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2026/03/27/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.52/アンドラ編

最後の海と山の国

西に向かう。旅も終盤になり、私にとって地中海における最後の海、バレアレス海まで行く。目的地はスペインのバルセロナ、そして小国アンドラ公国だ。フランスとスペインの国境に位置するピレネー山脈をバスで進む。地図帳の世界が窓の外に広がっていた。その山々は険しいというより、なだらかに広がっていた。境目にしてはなんだか柔らかい。昔はこの道にも関所があったのだろうか。なんだか受け入れられているような気がした。

バスはバルセロナの凱旋門の近くに停まり、私はドミトリーにチェックインした。ここに一泊して、明日バスに乗ってアンドラに向かう。聞き馴染みのない国で、当然のように私も調べなかったら気づくことはなかっただろう。ピレネー山脈に位置するこの国は、面積約468km²、人口約8.8万人の小国である1)。日本でたとえるなら、一つの地方都市ほどの大きさと人口規模で国が成り立っているような感覚だ。そう考えると、日本は決して小さな国ではないのだと、自分の中で謎の自信が生まれる。

どうやらスキーなどの観光業が盛んであり、租税の軽さでも知られている。そのため、隣国のフランスやスペインから買い物に来る人も少なくない。かく言う私も、動画を撮るためのSDカードがなくなってしまったため、その購入をする目的もあった。翌朝、バルセロナ北駅からバスに乗る。スペイン語でやりとりができないので、「アンドラ、アンドラ」といろんな人に聞きながら、バス停までたどり着いた。バルセロナからは3時間ほどで到着する。

山間の道を登ったり降りたりしながら、外の景色を見てみる。日本のような風景が広がっていて、どこか親近感が湧く。国土のほとんどが山に囲まれ、最高峰でも約2942mだという。スケールは違うのに、山に囲まれた国の空気にはどこか馴染みがある。この山並みが地中海から大西洋まで伸びていることを、感覚としては想像できなかった。ずっと稜線を歩けば、確かに伸びていると体感できるのだろうか。知っていることと、感じられることもまた違うのだと気づく。

そういえば、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼路にも、このピレネーを越える有名なルートがある。日本の熊野古道と合わせて巡礼すると、「二つの道の巡礼者」と呼ばれることがあるらしい。山を越えるということにはしんどさがある。だからこそ、終わった時の達成感と高揚感が、信仰を深める要因にもなっていたのかもしれない。

ちなみに、サンティアゴまで徒歩で巡礼したというイタリア人の友達は、「あれをやってから、どの旅もつまらなくなってしまった」と言っていた。旅の興奮を持続させるものとは、一体なんだろうか。私は、旅人はどこかで知的な興奮と肉体的な興奮の両方を求めているのだろうと思う。自分の身体で何かを達成したとか、日常では得られない発見を味わうとか。きっと慣れるのが怖いのだ。だから常に新しいことに触れていないと、旅人の余命は短くなるのかもしれないなと空想しながら入国した。

山々の中で

バスから降りると、なんだか殺風景な街に来たなというのが第一印象だった。天気が良いとはまったく言えない曇り空だったこともあるが、人がとても多いとも言えない場所だった。SDカードを買う以外の目的もなく、とりあえず高いところから街を見てみることにした。

この旅では巡礼路達成こそできないが、首都であるアンドラ・ラ・ベリャにも山道が整備されているようで、それだけでも歩いてみようという気になった。階段を登るが、なんだか息が切れやすい。前に登山した時は大丈夫だったのに、ぜえぜえしてしまう。調べてみると、ここはヨーロッパで最も標高の高い首都として知られているらしい。なるほど、それでかと納得できたけれど、登らないといけないことには変わりない。息を上げながらなんとか登りきり、街並みを見下ろすと、谷間にできた集落のような首都の全貌を眺めることができた。

アンドラの首都の街並み

ビルやタワーといった構造物はない。確かに小さい国なんだろうと思う。よくよく考えれば、日本の田舎道を歩いていて、賑やかな通りに出くわすことはない。冬になればこの地は観光客で溢れかえることになるのだろうか。観光地に観光シーズンではない時に行く人は、一体何を目的にしているのだろう。見るべきところもないままに、少し山道を歩いてから下山した。

