診にとどまらない。施設全体での医療、看護、介護体制を構築するための指南役が期待される。施設の看護師や介護スタッフからの相談相手となり、施設スタッフだけでは手に余る処置や検査への対応、入居者の家族の不安や不満を取り除く助言などなど、求められる役割は幅広い。
その実力が遺憾なく発揮されたのが新型コロナでの対応だった。
手が回らなくなった保健所に代わって現場での対策案をまとめ上げ、率先して実行した。クラスターが発生した施設では、主治医が感染患者への治療、保健所への報告や調整、病院への搬送手配をしただけでなく、施設スタッフの感染対策、建物内の導線づくりなどでの陣頭指揮にもあたった。また、医師が感染した際には、いち早くオンライン診療に転換し、医療機関としての機能ダウンを最小限に防いだ。
第4話で紹介した通り、施設への訪問診療の歴史は2004年、ベネッセの老人ホームに始まる。それから20年、現在の施設在宅医療部が抱える往診医は常勤17名、非常勤13名で、計51施設の1800人の患者を診ている。エリアごとに担当するクリニックは異なるが、水準を維持するために医師の「横ぐし会議」、看護師・事務マネジメント会議などで連携を強める取り組みをしている。
取り組むべきテーマを挙げだしたらきりがない。主なものだけでも、施設の運営方針と医療提供体制の擦り合わせ、施設スタッフとの調整、切れ目のないバックアップ体制づくり、居宅に比べて低単価の診療報酬でも運営できる医療体制の構築などがある。たしかに難易度の高さから施設在宅医療に積極的でない医療機関が少なくないのもわかる気がする。
いま目指しているのは、入居者全体のかかりつけ医となることだ。これまでは重症化し医療が必要な状態になってから入居者と係わることが一般的だったが、病気のない「自立」あるいは「未病」の段階から気軽に相談される関係を築いていきたい。健康教室や健康相談会、健診といった病気の予防から、高齢者であれば誰にでも起こり得る急変時の緊急対応まで、安心して暮らせる生活環境は医療と介護が密に連携できる施設が最も整えやすいはずだ。今後増えると予測される独居高齢者が安心して暮らせる住まいとして施設の重要度も高まっていくだろう。
期待される役割は幅広く、しかも医療や看護、介護などにまたがる。メディヴァやプラタナスの総合力を発揮できる領域といえる。