2026/03/16/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント皆元/【監修】取締役 小松大介
目次
医療機関のM&Aが年々増加する中、多くの経営者が直面するのが「契約締結後の現場の混乱」です。機能や組織文化が異なる法人が一つになる際、ルールの不一致やミスコミュニケーションが現場の疲弊を招き、人材の流出につながるケースも少なくありません。
M&Aが本来の目的を達成できるかどうかは、統合後のプロセスである「PMI(経営統合)」の設計と実行にかかっています。
本記事では、弊社の支援事例として、在宅医療クリニックを展開するA法人と、療養型病院を有するB法人という、機能が異なる2法人の経営統合プロセスをどのように整理し、シナジーを生み出す基盤を構築したのか、その具体的なステップを解説します。
今回弊社がPMI支援に入ったのは、人口が減少する一方で在宅医療の需要が増加傾向にある地域に根差した以下の2つの医療法人でした。
A法人(在宅医療中心): 職員数100名未満、売上規模約5億円。訪問診療クリニックを中心に、訪問看護、看護多機能、サ高住、居宅介護を展開。
B法人(療養型病院中心): 職員数100名未満、売上規模約5億円。療養病床(50床未満 )を持つ病院を中心に、訪問看護、通所・訪問リハビリ、サ高住、居宅介護を展開。
両法人は同様の価値観を持ち、訪問看護など共通するサービスを展開していました。一方で、B法人では収支の悪化が継続しているという課題がありました。銀行からの紹介を機に協議を重ねた結果、互いが保有する療養病床や看多機、サ高住などを相互に活用することで、提供できるサービスの幅が大きく広がると判断。増加する在宅ニーズに包括的に応える体制を構築することを目指し、経営統合を決断されました。
統合を進める上で経営陣が最も警戒したリスクは、給与を含んだ就労環境の差による、職員の大量離職だったため、PMIを設計するにあたり、以下の前提条件(ルール)を設定しました。
この前提のもと、具体的にどのように「人事」「組織」「診療」の壁を乗り越える計画を立てたのか、各項目に沿ってご紹介します。
統合において、職員が最も懸念するのは「給与や休日はどうなるのか」という労働条件の変化です。単なる制度統合ではなく、不利益変更を回避しながら職員の納得感を得るプロセス設計が重要となります。
■休日日数の調整
両法人の就業規則を確認したところ、年間休日数に差がありました(A法人:110日、B法人:107日)。
これを単純に低い方へ合わせることは、モチベーション低下や離職リスクを高めます。弊社では、近隣医療機関の休日水準(110日〜120日程度)のデータも提示した上で、両法人の職員にとって待遇改善となる「年間113日(公休+特別休暇)」への統一案を提案しました。これにより、両法人休日増加という形となり、統合による不利益変更を回避しつつ、双方にメリットのある制度設計とすることができました。
■給与水準・手当のシミュレーション
給与体系についても、両法人で大きな違いがありました。
このような場合、制度だけを単純に統一すると、職員個々の待遇に想定外の影響が出る可能性があります。
そこで、B法人の職員をA法人の等級に仮当てし、基本給だけでなく各種手当(当直手当や調整手当など)を含めた「年収ベース」でのシミュレーションを実施するとともに不利益変更を回避しつつ、人件費への影響も考慮した現実的な移行方針を策定しました。
さらに、統合後の本格的な人事基盤として、約1年をかけて全職員の等級当てはめや人事評価制度の設計、報酬制度の見直しを行う「統合人事制度の構築支援」を追加でご提案し、公平かつ持続可能な制度設計への道筋をつけました。また、勤怠管理についても、アナログな管理からクラウドシステムへの移行による業務効率化のロードマップを提示しました。
2つの法人が統合する際、旧法人の枠組みを残したままでは、指揮命令系統が曖昧になりがちです。
■「機能別組織」による連携強化
統合のシナジーを最大化するため、事業所ごとの組織図から「病院部門」「訪問部門」「介護部門」といった「機能別」の組織図への再編を提案しました。これにより、法人間の壁を取り払い、部門を横断したスムーズな連携を促します。
■決裁権限と会議体の整理
組織規模の拡大に伴い、トップへの稟議集中による意思決定の遅延が懸念されます。
そこで、理事長、本部長、部長、課長それぞれの「職務権限(採用、購買、クレーム対応など)」を整理し、権限と責任の範囲を明確化しました。これにより、現場で判断できる事項は現場に権限委譲を行い組織運営のスピード向上を図りました。
あわせて、会議体についても、
といった形で目的と参加者を明確に定義し、経営方針が現場まで正確に伝わるフローを構築しました。
統合の最大の目的は、単なる現状機能の足し算ではなく、両法人の機能を連携させ、地域へ提供する医療・介護サービスの価値を高めることです。弊社では事業統合案、そのときの患者フロー、およびその実現手順を提示しました。
■統合後の事業構成と患者フロー構築
具体的には、以下のポイントで事業を再編・連動させる計画を立てました。


■5年後を見据えた事業計画の策定
中長期的には、B法人の療養病床をより地域ニーズの高い「地域包括ケア病棟」へ転換する計画を検討しました。これには施設基準(看護師の配置数や実績要件など)を満たす必要があるため、統合による訪問看護ステーションのサテライト化(実績の合算)や、具体的な採用計画を盛り込んだ5年間の移行計画を策定しました。
これにより、B法人の収支を改善し黒字化を図るだけでなく、経営統合後に診療機能を含めた体制をどのようなステップで見直していくのかについて、職員に対して明確な方向性を示すことが可能となります。
M&A後のPMIは、単なる事務手続きではなく、新しい組織が機能するための「土台作り」です。今回の第一フェーズにおける弊社の支援を通じて、以下の成果を提供しました。
■現場の負担を考慮した実行スケジュールの策定
法人合併の手続きから、就業規則の統一、勤怠システムの導入、人事制度の構築に至るまで、現場に過度な負荷をかけない「1年間の実行スケジュール」を策定。これにより、統合に伴う現場の混乱を未然に防ぎ、各部門が計画的に実務を進めるための指針を示しました。
■客観的データに基づく中長期的な事業構想の共有
「この統合によって地域にどのような体制を構築するのか」。客観的なデータに基づくシミュレーションを通じて、5年後を見据えた医療・介護機能の統廃合案を可視化しました。これにより、両法人の経営陣によるスムーズな合意形成と、中長期的な方針決定をサポートしました。
PMIにおいては、当事者同士では「これまでのやり方」が壁となり、調整が難航することが少なくありません。外部の専門家が客観的な視点からファシリテートすることで、合理的かつスムーズな統合プロセスを進めることが可能になります。M&A後の組織統合や制度構築でお悩みの医療機関様は、ぜひ一度ご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他