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2026/03/27/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

電子カルテの導入は、病院の未来をどう変えるか―― 現場で見えてきた、DX推進の本質と2030年への備え ――

【執筆】シニアマネージャー 林佑樹

「生成AIを使って、カルテ入力の負担を減らせないか」「看護記録を自動要約できないか」——そういった相談が、病院の現場から届くようになりました。医療における生成AI活用への関心は、この1〜2年で一気に高まっています。

一方で、支援先の病院を見渡すと、電子カルテがまだ導入されていない、あるいは10年以上前のオンプレミス型のまま更新されていないというケースも少なくありません。この状況に対して、国は今、明確な期限と方針を持って動き始めています。

今回は、実際の支援現場での経験をもとに、電子カルテの導入が病院経営にとってどのような意味を持つのか、そして導入を「成功」させるために何が必要かを整理してみます。

国は何を目指しているのか——2030年という期限の意味

政府は「遅くとも2030年には概ねすべての医療機関において必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す」と閣議決定レベルで定めています※1・※2。この目標は、単なるデジタル化の掛け声ではありません。

背景にあるのは、全国医療情報プラットフォームの構築という国家戦略です。マイナンバーカードを通じた診療情報の連携、電子処方箋の普及、そして電子カルテ情報共有サービス——これらは一体として動くよう設計されており、電子カルテはその基盤として欠かせない存在になっています。

さらに注目すべきは、デジタル社会の実現に向けた重点計画(令和7年6月閣議決定)に、「生成AIなど最新技術を活用しやすくするため、現在のオンプレ型のシステムをクラウド型へ移行していくことを目指す」と明記された点です※2。生成AIの活用は「将来の話」ではなく、クラウド化を進める理由の一つとして政策文書に登場しています。

電子処方箋の普及状況を見ると、2025年6月時点で薬局への導入は8割を超えています。一方、医療機関への導入はまだ1割程度にとどまっており、厚生労働省は「電子カルテが導入されていることが前提」として、医療機関への電子カルテ整備を加速させる方針を明確にしています※1。電子カルテの整備が遅れることは、電子処方箋対応の障壁にもなりうるのです。

病院のシステム更改サイクルは一般的に5〜7年と言われます。次の更改タイミングで対応しなければ、2030年の目標に乗り遅れる可能性があります。「いずれやらなければ」という話は、実はもう「次のタイミングが最後のチャンス」という話になりつつあります。

「特に困っていない」が一変する——現場で見た変化

実際に電子カルテの導入支援をしていると、導入前には「うちは今の運用で特に困っていない」という声をよく聞きます。ところが、導入後にアンケートを取ると、「今までの環境が信じられない」という声に変わっています。

現場の声 同善病院(医療法人社団同善会)
PC起動に15分以上かかることが「当たり前」になっていた同善病院では、クラウド型電子カルテの導入とITインフラ全面刷新を実施。院内どこでも情報にアクセスできる環境が整い、「待つのが当たり前」という認識が一変した。稼働後も現場から出てくる要望・課題を一つひとつ拾い上げ、処方オーダーの入力設定の最適化や薬剤マスタの整備など使っていく中で「こんな事できないか?」という発想のもと100件以上に対応しながら、継続的な改善を進めている。

(株式会社シーズ・ワン記事、2024年4月導入実績)

現場の声 水海道さくら病院
紙カルテ中心の運用で、夜間の緊急時には医師が自宅からカルテを確認できず、連絡者が口頭でカルテ内容を伝えるしかなかった。クラウド型電子カルテの導入後、医師は院外からも医療情報にアクセス可能に。クラウド型電子カルテの導入後、医師は院外からも医療情報にアクセス可能に。システムの稼働が始まると、現場から「看護記録の入力フローをもっとこうしたい」「この部門とこう連携させたい」といった声が次々と上がった。これらは導入によって初めて見えてきた課題・要望であり、494件を34の業務領域に分類して体系的に管理。78.9%を解決し、「働き方改革」と「継続的DX推進の基盤構築」を同時に実現した。

(株式会社シーズ・ワン記事、2025年10月導入実績)

どちらの事例でも共通しているのは、「困っていない」という感覚は「今の状況に慣れている」というだけであって、潜在的な課題が可視化されていなかったということです。電子カルテの導入は、現状の問題を炙り出し、業務全体を見直す契機になります。

導入を成功させる鍵——業務設計と、その先にある生成AI活用

支援現場で繰り返し実感するのは、電子カルテは「入れること」よりも「どう使うか」の設計が成否を決めるということです。

よく起きる失敗は、既存の業務フローをそのままにしてシステムを乗せてしまうケースです。「誰がいつ何を入力するか」「部門間でどう情報をつなぐか」が設計されていないと、オーダーシステムやテンプレート機能、参照権限の設定がされないまま、医師も看護師も事務スタッフも、各自が「今まで紙に書いていた通りのこと」を画面に打ち込むだけになります。テンプレートは使われず、部門間の情報連携も起きず、結果として手書きより時間がかかるという状況が生まれます。これにより入力の二度手間が増えて現場の不満につながってしまいます。

