2023/09/30/土

医療・ヘルスケア事業の現場から

不透明な将来に備えて事業計画の活用を

コンサルタント 永瀬泰子 

1.はじめに 

「事業計画」ときいて、以下、思い当たることはないでしょうか? 

  • 事業計画の策定はしたものの、その後ほったらかしになっている。 
  • 事業計画と実績の予実管理は行っているが、アクションにつなげられていない。 
  • 計画策定時から外部環境や内部の状況が大きく変化したが漫然とそのままにしてある。 

医療機関の事業環境は、人口減少に加え、新型コロナの影響による患者の行動変化、物価高騰や働き方改革など、厳しさや不透明さを増しています。もし上記であてはまる項目があるようであれば、今こそ事業計画を活用して将来に備えてはいかがでしょうか。 

2.事業計画の策定 

一般的に、経営が好調で安定しており、借入金も少額で大規模投資の予定が無い医療機関では、事業計画の策定は必須ではないと考えられています。 

一方、事業計画の策定が活きるのは、以下のような場面で顕著で、具体的に数字に落とし込むことで目的達成の諸条件が浮彫りになります。 

  • 経営状況が悪化し、金融支援等を検討する必要がある 

施策の効果で早期に苦境から脱し返済を再開できるか、黒字転換や債務超過解消の時期、資金繰りは回るか、等 

  • 病棟建替や高度な医療機器の購入等、多額の設備投資を借入で行う 

希望する設備投資から生み出されるキャッシュフローで返済が可能か、等  

3.事業計画の活用と実際 

実行フェーズで重要となるのは、継続的な予実管理と「なぜ事業計画と実績に乖離が発生したのか」の分析です。施策を実行できなかったのか、それとも思った程効果が出なかったのか、想定外の費用が発生したのか、それは何故かを追求し軌道修正を繰り返す、PDCA (Plan – Do – Check –Act)サイクルで重要な役割を担うのが事業計画です。 

特に金融支援を受けての経営再建時には、事業計画は破綻しないための「必達」の目標値なので、合意した施策が着実に実行されるよう丁寧にモニタリングされます。 

しかし、計画が十分に活用されるケースばかりとも限らないのが実情でもあります。 

  • 業績が低迷しているが資金的に逼迫はしていないケース 

我々が経営改善施策のご提案をする際に事業計画まで策定した場合、「課題も施策による改善効果もよくわかったが、実行には職員の意思統一が難しい」等と、うやむやになってしまうことがあります。いずれ窮するのが数値的に明白でも、現状を認め改革の決断をすることは容易ではありません。が、医療機関は物価上昇分の価格転嫁や自由な業容拡大が制限され、リストラは大量離職を誘発しかねない等、状況改善に時間を要することがあります。根拠の薄い環境の好転をただ待つよりも、実現可能性の高い施策の早期実行が重要です。 

  • 建替えのケース 

病棟の建替えなど大規模投資の際には、我々も基本構想・基本計画の段階から参加し、投資の規模や機能を事業面やCFから検討し事業計画を作成、それを持って投資委員会、金融機関、行政の承認等を得て当初の目的を達成します。しかし、実際の建替移転や借入の返済開始までの数年間にモニタリングの意識が薄れ計画から大幅に乖離してしまい、再検討を要することもあるようです。 

4.不透明な将来に備えて事業計画の活用を 

「未来は不確実なのだから、事業計画なんてどうせあたらない」という意見はどうでしょうか。確かに、外部環境の予見困難な変化や、医師の退職で主要診療科が変わるなど医療機関内の状況変化も、計画期間が長くなるほど起こり得ます。 

新型コロナ発生当時のように、環境変化が激しく予測困難な渦中においては、目標を設定して計画を実行するPDCAサイクルより、迅速かつ臨機応変に不測の事態に対処するOODA (Observe–Orient–Decide–Act)ループの活用が向いています。ただ、OODAループの適切な実行には組織内での判断の共有体制等が不可欠なため、平時にPDCAサイクルを活用することで整備された目標や計画の共有体制が役立つと考えられます。 

急激な環境変化が落ち着き恒久的と判断された場合には、予実管理を適切に行うために計画の更新も必要です。ただ、ここで重要なのは、計画があたるかどうかではありません。将来のビジョンに対してどのような条件なら達成可能なのかという具体的な試算をすることで、環境変化の影響による不足額の分析や補充施策の検討を導き出せるようにすることが重要なのです。また、厳しめの条件に設定してどの程度まで耐えられるかリスクを評価したり、複数のシナリオで試算したりして、将来の経営リスクに備えることも可能です。将来の不透明さが増す環境では、事業計画を活用する幅は広がると考えられます。 

5.おわりに 

地域の医療体制や雇用を担う病院は、「なくなってはいけない」存在として行政や金融機関から手厚い配慮を受けてきました。しかし、高齢者も含めた人口が減少に転じると、医療機関も地域の人口動態にあわせて全体としての規模が縮小される可能性があります。経営者は、長期的な将来において自院のありたい姿が地域の将来像やニーズにマッチするか、そのためにどんな設備投資や資金調達が必要か、自身のライフプランも含め、大まかでも数字まで落とし込んでみることが肝要です。現状経営が安定していたとしても、そのような思考トレーニングをしておくことで、転換期が訪れた時によりよい判断ができるのではないでしょうか。