2026/04/10/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

目次
バルセロナで最初に口にしたのはサングリアだった。サグラダ・ファミリアのそばにある、いかにも観光客向けのレストラン。ピークの時間を過ぎた閑散とした店内で一人、ストローでフルーツの染みた赤いサングリアを飲む。秋口とはいえ、この日のバルセロナは暖かく、まだまだ氷の入った飲み物が口に合う季節だった。
世界遺産として知られるサグラダ・ファミリアを見たくてこの地を旅程に入れたのに、バックパッカー特有の直前に旅程を決めるという習慣が仇となった。アプリでしか買えない正規チケットは完売。インターネットの代理店では数倍の高値で売られており、私が行きたかった塔に登るツアーは、もう手に入らないものと思われた。試しに生成AIで質問してみると、どうやらサグラダ・ファミリア近くの旅行代理店で売っていることがあるらしい、との情報を得ることができた。
バルセロナに着いて真っ先にそこへ向かい、タワーに登れるチケットはあるかと聞くと、当たり前のように「あるけど、いつがいいの?」とのことだった。この店が買い占めているのではないかと勘ぐりたくもなる。ガイド付きでも値段はかなりリーズナブルだったので、すぐさま入手した。そして少し落ち着いて、こうしてサングリア片手にパエリアが焼き上がるのを待っているところである。
スペインに行った友人は「スペイン料理にハズレはない」と豪語していたが、個人的には半信半疑だった。確かに小皿料理のタパスやオムレツがおいしいのは分かる。だが、パエリアだけは私は許せなかった。というか、苦手だったのだ。好き嫌いがあまりない私が、「嫌いな食べ物は?」という日本人独特の質問にあえて答えるとき、回答として用いる食べ物こそが「パエリア」だった。理由は単純明快で、入っている具材はめちゃくちゃおいしそうなのに、口に入れたときにその味わいがまったく伝わってこないからだ。私は一人、パエリアのことを「素材殺し」と呼んでいた。
しかも、どのスペイン料理店に行っても、まるでセレモニーの最後を任されたかのようにパエリアが出てくる。いったいどうしてこんなものがトリにふさわしいと、みんな思っているのか不思議だった。ということで、人生で一度だけパエリアにチャンスを与えるべく、本場のものを食べてみることにしたのだ。「もしこれでおいしくなければ、二度目はあるまい」と息巻いて、出てくるのを待った。
自分のテーブルに置かれた「それ」を見たとき、いつもと様子が違うことに気がつく。色が黄色くないのだ。どちらかというと茶色。しかも、一人用の鍋に上品に収まっていた。

恐る恐る食べる。すると、口に入れたときに本来この具材なら来るはずの味が、しっかりやってきた。しかも日本米と違ってべちゃべちゃしていない。これはおいしいではないか。ということで、どんどん食べてしまい、すぐになくなった。これを日本で再現しようとしているのだとしたら、だいぶ違うのではないかと思いながら店を後にする。
バルセロナ滞在中に再現性があるか確かめるため、私は三回パエリアを食べたが、どこもおいしかった。本場で食べることがいかに大切であるか。「素材殺し」は「素材活かし」になった。適材適所という言葉が、なんだかしっくりくる出来事であった。
翌日の午前9時のチケットを握りしめて、再びサグラダ・ファミリアにやって来た。正直、楽しみすぎて7時には着いていた。朝は冷え込んできているようで、半袖では少し心もとなく、よさそうなカフェでカプチーノをすすりながら、その時を待った。
サグラダ・ファミリアという名前を聞いたことがある人は多いかもしれない。言わずと知れたアントニ・ガウディが手がけ、今なお建築が続くバルセロナの象徴的な教会である。ユネスコ世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」に含まれているのは、サグラダ・ファミリア全体ではなく、ガウディが手がけた生誕のファサードと地下聖堂である。全体がまだ建設途中であることを思えば、それもどこか納得がいく。
建築中ということは、絶えず新しさを帯びた場所でもある、ということなのだろう。サグラダ・ファミリアは、彫刻や意匠を通してキリスト教の物語や思想を感じ取れるつくりになっている。もし、この「作り続ける」という状況そのものまで含めてデザインなのだとしたら、なんともロマンがある。
ようやく時間になり、ツアーに参加する。本当に入れるのか少し心配だったが、チケットを渡して無事入場できて一安心だ。目の前で見ると、今まで見てきた教会の中でもかなり大きい部類に入ることは間違いない。イメージどおり、岩のような色合いの外観が広がっていた。でも、他のガウディ作品を見ているとカラフルなものも多いのに、なぜここだけ石造りのような色合いなのだろうか。単なる経年変化なのだろうか、そう思いながら教会の中に入ると、そこには信じられないくらい鮮やかな世界が広がっていた。