上記の水海道さくら病院の事例では、外来業務・入院業務・処方・検査など34の業務領域に分けて課題を洗い出し、494件を体系的に管理しながら導入を進めています。この地道な業務整理こそが、導入後の定着を支えた要因の一つです。

そしてもう一つ重要な視点が、この業務設計の質が、将来の生成AI活用の可否を左右するということです。生成AIがカルテ記録の補助や情報要約を担うためには、「誰がいつどのような形式で情報を入力するか」が整理されていることが前提になります。データの入力ルールが曖昧なままでは、AIに処理させる情報自体が不安定になります。

つまり、電子カルテの導入時に業務フローをきちんと設計しておくことは、今の現場効率を改善するだけでなく、数年後の生成AI活用への土台を同時に整えることでもあります。同善病院の事例でも、「中長期的には生成AI・RPAの活用による業務効率化を推進していく」という方向性が既に示されており、クラウド型システムの導入がその基盤になっています。

見落とされがちなもう一つの課題——セキュリティとネットワーク

電子カルテの導入と同時に整備しておくべきことがあります。院内のネットワーク環境とセキュリティです。
近年、医療機関へのランサムウェア攻撃が相次いでいます。被害の入口になりやすいのは、長年手が入っていない院内のネットワーク機器や、サポートが切れた機器の放置です。水海道さくら病院の支援でも、既存のネットワーク機器にサポート期間が切れたものや用途不明の機器が残存していることが発覚し、まず現状の棚卸しから始めました。「特に問題は起きていない」という状況が、実はリスクを内包していたわけです。

クラウド型の電子カルテそのものは、国が定める情報セキュリティ基準(ISMAP)を満たした環境で動きます。しかし、そこにつながる院内ネットワークが脆弱であれば、そこが侵入口になります。「セキュリティへの投資はコストだ」という見方もありますが、一度被害を受けた際の診療停止・患者対応・信頼の損失を考えれば、これは経営リスクの軽減として捉えるべき問題です。

電子カルテを導入するタイミングは、院内のネットワーク環境とセキュリティを一体で見直す最良の機会でもあります。

補助金について——2026年度、今が使いどきの理由

2026年度、厚生労働省は「医療情報システムのクラウド化に伴う検討事業」補助金を公募しています※3 。補助率は経費の5分の4以内、上限は1億円。新規導入だけでなく、オンプレミス型からの更新も対象です。申請期間は2026年4月1日〜4月30日です。

この補助金で特筆すべきは、「コンサルティング費用」「情報セキュリティ対策費用」「ネットワーク整備費用」まで補助対象経費に含まれている点です。電子カルテ本体だけでなく、業務フロー調査やネットワーク整備といった「成功するための準備」にも使える設計になっています。

申請には参考見積の取得が必要で、そのためには導入の全体方針がある程度固まっている必要があります。業務整理やネットワーク調査と並行して進めることになるため、4月に入ってから一気に動こうとすると間に合わないケースも出てきます。「今年度は情報収集だけ」と思っている方も、まず現状の確認から動き始めることをお勧めします。

おわりに

電子カルテの導入は、コストをかけてシステムを入れるという話ではなく、病院の業務構造そのものを変える機会です。そして今は、国の補助金と政策の後押し、さらには生成AIをはじめとする新技術の登場が重なっている、まれなタイミングでもあります。

「まず何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、現状の整理と課題の可視化を一緒に進めることができます。電子カルテ導入の検討から、業務フローの見直し、ネットワーク環境の整備、補助金活用まで、経営的な視点を持ちながら支援いたします。ご関心のある方は、ぜひメディヴァまでご相談ください。

まずは相談する


【参考】令和8年度「医療情報システムのクラウド化に伴う検討事業」補助金 概要

補助率・上限経費の4/5以内(上限1億円)
対象機関病院(医療法上の病院)
対象クラウドネイティブ型電子カルテの新規導入・オンプレミスからの更新
主な補助対象経費セットアップ費・端末・ネットワーク整備・セキュリティ設計・研修・利用料(最大3年分)・コンサルティング費用 等
申請期間2026年4月1日(水)〜 4月30日(木)


【参照資料】

※1 電子処方箋・電子カルテの目標設定等について(令和7年7月1日 厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001511375.pdf

※2 デジタル社会の実現に向けた重点計画(令和7年6月13日閣議決定)https://www.digital.go.jp/policies/priority-plan

※3 令和8年度「医療情報システムのクラウド化に伴う検討事業」補助金公募要領(厚生労働省医政局)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001671535.pdf


監修

林 佑樹
上智大学経済学部卒業。新卒で大手企業向け基幹システム開発企業に勤務。従業員規模1万人以上の企業向けにITシステムの提案営業からプロジェクト規模数十名程度のプロジェクト管理を行う。地域医療に興味を持ち、2013年よりメディヴァに参画。人生100年時代における医療介護モデルづくりを担当。地域医療を担う医療機関のコンサルティングを行いながら、国内外の医療介護のITサービス開発を行う。ウェラブル端末やIoT機器等を活用した医療者と患者の新しい関わり方や次世代に即した医療モデル開発を担当。

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