2026/08/24/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
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【執筆】コンサルタント古賀/【監修】取締役 小松大介
目次
産婦人科の集患を考えるうえでは、まず自院の経営課題を整理し、短期・中期・長期で取り組む方針を考えることが大切です。前回2025年10月の現場レポート『産婦人科の集患ファーストステップ:方針明確化とSNS体制の立ち上げ』では、その考え方と具体的な進め方を紹介しました。
今回は、その中期的な取り組みの一つとして「無痛分娩」を取り上げます。患者ニーズが高まっていても、導入の方針を決めるだけでは実際の医療提供にはつながりません。麻酔を誰が担うのか、現場に実行する余力があるのか、安全な体制を継続できるのか。こうした論点を一つずつ整理する必要があります。
日本産婦人科医会の施設情報では、全分娩数に占める硬膜外鎮痛分娩の割合は、2018年報告の5.2%から2025年報告の16.2%へ、7年間で3.1倍に増加しています。
また、実施施設では分娩数が微増する一方、非実施施設では減少する傾向が見られました。この結果からも、無痛分娩への対応は患者の施設選択を考えるうえで、無視できない要素の一つと考えられます。
導入を検討する際は「ニーズがあるか」だけでなく、自院の商圏で見込まれる件数、患者が希望する提供条件や費用、対応時間、周辺施設の提供状況まで整理する必要があります。

経営陣が無痛分娩を導入する必要性を感じていても、院長や現場スタッフが日常業務で手いっぱいであれば、新しい取り組みを検討・実行する余力は生まれません。また、安全面や業務負担への不安、これまで大切にしてきた分娩観との違いから、現場が戸惑うこともあります。
こうした声を単なる反対意見として扱い、経営陣の判断だけで進めても、継続できる運用にはつながりにくいものです。方向性を示すのは経営陣の役割ですが、現場の懸念を確認し、具体的な運用を一緒につくる必要があります。
患者ニーズへの対応は無痛分娩に限りません。母子同室や授乳支援でも、医学的な安全性を前提に、母親の体調や希望に応じた選択を支える視点が求められます。医療者側の考え方を一律に当てはめるのではなく、患者ニーズの変化に応じて知識や技術を更新し、その必要性を経営陣が現場へ繰り返し伝える。こうした積み重ねが、新しい取り組みを受け入れられる組織文化につながります。
地域の患者ニーズや競合施設の状況を踏まえ、想定件数、導入費用、人件費、自費収入等を整理します。あわせて、早い段階で「誰が麻酔を担うのか」を検討します。
実務上は、主に3つの体制が考えられます(ただし、これは厚生労働省等による正式な分類ではなく、院内体制を検討するための実務上の整理です)。
1)麻酔科医を採用・配置する体制
麻酔の専門性を確保しやすく、産科管理と麻酔管理を分担しやすい一方、採用コストや人件費に加え、夜間・休日や複数症例が重なった場合のバックアップ体制まで考える必要があります。
2)複数の産婦人科医が麻酔も担う体制
複数の医師で役割を分担できる一方、麻酔を担う各医師の研修・技能を維持し、産科対応と麻酔対応が重なった場合の役割分担を明確にしておく必要があります。
3)産婦人科医1名が麻酔を担い、無痛分娩の研修を修了した助産師・看護師と運用する体制
分娩管理、麻酔管理、急変対応が一人の医師に集中しやすいため、別の分娩や緊急帝王切開、母体急変が重なった場合を想定し、対象・時間帯・件数の限定、バックアップ医師や搬送先との連携まで含め、慎重に設計する必要があります。なお、助産師・看護師は産婦の観察や医師への報告等を担いますが、麻酔担当医の役割を代替するものではありません。
厚生労働省の提言では、一定の要件を満たす産婦人科専門医も麻酔担当医となることができますが、複数の役割の兼務は、それぞれの役割を果たせる範囲に限られています。また、産婦人科専門医が麻酔を担う場合には、麻酔科研修の実績や硬膜外麻酔・気管挿管の能力、継続的な講習受講等が求められています。
どの体制を選ぶ場合でも、安全要件を満たしながら継続して運用できることが前提となります。
日常業務で手いっぱいの状態に、新しい業務をそのまま上乗せしても定着しません。人員配置や職種ごとの役割、患者説明、観察、記録、緊急時対応等の業務フローを整理し、不要な作業や重複業務を見直して、現場が取り組める時間と余力をつくります。
導入の目的を集患や増収だけで説明しても、現場の納得は得にくいものです。患者に分娩方法の選択肢を提供したり、地域で分娩機能を継続するためであることも含め、「なぜ取り組むのか」を共有します。安全面、夜間対応、業務負担等への現場の懸念を丁寧に確認し、役割分担や運用方法へ反映します。
厚生労働省の提言と自主点検表を踏まえ、責任体制、患者への説明・同意、担当者の研修・技能、施設方針・マニュアル、設備、急変時対応等を整えます。危機対応シミュレーションも行い、緊急時に実際に動ける状態まで確認します。
産婦人科医が無痛分娩の麻酔を担う施設では、合併症発生時の初期対応と早期搬送を想定し、地域の基幹医療機関や搬送先と平時から連携しておくことも重要です。厚生労働省の2026年3月の取りまとめでも、研修の充実や地域の基幹医療機関との連携体制の構築が重要とされています。
準備が整った後は、対応する時間帯、対象、件数等を限定して小さく始めます。実施後は医師、助産師、看護師等で振り返り、安全上の課題、患者の反応、スタッフの負担を確認して次の運用へ反映します。安全に対応できた事例を積み重ねることが、院内での定着につながります。
無痛分娩の導入には、医療安全、人員、業務、組織、収支を横断した検討が必要です。特に、誰が麻酔を担うのかによって、必要な研修や人員、バックアップ体制は変わります。
まずは自院に合った提供体制を選び、既存業務を見直して現場の余力をつくり、導入の下地を整える。そのうえで、実際の導入に向けて、経営陣が方向性を示し、現場が実行方法づくりに参画することで、安全性と継続性の両立につながります。
院内だけでは整理しにくい論点を客観的に整理し、経営と現場をつなぎながら実行を支えることに、コンサルタントの価値があると考えます。
[1]公益社団法人日本産婦人科医会
「硬膜外鎮痛分娩の現状~日本産婦人科医会施設情報からの解析~(2025年施設報告)」
https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/11/koumakugai_20251110.pdf
[2]厚生労働省
「無痛分娩の安全な提供体制の構築について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3383&dataType=1
[3]厚生労働省
「無痛分娩取扱施設のための、『無痛分娩の安全な提供体制の構築に関する提言』に基づく自主点検表(令和7年5月版)」
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001488916.pdf
[4]厚生労働省
「小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ 議論のとりまとめ」(令和8年3月31日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001684648.pdf
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他