現場レポート

2025/10/20/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

産婦人科の集患ファーストステップ:方針明確化とSNS体制の立ち上げ

【執筆】コンサルタント古賀/【監修】取締役 小松大介

産婦人科経営の動向

2024年、日本の出生数は68万6,061人と、初めて70万人を下回りました(厚生労働省「人口動態統計概数」2024年6月)。合計特殊出生率も1.15と過去最低。少子化のスピードは加速しており、2035年には60万人を下回る可能性も指摘されています(国立社会保障・人口問題研究所)。

分娩取扱施設数も2023年時点で全国1,766施設(病院886・診療所880)となっており、2011年の2,378施設から約25%も減少しました(厚生労働省「医療施設調査」2023年)。全国の産婦人科の約4割が赤字に転落し、廃院や分娩取扱中止が相次いでいます(日本医師会総合政策研究機構「産科医療施設の経営実態と課題」2023年)。

全国的に分娩施設の数が減る中で、複数の小規模施設が分散して対応するのは非効率かつリスクが大きく、限られた医師・助産師リソースの確保も難しくなっています。そのため、地域全体で分娩を担う拠点を集約し、行政や医師会を巻き込んで安全性と持続可能性を高める取り組みが進みつつあります。これは単なるコスト削減ではなく、緊急時対応や24時間体制維持の観点からも重要で、今後の地域医療のあり方を考えるうえで欠かせない視点です。

もはや「何もしなくても患者・スタッフが集まる」時代は終わりました。産婦人科経営においては、院長や経営層だけでなく、スタッフ自身が現場で感じている課題を言語化し、一体となって運営・改善に取り組める環境づくりが求められています。

出所:厚生労働省「人口動態統計概数」2024年6月

出所:厚生労働省「医療施設調査」2023年P17

支援先クリニックの課題整理

実際に支援した中規模クリニックの現場課題を以下の4つに整理しました。

(1) 経営方針・戦略面の課題(短期〜長期の方向性不明確)

  • 中長期的な経営ビジョンが定まっておらず、将来的な事業方針(お産継続・婦人科拡充など)が曖昧
  • 経営データの分析や採算把握が十分でなく、意思決定が感覚的
  • 次世代人材への権限委譲や育成方針が未整備で、組織としての継続性に課題

(2) 診療体制・人材課題

  • 医師1名体制で負担が集中し、外来・分娩双方にリスクを抱えている
  • 評価・昇給基準が曖昧で、モチベーション低下や離職につながっている
  • 採用が人材紹介会社への依存が高く、内部育成の仕組みが弱い

(3) 業務効率・ICTの課題

  • 電子カルテ・予約システムなどICT導入が遅れ、業務負担やミスが多い
  • 業務フローが属人的で、効率化・標準化が進んでいない
  • 建物や設備の老朽化が進み、患者・職員双方の快適性を損なっている

(4) 集患・選ばれるクリニックづくりの課題

  • HPやSNSなどの外部発信が弱く、医院の魅力が十分に伝わっていない
  • 地域とのつながりや認知拡大に向けた広報計画が不足している
  • 感染対策を優先した面会制限が続き、患者体験・口コミが減少傾向

これらの課題は、どこの産婦人科でも共通して見られるものと考えています。次章以降でご支援をさせていただいた中規模クリニックでの経営改善に向けた方針をご紹介します。

経営改善に向けた方針

今回のクリニックのケースでは今後の方針が不明確である点が大きな課題の1つとして挙げられたため、短期・中期・長期の3つの視点で経営改善の方針を明確化することに重点を置きました。「今後もお産を続けるための条件を整える」と同時に「中長期で選ばれる医院をつくる」ことを目的としています。

(1) 【短期方針】 採算ラインの確認と優先施策の明確化

実際に収支状況を確認したところ、年間およそ300件前後が採算ラインであることが明らかとなりました。24時間対応の常勤医師1名体制や助産師確保、夜間当直体制の維持など、安全なお産を継続するために必要な固定費を賄うにはこの件数が必要だったのです。目標を明確にしたことで「どのように当院の魅力を訴求し、集患するか」、組織として検討を進める地盤を整備しました。

(2) 【中期方針】 無痛分娩対応の整備と体制強化

近年、都市部のみならず地方でも無痛分娩のニーズが急速に高まっています。背景には、共働き世帯の増加や高齢初産のリスク意識、SNSや口コミでの情報拡散があります。実際、分娩施設選びで「無痛分娩に対応しているかどうか」を最重視する患者が増えており、対応の有無が競争力を左右しています。中期的には、無痛分娩を中心とした分娩体制の強化と、安心・安全を担保するためのスタッフ教育体制の構築を方針として設定しました。

(3) 【長期方針】 婦人科領域の拡充と経営の多角化

少子化の影響で分娩件数の大幅な伸びは見込みにくく、長期的な経営安定には多角化が欠かせません。具体的には、不妊治療・更年期医療・骨粗鬆症・婦人科検診など、ライフステージ全体を支える診療体制を整えることが重要です。

