2023/10/23/月

大石佳能子の「ヘルスケアの明日を語る」

イギリス視察報告(後編)

代表取締役社長 大石佳能子

2023年7月の第一週に、大阪の医療法人社団和風会 千里リハビリテーション病院の橋本康子理事長とともにイギリスの医療機関等を視察してきました。本稿は、その中で特に印象深かった点をまとめたものの(後編)です。

前編はこちらからご覧ください。

3.Calvert Reconnections Neuro-Rehabilitation Centre:重度脳損傷患者対象リハビリ

エジンバラ、スターリング、グラスゴーを経て南下し、湖水地帯に入りました。 障害児等のサポートを行う老舗チャリティ「Lake District Trust」の一部門で、比較的新しい試みで、急性期以降の急性脳損傷患者のために、一般的なリハビリと自然の中でのアクティビティを組み合わせた、英国に他がない、居住型のリハビリ施設です。

建物は詩人のWordsworthも泊まったことのある歴史的建造物(Grade2;外装変更不可、修繕にも許可が必要)で、近接して厩があり、マイクロバスで数分のところには湖、ボートハウス、体育館等があります。できる限り自立を促すため、全室個室でシャワー,トイレ付き、2戸は長期滞在用に自立アパート型です。

交通事故や脳疾患による高次脳障害,認知機能障害を持つ17歳以上の患者を受入れています。多くは長年症状改善がなく、通常のリハビリに疲れているとのこと。PT、OT、ST、心理士、医師(退職後ボランティアで来ている)が連携し、湖水地帯の豊かな自然を活かし、個人のニーズに合わせてフレキシブルに対応したリハビリメニューを行います。

例えば、乗馬や馬のお世話。馬をブラッシングすることは腕を動かすリハビリに。何頭もいる馬の特性に合わせて、飼葉を組み合わせて準備するのは認知機能を鍛えることに。障害のある方を天井から釣り上げて騎乗させる装置も屋内馬場には備わっていました。馬は人気で、退院後もボランティアで馬の世話をしにくる元患者も居るそう。この地方の馬の特色なのか、足にふさふさとした毛が生えていて、とてもカワイイ!

カヌー。ひっくり返らないよう、補助器具がついたり、2艘繋げたりして、指導員とタンデムで漕ぎ出します。指導員が繰り出す「右、左、右、右」という指示を理解し,実行することも認知機能のトレーニングに。回復に合わせて、段々と早いスピードで指示が出されるようにするそうです。当日も数艘、湖に出ていました。

ボルタリング。登ることは四肢の回復を促すだけでなく、出来た!という自信に繋がります。片手だけで天井付近まで登るようになれる方もいるそうです。

お仕事。地元の企業が受け入れています。例えば、劇場のチケットもぎや照明係。それぞれの人の出来ることをアセスメントして、仕事を決めます。湖水地帯は積極的に協力してくれる企業が多いらしく、企業側にとっては,これがチャリティへの参加になります。患者さんはリハビリだとは思わず、楽しんでいるうちに、結果的にリハビリになる、というのがコンセプトだそう。「子供が成長するのと同じですよ。遊ぶことが,機能の発達と成長に繋がっている」と案内係の方は説明していました。しかも、成果はちゃんと出ていました。2022年5月、最初の臨床成果報告書を発表したそうですが、「参加者の100%が日常生活能力を向上させた」、「100%の参加者が退院時に必要なサポートを減らし、60%の参加者が自立した生活を送れるようになった」、「100%の参加者が、将来への希望、人生の目的意識と方向性の向上を報告した」、「90%の参加者が目標を達成した」、「参加者の80%が自分の人生に影響を与える決定事項への参加とコントロールの拡大により、より大きな力を得たと感じた」と記されています。長年苦しんでいた重度の患者だけを対象にしていることを考えると、素晴らしい成果だと感じました。さて、気になる費用ですが、手厚い分、高いです。食事等全て込みで、週£5000(約100万円)。平均的には3~6ヶ月滞在しています。12ヶ月の人もいるとこのこと。事故の後遺症の人は、民間の自動車保険から紹介を受けて、その保険で支払われます。近年、NHS(イギリスの皆保険)からの紹介患者も増えていて、そのためにもアウトカムの証明に力を入れています。全額自費の人も1割ぐらい居て、高額であるにも関わらず、3ヶ月ほどの待ちが発生しつつあります。そして足らないコストはチャリティで賄われます。帰る時に「撮った集合写真をSNSに使っていいか?」と聞かれました。チャリティで運営するには、そういう地道な発信努力も怠りません。帰国してから見てみると、訪問時のコメント「リハビリにこういうアプローチ法があるのは画期的だと感じた。今後も学ばせて頂きたい」というコメントとともに、私たちの写真が早速掲載されていました。

