2026/03/10/火
大石佳能子の「ヘルスケアの明日を語る」
皆さま こんにちは。
2026年が始まったと思ったら、もう2か月が終わってしまいました。
私が住んでいるマンションの近所に、冬だけの臨時スケートリンクがありますが、2月末を以って解体していました。まだ寒いし、りくりゅう人気もあるし、延長するか、と思いましたが、あっけなく終わりました。
さて、国の会計年度もそろそろ終わるので、委員を務めている政府の検討会も締めの回になりました。
私は規制改革推進会議を始め、いろいろな政府関係の委員会、検討会、WGの委員を務めています。厚労省、内閣府、内閣官房等ありますが、一番多く頼まれるのは経済産業省系です。
医療介護業界は一般的に厚生労働省の管轄ですが、保険の範囲から少しはみ出したところは、経済産業省も担当しています。厚労省と経産省の微妙な綱引きもあるのではないか、と推測しています。
今回は、「認知症イノベーションアライアンスWG(ワーキンググループ)」のご報告です。
本WGでは、超高齢化を迎え、認知症の方が尊厳をもって生活できる社会を創るために、認知症当事者も参加しながらイノベーションを起こす仕組みを検討しています。
座長は国立精神・神経医療研究センターの岩坪威先生。経産省が主導し、オブザーバーに厚労省も入っています。委員にはアカデミアや産業からだけでなく、認知症の当事者もいます。
テーマは、次の3つです。
私の意見が求められているのは、特に「1」のテーマです。
ここでは認知症の人が企業の開発プロセスに「参画」し、企業と共に新しい価値を生み出し「共創」することを目指しています。この「当事者参画型開発」(=オレンジイノベーション・プロジェクト)を通して、共生社会の実現に資する質の高いソリューションを創出する方法について議論します。
認知症の方の参画が重視されるので、認知症当事者自身が、協力の意思を持って製品・サービスの開発プロセスに参加していないと、「当事者参画型開発」ではない、と定義されています。一方的な観察や意見聴取ではダメである、というのが当事者委員の強い意見です。
本取組みは令和2年度に検討を開始し、参画企業は5社から、令和7年度には58社まで増えました。
メディヴァが認知症の方でも安心して使えるガスコンロの開発を手伝ったリンナイは初期からの参加企業です。現在、参加企業はライオン、YKK、TOTO等の大手メーカー、デニーズ等の飲食業、三井住友銀行等の銀行、イトーヨーカドー等の小売業等々多岐にわたります。

2月26日には、オレンジイノベーション・アワードの発表会が行われ、「迷わず履ける靴下」を作った株式会社大醐、神奈川県立横須賀高等学校とNTT人間情報研究所が作った「認知症にやさしい社会へ向けたポジティブすごろく」等が受賞しました。
「靴下」は、かかとがないから、どう履いてもOK!です。
「すごろく」では、当事者を尊重する選択ができるとポイントが高くなる仕組みを通して関わり方を考え、学ぶことが出来ます。
今回の検討会では、オレンジイノベーション・プロジェクトの将来的な自走に向けて、どう取り組むかも議題になりました。
経済産業省は、新しい産業や取組みをキックスタートさせた、自走できるところまで持って行き、最終的には手を放します。
成功例が健康経営です。経済産業省が2016年に創設した「健康経営優良法人認定制度」(ホワイト500)は経済産業省が立上げ、運営していましたが、現在は「日本健康会議健康経営優良法人認定委員会」を事務局とし、実務は日経リサーチ社が運営しています。原資はホワイト500の申請料です。
同じように、オレンジイノベーションの取組も、どこかの段階で民間に移管し、自走することを目指しています。
現段階では、まだ自走の時期とかは明確になっていません。経産省としては、早い方がいいのかもしれませんが、私は「時期尚早」との意見を述べました。
発言で比較したのはイギリスです。同国では、認知症に優しいデザインの考え方や、それに基づいて作られた建築物、製品、サービスが普及しています。特に中核となる事務局がある訳ではなさそうですが、社会全体に受入れらえて、かなり自走していると言っても過言ではないと思います。
ただ、そこに至るまでに国家として相当な労力を掛けています。
以下は、メディヴァが提携しているイギリス(スコットランド)スターリング大学認知症デザインセンターのレスリー・パーマー教授に伺った話です。
イギリスは80年代から「Person Centered Care」(その人を中心としたケア)の概念が提唱され、90年代になると施設から在宅介護へのシフトが法制化されました。
2009年に「認知症国家戦略」が策定され、2012年には首相をリーダーとして認知症フレンドリーな地域づくり、ケアの質の向上に向けて国全体が動き出しました。
国から各大学等へ相当な研究費がつぎ込まれ、研究・開発が協力に推進されました。大学を含め各研究機関の最終目標は社会実装と位置付けられているので、企業と連携する、企業によって使い勝手の良いように研究成果をまとめることに努力しました。
大学の研究では、認知症当事者の参加希望者の名簿を持っています。認知症と診断された方へ参画意向を聞く仕組みがあるようで、広く医療機関や自治体と連携が取れているようです。
またご本人だけではなく、ご家族の参画も求めて、ご家族の負担を減らす製品、サービスの研究も重視しています。
大学での研究成果は「公理」のように扱われ、各企業がそれぞれ独自にゼロから立ち上げる必要はないので、取り組みやすい環境、基盤も作られています。
イギリスでは自治体で施設を建てるとき等は「認知症の方に配慮しているデザイン」であることが要件化され、コンペの加点になりました。
このため、企業は真剣に認知症フレンドリーな施設、製品、サービス作りに力をいれるようになったそうです。
日本の場合、「認知症は大きな社会的課題」とはされていますが、まだイギリスのように国を上げての取組にはなっていません。省庁の間の壁もあり、経産省、厚労省以外はそう重視していないような発言にも出会ったことがあります。
研究費も中途半端で、公理や基盤もまだ出来上がっておらず、研究成果は十分に活かし切れているとは感じません。
毎回企業がゼロから認知症の当事者を集めて、検討しなくてはいけないとなると、負荷が高すぎて取り組みにくくなっているように感じます。
そもそも企業にとっての必然性が足らず、むしろ「認知症というと対象市場が縮むのではないか」、という懸念さえ聞かれます。せめて、自治体の建造物や道路などの入札要件にするなど、何か強力なプッシュがあれば進むのではないかと思います。
日英を比較すると認知症当事者の参画は両国とも重視していますが、イギリスのように家族も含めると取り組みやすさや市場拡大が見込めるのではないか、と思います。
これに対しては、WGの認知症当事者委員の違和感はあろうかと思いますが、この取り組みを促進し、マーケットを作り、自走させるためには検討してもいいのではないか、と感じています。
いずれにしても、自走まではまだ時間が掛かるかと思いますが、まずは国としてもう一段エネルギーを掛けて取り組むことかスタートポイントではないでしょうか。