なんだか急にお腹が空いてきたので、美味しいものを食べることにした。アンドラ料理で有名なものを調べてみると、エスクデラというスープ料理があるようだ。ふらっと歩いてみると、15時だからか開いている店がそもそも少ない。とりあえずどこでも良いからと営業中のレストランに入り込む。英語のメニューはあるが、店員さんはスペイン語か公用語のカタルーニャ語を話している。コミュニケーションが取れず仕方ないから、わかりやすそうなステーキを注文した。アンドラ牛というのも名産のようなので、とりあえずアンドラっぽいものにたどり着けそうなのはありがたかった。

料理が手元に届き、見た目はかなり綺麗だ。お腹が空いていたこともあって、がっついて口に運んだ。ところが肉が硬い。鶏肉でいうと親鳥のような硬さだ。そもそも日本の牛肉が柔らかすぎるということは、旅をしていて薄々気づいていたが、こんなにも硬いことがあるのだろうか。なんとか切った肉を噛み締めながら、一つずつ消化していった。旅で食べて外れがないのはやはり鶏肉だ。どこに行ってもクオリティに幅がない。牛肉を食べる時は、すごく高い期待をしないようにしなくてはならないと心に誓った。

アンドラで食べた牛肉、柔らかそうに見える

アンドラの医療

こんな山間の国にずっと閉じこもったように住んでいたら、心も塞ぎやすくなるのではないか。グリーンランドでもアイスランドでも、孤立しやすい土地ではメンタルヘルスが大きなテーマになっていたことを思い出す。アンドラでも、メンタルヘルスは国の優先課題の一つとされており、2022年にはPISMAという精神保健・依存症に関する包括計画が承認されている2)。そこでは、治療だけでなく、予防、生活の質、当事者や家族のエンパワーメント、そして関係機関の連携が重視されているようだ。スティグマを減らすための広報キャンペーンも行われている。

また、アンドラの医療制度そのものも興味深く、2つの機関により医療が支えられている。1つは(SAAS)と呼ばれる政府運営の機関で医療施設の運営を行う。国内には12のプライマリケアクリニックと1つの総合病院や介護施設を運営する責任がある。2つ目はアンドラ社会保障基金(CASS)と呼ばれる機関で、国民の98%の医療費がこの機関の保険でカバーされている。ただし一定の自己負担はある。

しかし多くの国民が任意保険にも入ることによって国民全体の自己負担による医療支出は2023年には11%とヨーロッパ最低水準となっている。また生まれてから死ぬまでの期間も2016年から2023年にかけて83.4歳から84.6歳へ上昇している3)

さらに、2017年に公表された Lancet の Healthcare Access and Quality Index では、2015年時点のアンドラのスコアが世界最高水準と報告されている4)。つまりアクセスと質の両面で高い評価を得ていたことになる。聞き馴染みのない小国だが、腰を据えて医療見学に行けば、日本の地域医療にも通じるところがあり、学ぶことのできる知見が多そうだ。コミュニティを少数機関で管理することにより統制と早い意思決定が可能な効率的な医療を提供しているのだと思う。

また医療を行う人や制度を考える人もその地区で暮らしていることも大きい。家庭医療では、地域にただ「関わる」だけでなく、その地域の暮らしの中に身を置いて考える視点が重視される。住んでいるからこそ見えてくる変化があり、関係性があり、言葉にならない違和感にも早く気づける。名も知らぬ小国で、「地域で暮らす」ということの意味をあらためて考えながら、SDカードを買って私はバルセロナに戻ることにした。

アンドラのショッピングストリート

次回は4月10日(金)、バルセロナ編です。

【参考文献】
1)Andorra: geography, history, and system of government | Britannica. (n.d.). Retrieved March 23, 2026, from https://www.britannica.com/summary/Andorra?utm_source
2)Pla integral de salut mental i addiccions (PISMA) – Govern d’Andorra. (n.d.). Retrieved March 23, 2026, from https://www.govern.ad/ca/tematiques/salut/temes-de-salut/pla-integral-de-salut-mental-i-addiccions-pisma
3)Health systems in action: Andorra|European Observatory on Health Systems and Policies. (n.d.). Retrieved March 23, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/publications/i/health-systems-in-action-2025-andorra
4)GBD 2015 Healthcare Access and Quality Collaborators. (2017). Healthcare access and quality index based on mortality from causes amenable to personal health care in 195 countries and territories, 1990–2015: A novel analysis from the Global Burden of Disease Study 2015. The Lancet, 390(10091), 231–266. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(17)30818-8


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