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2026/10/19/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

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看護の質を高め、スタッフを守る「倫理的風土」のつくり方―現場のモヤモヤを組織の強みに変える6つの実践要素―

【執筆】コンサルタント神里/【監修】取締役 小松大介

はじめに

看護現場では、「患者のためになっているのか」「患者・家族は治療方針を十分に理解して同意しているのか」「同僚の倫理的に不適切な言動に気づいても指摘しにくい」「業務を優先せざるを得ず、患者に寄り添う時間が足りない」といった、言葉にしづらい迷いや葛藤が日常的に生じます。

こうした「現場のモヤモヤ」を個人の悩みで終わらせず、組織として受け止め、学びに変えていくことが、看護の質を高め、スタッフを支えるうえで重要です。
本稿では、倫理的実践を個人の資質や努力に委ねず、組織的に支える「倫理的風土」のつくり方を取り上げます。複数の医療機関の事例を基に、「気づく」「基盤づくり」「倫理の言語化」「トップの発信」「知識の定着」「仕組み化」の六つの実践要素に分けて整理します。

現場が抱える倫理的なモヤモヤと、組織として倫理に取り組む必要性

看護師は、患者の生活や療養を日常的に支える専門職です。そのため、患者の思い、家族の希望、安全確保、病院の体制や人員配置など、複数の要素の間で日々判断を迫られます。たとえば、転倒リスクの高い患者にどこまで見守りを行うべきか、意思表示が難しい患者の思いをどのように汲み取るか、忙しい現場で患者の尊厳を守る関わりをどのように継続するかといった倫理的課題は、多くの病棟で起こり得るものです。

一方で、医療・介護ニーズは複雑化し、治療の選択肢も広がっています。患者・家族の価値観も多様化しており、「その人らしさ」や「納得できる意思決定」を支えることの重要性は高まっています。近年の診療報酬改定項目となった「意思決定支援」や「身体拘束の最小化」、「医療DXによる説明支援」なども、倫理的な視点を踏まえて組織的に取り組むべきテーマです。

倫理的課題に組織として取り組むことは、患者にとっての最善を模索し、解決策を見出すことにつながります。患者・家族に関わる医療従事者が、チームで取り組むことで、個人または一部の関係者で取り組むよりも網羅的に情報を整理しやすくなり、多角的に選択肢やリスクの検討を深めることができます。その結果、患者・家族が納得して意思決定しやすくなります。さらに、判断の根拠やプロセスを共有できると、スタッフの「自分だけで抱えている」といった孤独感や倫理的苦悩の軽減にもつながります。だからこそ、倫理的課題を個人の資質や努力に委ねず、組織として扱う必要があります。

倫理的風土が看護の質を高め、スタッフを守る

本稿では倫理的風土を、「組織の構成員が、患者にとって根源的に大切なものを模索する視点に立ち、行動や判断の適切さやその理由、よりよい対応について考えることが日々の実践に表れている状態」と定義します。これは理念の提示だけではなく、違和感を責めずに受け止め、小さな問いをチームで検討するなどの関わりの積み重ねによって形づくられます。

倫理的風土が醸成されている組織では、「少し気になる」「この対応でよかったのか」といった問いが共有されやすくなります。その結果、患者の個別性に応じたケアの検討が深まり、看護の質向上に寄与します。スタッフにとっても、迷いや葛藤を言語化できる場があることは、倫理的苦悩の軽減や仕事への納得感につながります。

倫理的風土を醸成するための6つの実践要素

要素1:気づく――現状の可視化と課題抽出――

倫理的風土づくりの出発点は、自組織・自部署の現状を見つめ直し、まだ言語化されていない課題に気づくことです。倫理的実践は、日常の中で無意識に行われていることが多く、現場の看護師自身では「当たり前」になっている課題に気づきにくい場合がほとんどです。

そこで有効なのが、内部と外部の両方の視点を活用することです。特に看護実践のリアリティを理解している第三者が、病棟や病院の外から現場を見ることで、見過ごされてきたモヤモヤを言語化・構造化しやすくなります。また、倫理的風土尺度、組織風土尺度、倫理的行動尺度、バーンアウト尺度などを用いた定期的なモニタリングも、感覚だけに頼らず現状を把握する手段になります。

要素2:基盤づくり――心理的安全性の確保――

倫理的課題を扱うには、スタッフが本音を話せる土壌が欠かせません。「こんなことを言ったら責められるのではないか」「経験が浅い自分が発言してよいのだろうか」と感じる環境では、現場の違和感は表に出てきません。まずは、否定されずに話せる場をつくることが重要です。

具体的には、日常業務やカンファレンスで、「発言を否定しない」「全員が一度は発言する」「結論を急がず背景を聴く」といったグラウンドルールを設定します。「心理的安全性」は、新人や若手看護師のために先輩看護師がつくるものと捉えられがちです。しかし、ハラスメント防止への意識が高まる一方で、指導とハラスメントの境界を判断しにくいと感じ、率直な指導や意見交換を控える場面もみられます。だからこそ、心理的安全性を若手だけの課題とせず、職位や世代を問わず意見を交わせる環境として捉える必要があります。特に看護管理者には、その必要性を認識し、日常の対話や会議運営に反映する役割があります。