不妊治療においては保険適用の追い風もあり、地域の若年層夫婦の支持を得やすい環境が整いつつあります。長期的には、「出産だけで終わらない、女性の一生を支える医院」としてのポジショニングを確立することを最終目標として設定しました。

(4) 縮小均衡策の検討

前述における集患方針だけでなく、お産を継続するか/停止するかという点も経営上の重要論点です。短期目標として掲げた年間約300件(目安)に向け、集患や体制強化を進めても2〜3年の評価期間で到達見込みが立たない、または24時間対応の人員確保・安全面・投資採算のいずれかが恒常的に満たせない場合は、地域の周産期体制との整合を図りつつ、①分娩の段階的な終了、②婦人科(不妊・更年期・検診)や産後ケアへの軸足移行、③近隣医療機関との連携・集約、④(やむを得ない場合の)閉院の可能性までを選択肢として再検討することを経営陣での共通認識として持っておくことも重要です。そこで患者・職員への影響を最小化する移行計画を並走して準備することとしました。

ご支援先のクリニックにおいては今後どのように動いていくか不透明であるという声があったため、方針が明確となったことで何を今後行っていくか明確になったことは大きかったように感じています。

集患における情報発信の重要性

事例のクリニックでは短期方針の明確化に伴い、まずは集患に向けて取り組みをスタートしました。今回は短期的な対応の事例としてSNSによる発信強化についての事例をご紹介します。
前提として、産婦人科での出産のメインターゲットは他科と異なり、20代~30代の女性です。大切なライフイベントを、どのような場所で、どのように迎えるか期待に胸を膨らませている患者さんが大半を占めています。患者さん(特に妊娠初期、またはこれから妊娠・出産を考えている女性)に「なぜこの医院を選ぶのか」を言語化し、心に残す体験を設計できているかが勝負の分かれ目です。

年齢層が若いことに加え、病気や怪我で通院・入院する訳ではないため、いかに自院の強みを発信・訴求できているかが重要となります。その際に非常に重要なコミュニケーションツールになるのがSNSです。事例のクリニックでは情報発信に課題があるような状況であったため、体制を整備することからスタートしました。

①担当者の設定

事例のクリニックでは、担当者が不明確な状況で、定期的に情報発信を行う体制になっていませんでした。場当たり的な対応となっていたため、重要な業務であることを説明した上で、事務スタッフに業務の一環として対応をお願いすることとしました。

Before:これまでは主担当が明確ではなく場当たり的な対応になっていた
After:主担当を決め、業務の一環として対応をしてもらう形へ。
※自院から担当者を捻出できることが理想的ではありますが、難しい場合は外部委託によるサポートも選択肢として挙げられます

②投稿内容の検討体制

定期的に情報を発信していく上では投稿ネタをいかに作るか(ネタを切らさないようにするか)も重要です。発信内容を個人だけに任せるのではなく多角的な視点で投稿内容を検討するためにチームとして動く体制としました。主担当の事務にすべてを任せるのではなく事務長や専門職のサポートも得られるよう定期的に打ち合わせを行いながら情報発信を行っていく方針としました。

Before:組織全体で情報発信内容を検討する体制ではなかった
After:広報チームを立ち上げ、継続的に対応を行うためのサポート体制を整備。定期的更新するためのネタをチームで検討。

③投稿内容・頻度

どのような内容、どのような頻度で投稿をするかも重要な要素になります。投稿内容については、産前産後の各種教室の紹介やお食事の内容、自院の空間紹介など実際に院内で体験できる内容を発信することとしました。
頻度については、まず継続することが重要なため、無理なく続けられる週2回程度の発信を目標としました。理想は平日毎日投稿することになりますが、現体制で定期的に発信をすることを優先しました。

SNSを投稿する目的として、いかに共感をしてもらうか、「馴染み感」を醸成することが大切です。前述のとおりターゲットの年齢層が若いことに加え、病気や怪我で通院・入院する訳ではないので自発的な情報発信により認知・共感してもらうことがとても重要になります。まだ定期的な投稿を始めたばかりのため、試行錯誤しながら続けていただいている状況ですが、まだ取り組みとして不十分な内容や新たに行うべき取り組みは何かを考えるきっかけにも繋がっています。

まとめ

少子化による出生数の減少・産婦人科医不足の影響で、苦戦を強いられている医院も多くあります。産婦人科は、出産という人生最大の体験を支える現場であり、家族や地域の未来に直結する医療分野です。

ご紹介したクリニックでは将来方針をしっかりと設定したことで、院内における取り組みが明確になり、組織として集患に力を入れていくための一体感が醸成されました。今回の事例紹介を踏まえて、改めて方針の検討や集患の在り方について考えてみてはいかがでしょうか。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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