4.Royal Trinity Hospice:終末期支援

湖水地帯の後は車でマンチェスターまで行き、鉄道でロンドンに、、、と思っていたら、ストでした。えー、マジかよ。でも、どうもストは完全に止まる訳ではなく、間引くよう。ストをやっていると聞いて、乗客も回避するので結果的に難なく電車に乗れました。ちなみに同時期に、待遇改善を求めて医師はじめ医療者のストもやっていました。こちらは時期を回避し、病気にならないという訳にはいかないでしょうから、どうするんでしょうね?イギリス人たちは「終わってるわー」と嘆いていました。

ロンドンの街を歩いていたら、可愛いショップが。Royal Trinity Hospiceという終末期ケア を支援するチャリティ団体がやっている古着ショップです。

同団体は、自宅や院内で認知症を含めた人生の終末期にある人を支援しています。昨年は£1000万(約20億円)を集め、2600人を支援し、そのうち2000人は自宅にいた人とのこと。寄付集めの方法は色々あり、個人でできるイベントも開催しています。例えば、走る、歩く等の大会に参加し、参加費が寄付になるだけでなく「£250(約5万円)集める!」と宣言し、集まった金額を寄付するなど。この方法は一般的らしく、がん患者を支援しているMaggie’sを訪問した時も同様の説明を聞きました。(Maggie’sの方は数百万円集める強者も、、、。)

さて、ショップの方は、古着(洋服、バッグ、靴、アクセサリー等)がセンス良く並べられていました。商品は業者からの仕入れは不可で、全部寄付されたものです。売上は活動費に充てられます。服も小物もウインドウに飾られて、目を引きます。日本の古着ショップは、探すのが楽しいというコンセプトなので、キレイなものも汚いものも、良いものも、ガラクタもごちゃっと詰め込んでいることが多いですが、こちらは厳選された良いものが置いてあります。「Preloved,not unloved」(要らないからではなく、愛着があるから寄付した)との標語も素敵でした。

ここで、緑に金の縁取りと刺繍のある上着を買ったのですが、一枚布を縫い合わせていて、聞けばペルシャ(イラン)のものとのこと。£10(約2000円)で、早速その日のアフターヌーンティーに活用させて頂きました。

最後に

今回の視察では、複数の施設を回り、学ぶところは非常に多かったです。現地に住んでいる友人知人からNHS(イギリスの皆保険制度)の非効率や治療の不出来事例も聞いたので、十把一絡げに「イギリスは優れている」と言うつもりはありません。しかし、少なくともベストプラクティス施設では、素敵でした。1)徹底した患者中心主義、、理念だけでなく、プロセス、仕組みに落とし込まれていて、実践が確保されていること2)新たな手法のトライアル、、遊びや仕事、ITや自然の活用等、治すための新しい考え方が実地で取り組まれていること3)アウトカムの重視、、アウトカムを徹底的に評価し、結果の開示していることはすごいな、と感じました。

これらの背景に、チャリティ文化があるのでは、と思っています。イギリスはチャリティ文化が発達していることは有名ですが、小学校の頃から「寄付教育」があるそうです。お年玉(クリスマスプレゼント?)を寄付するというだけではなく、自分でお金を得て寄付します。また、どこに寄付するか、何故そこかを考えさせるそうです。国も応援していて、寄付には税額控除があるのと、寄付した金額に応じて国が追加で拠出すする(£100に対し£25)仕組みがあります。寄付をしてもらうには、それに耐えられる施設やサービスにならないといけなく、患者中心で運営していること、新しいことをトライアルしていること、その結果はどうだったか等を理念、戦略、経営数字ととにも積極的に発信していく必要があります。

今回、どの施設もすんなりと予約が取れ、行けば紅茶やクッキーでもてなされ、ファンドレイジングの担当マネージャーを中心に長時間に亘って説明をしてくれて歓待されました。これも自分たちの発信が極東の国まで届いたことへの喜びと、私たちの訪問が次の発信に繋がるからではないでしょうか。

国が保険制度で決めている金額だけでなく、社会に積極的に発信して、真価を問う仕組みはとても良いです。日本にはチャリティ文化はありません。寄付を促進するために、税制を変えないといけない、という議論がありますが、変えなくてはいけないのは税制だけでなく、施設側の運営プロセスやガバナンス体制も改革が必要だと感じました。


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尚、写真の一部は訪問先の HP を転載しています。