要素3:倫理の言語化――段階的な問題解決――

「倫理」と聞くと、尊厳死、安楽死、生殖医療、臓器移植など、特別で難しいテーマを思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、日々の看護ケアそのものにも倫理的な判断が含まれています。患者にどのように声をかけるか、どのタイミングで説明するか、本人の希望をどのように確認するか、どのケア方法を選択するかといった一つひとつの判断には、「様々な価値の対立の中で患者にとって何が最善かを模索する」という倫理的な側面があります。

大切なのは、無意識に行っている日常的な看護実践を流さず、意識的に語り合う習慣をつくることです。倫理的推論や判断は、言葉にされないままでは他者に伝わりにくく、場合によっては葛藤の原因にもなります。目的に応じて、「10ステップモデル」、「4分割表」、「臨床倫理検討シート」などのフレームワークを用いることで、建設的な対話につなげることができます。

ただし、フレームワークの主旨を理解しないまま使うと、項目を「埋めること」だけが目的になり、ジレンマの解消や課題解決につながりにくくなります。さらに、「倫理は難しい」という認識を強めるおそれもあります。最初からフレームワークを提示して進めるのではなく、まずは10〜15分程度の短時間でモヤモヤを自由に語り合い、その後に必要な枠組みで整理する方法があります。また、「倫理」という言葉をあえて使わずにカンファレンスを開いたり、経験年数が偏らない小チームを編成したりすることで、発言しやすい雰囲気をつくることができます。

要素4:トップの発信――病院・看護部のビジョンと姿勢の明確化――

倫理的風土は、現場だけで自然に育つものではありません。経営層や看護部長が、病院・看護部として倫理的看護を重視する姿勢を明確に発信することが、組織全体の方向性をそろえるうえで重要です。理念や方針に「患者を尊重する」と掲げるだけでなく、具体的な行動として何を大切にするのかを、職員に伝え続ける必要があります。

同時に、患者・家族に向けても、病院としての姿勢をわかりやすく示すことが有効です。たとえば、患者特性に合わせた表現で権利や意思決定支援に関する方針を示す、理解しやすい表記を用いるなど、対象に応じて伝え方を工夫することで、組織の倫理的姿勢はより具体的になります。

要素5:知識の定着――現場に即した研修の実施――

倫理教育は、座学や年に数回の研修だけで完結するものではありません。もちろん、倫理原則や意思決定支援、身体拘束最小化などの知識を学ぶ機会は重要です。しかし、実際の看護場面では、教科書どおりに判断できない複雑な状況が多くあります。だからこそ、Off-JT(職場を離れて行う研修)で得た知識を、日常のOJT(職場での実務を通じた教育)に接続することが必要です。

たとえば、清拭や食事介助、退院支援の場面のあとに、「さっきの声かけは、どのような意図で選んだのか」「あの場面では、少し迷ったけれど、このように判断した」といった短い対話を重ねることができます。わずか1〜2分の会話であっても、看護師の倫理的推論のプロセスを共有し、後輩や周囲に継承する貴重な機会になります。

要素6:仕組み化――継続するための組織体制の構築――

倫理的風土を継続的に育てるには、個人の努力や一部のリーダーの熱意だけに頼らない体制づくりが必要です。多職種で構成する倫理検討チーム、看護倫理委員会、倫理コンサルテーションチームなどを設置し、各現場の活動と結びつけることで、倫理的課題を継続的に扱いやすくなります。特に診療方針、退院支援、身体拘束の最小化、患者・家族への説明など、複数の専門的観点が関わる場面では、多職種で検討する意義があります。医師、看護師、リハビリ職、薬剤師、医療ソーシャルワーカーなどがそれぞれの情報を出し合うことで、患者の生活背景や治療上の制約を踏まえた選択肢を広げ、実行しやすくなります。

重要なのは、委員会やチームをつくること自体を目的にしないことです。現場で生じたモヤモヤがどこに相談され、どのように検討され、次の実践にどう反映されるのか。その流れを明確にすることで、倫理的実践は一過性の取り組みではなく、組織の仕組みとして定着していきます。

おわりに:明日からできる最初の一歩

倫理的風土づくりというと、大きな制度や委員会を整備することから始めなければならないように感じるかもしれません。しかし、最初の一歩は小さくて構いません。たとえば、スタッフに「最近、現場でモヤモヤしたことはあった?」と問いかけ、否定せずに耳を傾けること。それだけでも、倫理的課題を共有する土壌づくりは始まります。

「現場のモヤモヤ」は、看護の質を下げる厄介なものではなく、よりよいケアへ向かうための大切なサインです。そのサインを個人の中に閉じ込めず、チームで言葉にし、組織で支えることができれば、倫理的実践は現場に根づいていきます。患者から選ばれる病院、そして職員からも選ばれる病院をつくるために、まずは日常の看護を語り合うことから始めてみてはいかがでしょうか。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他