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2023/09/11/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝9:全ての女性に乳がん健診を。ワコールとの取組み

受診者の声をもとにさまざまな改善に取り組み、ようやくイーク丸の内が安定軌道に乗りつつあったころ、望外の副産物が生まれた。イークの機動部隊ともいえる移動検診車の誕生である。

2009年、ワコールの社長である塚本能交さんから大石さんに面会の申し込みがあった。テレビでメディヴァの理念やプラタナスでの取り組みを熱く語る姿を見た塚本さんが関心を持ったという。女性の乳房を守る下着のリーディングメーカーとして、さらにできることはないか、を模索していた時期だった。

7年前に認定NPO法人 J.POSH (日本乳がんピンクリボン運動)が発足し、乳がん検査を呼び掛けるピンクリボンへの社会の理解が広がりだしていた。当初、塚本社長には乳がん検診もできるクリニックを作りたい、という意向があった。大石さんは企業が医療施設を運営するうえでの法的な規制、運営上の難しさを伝え、本当にそれが女性の健康に最も寄与することなのか、というディスカッションになった。

仕事や家事、育児に追われる女性にとって、わざわざ休みを取って検査に行くのはハードルが高い。ならば、こちらから出向いてはどうか。女性が受診したくなるステキな乳がん検診バスをワコールが仕立て、運営自体はイークが担う、という案はどうだろうか―

大石さんの投げかけを塚本社長は正面から受け止めてくれた。創業家のトップからの指示だけに話は速い。ワコールが機材を積み込んだバスを用意し、メンテナンスもする。プラタナスはそれを借りて運用する仕組みが出来上がった。すべての女性に愛を、という思いを込めて「AIO」号と名付けられた。

女性の多い地方の工場などにバスを横付けし、イークが派遣した放射技師、臨床検査技師、事務職員が検査をこなす。もちろんすべて女性スタッフである。データは持ち帰り、聖路加国際病院ブレストセンターの専門医が読影し、精度や信頼度が極めて高いのが自慢だ。

その後、マンモグラフィーとエコーは取り替えたが、バス本体は今も現役である。乳がん検診を全国に広げる一助になるうえ、大企業と手を組んだ事業を始められた自信は、イークの運営で次々と難問が降りかかった時期だけに、仲間たちを大いに勇気づけた。

いまも年間に130日ほど、全国を飛び回っている。時には1週間をかけて、工場の女性社員全員の乳がん検診をすることもある。「AIO号は一つの事業として成り立っている」と白根真事務局長は胸を張る。

さて、イーク丸の内に話を戻そう。12年ごろになると予約が取れにくくなる。利用者のリピート率が高いうえ、前年の東日本大震災では翌日の土曜日こそ臨時休診したものの、週明けには再開できた。信頼を積み上げてきたおかげで震災による受診者の急減もなく乗り切ることができた。

丸の内院だけでは手狭で混雑度が深刻になったことから、分院づくりが急がれるようになる。白根さんらは手分けして候補地探しや人材確保にあたった。恵比寿駅近くに希望にあう空きフロアが見つかったが、駅からの距離などで見送った。そして、12年7月、絶好の物件に行きついた。表参道の並木道が一望できるビルの4階、地下鉄明治神宮前駅から徒歩1分、表参道駅からも4分という便利さだ。内覧した白根さんは「大きなガラス窓越しに表参道の並木の緑が広がり、即入居を決めた」と振り返る。

丸の内院の利用者の3割ほどが世田谷や東急田園都市線沿線に住んでいる。通勤経路の途中にある表参道なら歓迎されるだろうし、渋谷周辺のIT企業などの新規開拓も見込めそうだ。確信をもって13年3月に開院したが、まったくの目論見違いであった。

これまでの受診者が一向に移ってきてくれないのだ。丸の内に職場のある人にとっては勤務の合間に行けるのが魅力で、わざわざ表参道に寄り道する気にはならない。さらに開院が年度末になったのも響いた。契約している健保組合の新年度向けのパンフは刷り上がっており、受診医療機関リストに表参道院が載っていないのは痛かった。周辺の会社に新たな営業をかけても、1年間の実績を求める健保、新規契約はお断りの健保などが少なくない。

一人も利用者が来ない日が出る始末で、院内の空気は暗くなってしまった。ガラス窓から新緑を楽しむどころではない。丸の内院は破綻した医療機関から引き継いだことで苦労を重ねたが、今度は新規開業で思わぬ試練に立たされた。

15年9月、この状況が一変する。人気女優の川島なお美さんが24日、胆管がんのため54歳で急逝した。腹水が溜まるなか、死の直前まで舞台を務めた姿は大きな感動を呼んだ。その前日には、人気タレントで48歳の北斗晶さんが自身のブログで乳がんにより右乳房の全摘出手術を受けることを告白した。今ではすっかり回復して明るい笑顔をテレビなどで見せているが、女子プロレスラー出身で頑健だと思われていた方だけに衝撃が走った。

この直後から予約の電話は鳴りやまなくなった。働き盛りの女性にとって、がん検診が急に身近になったのだ。ただ、そんな状況を想定していなかっただけに、丸の内、表参道両院の情報共有がうまくいかず、予約管理システムはあっても二重予約などのトラブルが起きてしまった。組織が大きくなるほど意思疎通が大切になるし、今こそ丸の内時代に学んだ教訓を生かさなければならない。しかし、創業時の苦労を知らない人が増え、このままでは間違いを繰り返しかねない。行く手に新たな難題が立ちはだかった。

(続く)