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人事ブログ

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2023/08/28/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝8:女性専門の健診センター、改革の鍵は「利用者の声」

健康保険組合への営業が成果を上げ、来院者の数は伸びだした。イークの取り組みを評価し、契約を結んでくれたのはITや広告、金融、証券、会計など、業績が比較的安定していて、女性を重要な戦力としている業界が多い。まだ、「ジェンダーダイバーシティ」も「人的資本」も語られていないころだったが、少数派とはいえ意識して取り組んでいるところはあった。さらに2005年前後から乳がんの罹患率が上がっていることや、ピンクリボン運動も健診への意識の高まりに繋がった。

その頃につくったビジョン「すべての女性の健康を守り人生を輝かせるクリニック」に共感してくれる健保の皆さん、とくに女性スタッフがイークを後押ししてくれた。

2008年秋以降は、受診者で待合室が埋まるようになる。日に4、5人しか来ないと頭を痛めていた1年前がウソのような忙しさである。そこに落とし穴があった。習熟してきたといっても、新顔も混じるスタッフの処理能力には限りがある。待ち時間が長くなり、受診者への目配りも十分に行き届かなくなっていた。長く待合室に取り残され、サービスが低下するようでは看板倒れである。「一等地に立地したことで、良質のサービスを受けることに慣れた方が多かった」(白根真事務長)こともあり、受診者からは厳しい目が向けられるようになった。

もう一つ、忘れられない苦い思い出がある。08年11月、慰労の飲み会を開いた晩に、健診結果データが突然、2か月分消えてしまっていた。のちにシステム会社のミスが原因だと分かったが、いずれにしても復元させないとクリニックの存続にかかわる。メディヴァからの応援部隊も含め全社員による3日間の不眠不休の作業でどうにか復旧したが、請求事務が滞るなど後遺症は深刻で、一時は現金残高500万円という綱渡りの経営を強いられた。

そして09年2月。三菱地所ブランド企画部の担当部長から呼び出された。利用した社員から多くのクレームが入っているというのだ。大手町・丸の内・有楽町、「大丸有」の大地主として、このエリアを最先端のブランドとして売り出してきた同社にとっては、東京ビルTOKIAへのイークの入居も戦略の一環である。3階は女性を意識したフロアづくりを心掛け、イークのほかヘアサロンや保育室などが入っている。そこに評判のよくない健診センターがあるのでは、ブランド価値が落ちてしまう。

「改善が見られない場合は、次回の契約更新にも影響があると思ってください」

イエローカードである。厳しい表情を浮かべた担当部長からの𠮟責に、当方は平謝りだった。早急に原因を調査して報告するだけでなく、利用者の評価を測るCS(顧客満足度)調査の実施を約束した。

今から見ると、このピンチが大きな転機になった。ここで変わらなければ明日はない。患者視点の医療改革を掲げているメディヴァ、プラタナスとしては本気で受診者に向き合う以外に道はなかった。

CS調査は受付や看護師、内視鏡などそれぞれの部門の評価を受診者に聞き、日にちごとに集計することにした。人間ドックの待ち時間に記入してもらったところ、すさまじい数の苦情や改善要望が上がり、大石さんや白根さんらを驚かせた。まずはマイナスをゼロに戻すことから。例えば部屋の温度管理や待ち時間の短縮などに取り組んだ。

それが一段落したらゼロをプラスに。毎日数十人が訪れるが、それぞれの受診者にとっては年に一度の大切な日であり、クリニックにいるだけで日ごろ体験しない緊張を強いられる。受診者のそれぞれに向き合っていることを示すことが重要なことにも気が付いた。スタッフが全員で改善策を考えた。医師は受診者を名前で呼ぶ、内視鏡検査のときに看護師が背中をさするといった心遣いに加え、受診しやすい着心地の良い検診衣へのリニューアル、ケープやレッグウォーマー、ひざ掛けの常備、小物入れのバッグの提供など、女性の視点からのサービス充実を心掛けた。レッグウォーマーは洗濯がしやすいものを中国に特注し、とくに評判が良かった。

満足度調査では、満足度の高い方から順に5から1で採点してもらうことが多い。イークも最初は同じようにしていた。すると回答する側は中の上にあたる4を付けがちだ。しかし、これを「まずまずの評価」と受け止めて、安心してしまっては調査した意味がない。そこで7段階評価に変え、6と7の回答を8割以上にするという目標を立てた。これならば本音が聞けるだろう。さらに自由記入欄も設け、「内科結果説明」「感染対策」などについて、書き込んでもらった。医療機関で個別の医師や医療行為への満足度を確認する例は稀だ。医師からクレームがつく可能性もあるが、それにも向き合う覚悟を決めた。

毎月の集計は分析レポートとして各スタッフに渡し、全員で検討する。そのうえで、改善点を見つけ出して、直ちに取り掛かる。経営の現場でよく聞く「PDCAサイクル」を繰り返し回した。その成果が反映してプラスの回答が増えてくると、みんなの働く意欲が高まる。

「人生初の検査も受けましたが、苦痛も少なく苦手意識が生まれませんでした」
「胃カメラ中、ずっと背中を撫でて頂いたおかげで、苦痛というより安心して先生の説明を聞くことができました」
「ハードなお仕事だと拝察いたしますが、明るく笑顔で対応いただきありがとうございました」

叱られてばかりではやる気も失せるが、利用者から直接褒められることが増えると仕事が楽しくなるものだ。いつの間にか受診者の声を聞くことが組織風土として定着してきたようだ。22年度末の丸の内院での調査は、「7.とても満足」が54.7%、「6.満足」が33.6%と目標をしっかりとクリアしている。

未契約の健保で組合員の間からイークを加えるように求める声が上がり、見学のすえ契約に至った例が増えた。健保の理事や担当者の会合では「女性組合員が一度イークを受けると全員がリピートする」といった話が出たと聞く。10年3月、開業から2年半でついに単年度での黒字化を実現する。いくつもの試練を乗り越えたイークは、その蓄積を生かして丸の内から打って出る時期を迎えようとしていた。

(続く)