七色に彩られたステンドグラスは、太陽光をいっぱいに色づけて内部へと広げている。中に入ってようやく、ガウディらしさを感じる建物であることが分かった。外が比較的抑えられた印象であるだけに、中の色彩がより際立って見える。教科書や写真で見るサグラダ・ファミリアとは、だいぶ様子が違う。バルセロナに来てから驚くことばかりだ。日本で抱いていたイメージと違うものが多い。柱の構造にも意味があるらしい。きっと知識を深めれば、より楽しむことができるのだろう。
ツアーの目玉である塔の上まで登ると、窓の隙間から地中海が見える。ギリシャからずっと移動してきた地中海の旅も、ここが最後かと思うと、少しやり切ったような気持ちになった。十年前の自分は、きっとこんなことになるなんて想像していなかったはずだ。せっかくだからもっと近くで地中海を見てみようと、教会を後にした。
サグラダ・ファミリアから歩いて真っ直ぐいけば地中海に出られそうだったので、歩いてみる。体感30分くらい歩くと海沿いに出る。透き通った海と水着を着た人々が海岸を楽しんでいた。これで見納めだなと宿に帰ろうとした矢先、公園で怪我をした。塀を乗り越えようとジャンプした時に頭のイメージよりも飛べなくなっていて、塀に膝裏をぶつけて出血しているようだった。慌ててコンビニらしきところで水を買って洗う。
夜便で飛び立つことになっていたから宿もすでにチェックアウトしていて、カバンだけ預けてる状態だったが、状況を説明してシャワーを貸してもらい洗浄することができた。旅で初めての怪我らしい怪我だった。膝裏なのでどんな傷なのかみることが難しかったが宿で座って携帯を使ってみるとそこまでひどいものではなく安心した。止血できなければプライマリ・ケアを受診することになっていただろう。
試しにバルセロナのプライマリ・ケア制度について調べてみると、公的医療はプライマリ・ケアセンター(Centre d’Atenció Primària: CAP)を基盤として運用されていることが分かる。公的医療を利用するには個人健康カードを取得し、居住地などに応じて担当のCAPで診療を受ける仕組みになっている。CAPでは、家庭医や看護師を中心に、急性疾患への初期対応だけでなく、慢性疾患管理や予防医療も行われる。必要に応じて、ここから専門医療へ紹介される1)。
社会保障により公的医療機関での診察、手術、入院は無料で受けられる。ただし専門医受診が数ヶ月先になること多く、すぐに診療して欲しい人は民間の医療保険に入ることで時間を短縮できるらしい。実はスペインは2040年には日本と並んで寿命が85歳以上となると予測されており、高齢化率も日本ほどではないが上昇傾向となっている2)。そのためプライマリ・ケアの能力を最大化し、効率化するカタルーニャ健康計画というものが2011年から2015年のかけて行われ、慢性疾患が悪化するのを予防し、救急搬送数が減少したというデータがある3)。
医療制度を動かす時にはこんなにもダイナミックに動けるのだろうか。日本から遥か西の国でも高齢化が問題になり、対応をしている。世界的な問題と言えばそうなのかもしれないが、対応策は国によって異なる。アンドラでもそうだったが、公的に集約された医療システムだからこそ、政策と連動することができるのだろう。とりあえず止血できたので今回は受診の必要はなさそうだ。次の目的地にいくためにエル・プラット空港に向かった。

次回は4月24日(金)、ナザレ編になります。
【参考文献】
1)Public health system – Reception Guide. (n.d.). Retrieved April 5, 2026, from http://dps.gencat.cat/WebAcollida/AppJava/en/Menu_Principal/Salut/SistemaSP.jsp@pag=tcm_412-87533-64&pagindex=tcm_412-87531-64.html
2)Foreman, K. J., Marquez, N., Dolgert, A., Fukutaki, K., Fullman, N., McGaughey, M., Pletcher, M. A., Smith, A. E., Tang, K., Yuan, C. W., Brown, J. C., Friedman, J., He, J., Heuton, K. R., Holmberg, M., Patel, D. J., Reidy, P., Carter, A., Cercy, K., … Murray, C. J. L. (2018). Forecasting life expectancy, years of life lost, and all-cause and cause-specific mortality for 250 causes of death: reference and alternative scenarios for 2016–40 for 195 countries and territories. The Lancet, 392(10159), 2052–2090. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)31694-5/ATTACHMENT/EBBA033B-4D71-4515-ADA4-A3B91335C582/MMC2.PDF
3)Contel, J. C., Ledesma, A., Blay, C., Mestre, A. G., Cabezas, C., Puigdollers, M., Zara, C., Amil, P., Sarquella, E., & Constante, C. (2015). Chronic and integrated care in Catalonia. International Journal of Integrated Care, 15(2), e025. https://doi.org/10.5334/IJIC.2205
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