現場レポート

アーカイブ

2026/04/15/水

診療報酬改定

NEW

令和8年度(2026年度)診療報酬改定⑤|医療現場の「賃上げ」への戦略的対応と実務の要諦

【執筆】シニアマネージャー草野 康弘

はじめに:医療業界に訪れる「賃上げ加速」の波

現在、多くの医療機関が深刻な人手不足と物価高騰の「二重苦」に直面しています。これに対し厚生労働省は、令和8年度(2026年度)診療報酬改定において、極めて強力な「賃上げシフト」を打ち出しました 。

今回の改定の核心は、令和8年度に+3.2%、令和9年度にさらに+3.2%(看護補助者や事務職員は+5.7%ずつ)という、2段階での継続的な引き上げを目標としている点にあります 。本記事では、病院経営の視点から、経営者と従事者が押さえるべきポイントと実務上の注意点を解説します。

【ポイント1】対象職種の劇的な拡大と「雇用形態」の整理

これまでの処遇改善は看護職等が中心でしたが、今回の改定では「病院全体での底上げ」を掲げ、対象職種が大幅に拡張されました 。

  • 新たに対象となる職種: 事務職員、40歳未満の医師・歯科医師、薬局薬剤師 。

  • 派遣職員の扱い: 直接雇用でなくても、派遣元と協力して同程度の賃金改善を行うなどの要件を満たせば対象に含めることが可能です 。

  • 調剤薬局の特例: 管理薬剤師は対象外ですが、本部職員等が現場の調剤業務を兼務する場合、従事実績のある月のみ対象とできます(重複カウントは不可) 。

【ポイント2】令和9年度は「2倍」の設定。早期着手による経営利益

令和8年度改定は単年度で完結せず、令和9年度にさらなるステップアップが組み込まれています 。特に、令和6年度から継続して賃上げを行っている施設には、より高い点数が設定されています 。

外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)(再診時等)の例

区分令和6/7年度令和8年度令和9年度
新規に算定する施設48
継続的に賃上げを実施する施設2点610


令和9年度の点数を前年度の2倍に設定する構造は、国からの「賃上げを止めるな」という強いメッセージです 。なお、令和8年4月以降に算定を開始する施設は「3月31日時点の届出」要件には含まれないため注意が必要です 。

【ポイント3】入院基本料の減算

今回の改定では、賃上げを前提とした入院基本料の引き上げが行われますが、これに対応しない施設には厳しい「減算規定」が設けられました 。

  • 急性期一般入院料1の場合: 令和7年度までにベースアップ評価料を届け出ていなかった場合、調整のため121点の減算となります 。

  • 目標未達時の扱い: 万が一、算定しても目標の3.2%等に届かない場合でも、得られた収入の全てを対象職員のベースアップ(基本給等の引き上げ)等に充てていれば、評価料の算定自体は可能です 。

【ポイント4】「夜勤手当」への充当と柔軟な実施時期

実務的な緩和として、得られた収入を基本給だけでなく「夜勤手当の増額」に用いることが正式に認められました 。

  • 柔軟な配分: 過酷な夜勤に従事する職員への報奨を厚くすることは、離職防止や働き方改革の推進に有効です。
  • 実施時期の遡及: 原則は算定開始月からの実施ですが、条例改正等のやむを得ない理由がある場合は、年度末までに遡及して実施すれば認められます 。

  • 複数科受診の対応: 「1日につき」という制限が削除され、同日に別の診療科を受診した場合、2つ目の診療科でも算定可能となりました 。

【ポイント5】「1.29倍」の係数と事務負担の簡素化

手続きの煩雑さを理由に申請を躊躇していた施設にとって、今回の簡素化は大きな進歩です。

  • 法定福利費の補助: 医師・歯科医師以外の算出において、月額賃金総額に「1.29」という係数をかけます 。これは賃上げに伴う社会保険料の事業主負担分等を国が考慮した数字です 。

  • 計画書の廃止: 算定開始時の「賃金改善計画書」は不要となり、提出書類が大幅に緩和されました 。

  • 再計算の頻度減少: 3ヶ月ごとの機械的な計算ではなく、対象職員数や3か月ごとのベースアップ評価料の算定回数に「1割以上の変動」があった場合のみ区分の見直しを行う運用に変わります 。

まとめ

深刻な人手不足と物価高騰の「二重苦」という厳しい社会情勢の中、令和8・9年度の診療報酬改定は、この課題を克服し持続可能な医療提供体制を維持するための、国による極めて強力な「賃上げシフト」です。この改定は単なる点数の修正ではなく、継続的なインフレを前提とした社会的な転換点です。

既に賃上げへの対応を進めている医療機関にとって、今回の改定は、その継続的な努力をさらに加速させ、手厚い加算を享受する機会となります。社会的な要請でもあるこの「賃上げ」の波を、職員の定着と採用力強化に直結する、組織変革と持続的な経営のための戦略的な好機として捉えることが重要です。


施設基準の詳細は下記を必ずご参照ください。
厚生労働省令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について

まずは相談する


執筆者

草野 康弘
東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学時は医療者と一般市民が相互理解を得るためのヘルスコミュニケーションについてフィールドワークを中心に研究を行う。 大学卒業後、外資系医療機器メーカーでの新規市場開拓営業に従事した後、2014年1月よりメディヴァに参画。病院の経営企画職等の現場実務を経て、医療機関の事業再生を専門としてプロジェクトマネジメントに従事。現在は患者視点の医療を実現すべく、全国の中小病院をコミュニティ・ホスピタルに変革することをミッションとして取り組んでいる。