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2026/02/02/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

“Well-being”をどう捉え、医療・介護領域でどう活かすか?ー活用へのヒントを探る

【執筆】コンサルタント梁/【監修】代表取締役社長 大石佳能子

はじめに

“Well-being”という言葉をご存じでしょうか?
これまで、社会の発展や人々の幸せは、GDPに代表される経済指標を中心に評価されてきました。ところが、GDPが過去50年間で3倍に拡大したにもかかわらず、生活満足度は向上せず、うつ病や不安を持つ人の割合の増加が報告される[1]など、「経済成長=人々の幸せの向上」とは必ずしも言えない問題が顕在化してきました。

こうした背景から、2000年代初頭から “Well-being” という概念を用い、健康や社会的つながりなどの要素も含め、人々の幸せや社会の状態をより多面的・包括的に捉えようとする動きが国際的に広がりつつあります。
国内でも同様の議論が進み、経済・財政政策の最重要指針である「経済財政運営と改革の基本方針(通称:骨太の方針)」の2019年版において、内閣府は”Well-being”を政策目標として位置づけ、GDPを中心とした評価軸から、人々の人生や生活を多面的に捉える評価軸へ、政策評価の視点をシフトさせつつあります。

医療・介護領域でも「健康寿命」という数値目標だけではなく、その先にある、Well-beingまでを含めて、施策の成果を捉える視点が求められるようになってきました。
そうした社会を国・都道府県に限らず基礎自治体でも実現するために、国は Well-being を測定するための指標整備や、自治体が実務で活用するためのガイド・活用事例の提示を進めています。このようにあらゆる行政単位で政策目標を Well-being に接続していく動きが活発化しています。
しかし、Well-beingという概念が抽象的で「そもそも Well-being とは何か」「自分たちの業務の中でどう活用すればよいのか」を具体的にイメージするのは、決して容易ではありません。

そこで今回は、なぜ基礎自治体においてWell-beingの視点が求められているのか、そしてWell-beingという視点を医療・介護の領域でどうすれば取り込めるかを、皆さまと一緒に考えていければと思っています。

Well-beingとはそもそも何か

Well-beingには定まった定義はありませんが、「身体的・精神的・社会的に満たされた状態(WHOの健康の定義より)」を指す言葉として説明されることが多いようです。
近年の政策文脈では、人々の暮らしの状態を多面的に捉える評価の枠組み(ものさし)として扱われていて、GDPや健康寿命などの従来指標では捉えにくい「暮らしの実感」(例:生活への満足感など)を、政策の成果として見える化するために使われつつあります。

この枠組みを政策に取り入れる意義は、成果を「量」だけでなく、住民の幸福感など、主観的な実感という「質」の面からも評価できる点にあります。さらにWell-beingは医療・介護にとどまらず、雇用、教育、住まい、地域のつながり等、様々な分野での評価にも活用できる枠組みなので、分野をまたいだ施策の優先順位づけや連携を進めるための共通の評価軸にもなります。

特に医療・介護との関係でいえば、従来の「健康寿命」という指標は主に機能面に焦点を当てているため、孤立や安心感、本人の希望に沿った暮らしといった質的な側面は見えにくいという問題があります。しかし、健康寿命のその先にある概念としてWell-beingを導入することで、暮らし全体の成果として施策を評価するための上位のものさしを持つことができます。

Well-beingを政策目標とする上で、質を「測る」ための指標開発が国内外で取り組まれています。多くの指標は以下に例示するような人々の生活に関連する多面的な分野を主観・客観的指標の両面から評価する設計になっています。

例えば、図1のOECDが開発した指標[2]では、現在のWell-beingを捉えるために「所得と富」「主観的Well-being」などの分野を設定し、客観的な事実としての状態を示す客観指標と、主観的にどう感じているかを示す主観指標を組み合わせて測定できるよう設計されています。

図1:Well-Beingを測定するために開発された指標の例①:OECDのWell-being測定のフレームワーク[2]

日本でも内閣府などが中心となって、図2のような「地域幸福度(Well-being)指標」[3]が開発されており、複数の分野にまたがる指標群を組み合わせて、地域の姿を多面的に把握しようとする動きが進んでいます。

図2:Well-Beingを測定するために開発された指標②:地域幸福度(Well-Being)指標の構成図(デジタル庁)[3]

なぜ基礎自治体での活用が求められているのか

政府が基礎自治体にまでWell-beingの概念導入を求める背景は、全国一律の指標だけで政策の成果を評価すると、地域ごとの住民の価値観や感じ方の違いを十分に反映できず、地域の課題設定や施策の優先順位づけがズレる恐れがあるためです。Well-beingを基礎自治体レベルから取り入れれば、地域固有の「暮らしの実感」を政策評価に反映しやすくなります。

例えば、その地域が「個人の自立」を重視する文化圏なのか、「集団の調和」を重視する文化圏かによって、政策を通じて実現すべき社会像が変わってきますが、Well-beingを用いて政策を評価することで文化圏ごとの違いを考慮したあるべき姿の実現に近づくことができます。

また、国内でも地域差があります。例えば、都市部では「通勤時間」や「居住環境(住まいの広さ・家賃負担)」がWell-Beingに影響しやすい一方、地方部では「移動手段の確保」や「医療・買い物等へのアクセス」が影響しやすい、といった違いがあります。こうした差は、同じ全国指標で比較するだけでは背景が読み取りづらく、政策上の打ち手にもつながりにくい場合があります。

このような背景から、Well-being をめぐる議論は、内閣府の「骨太の方針」の中でも、ここ数年は国レベルの方針提示から、基礎自治体レベルでのKPI設定・活用へと、徐々に重心を移してきました。

Well-beingに関する記述
2019年人々の満足度(well-being)の観点から見える化する「満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)」の構築を進め、関連する指標を各分野のKPIに盛り込む
2020年人々の満足度 (well-being)を見える化し、分野ごとのKPIに反映する
2021年政府の各種の基本計画等について、Well-being に関するKPIを設定する
2022年持続可能な経済社会の実現や個人と社会全体のWell-beingの向上、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を目指す各政策分野におけるKPIへのWell-being指標の導入を進める
2023年政府の各種の基本計画等におけるKPIへのWell-being指標の導入を加速するとともに、こどもに着目した指標の在り方について検討する。さらに、地方自治体におけるWell-being指標の活用を促進する
2024年希望あふれるWell-beingの高い社会の実現を目指す客観指標と主観指標を併用し経済成長や政策効果を多面的に評価するなど、行政におけるWell-being指標の活用を促進するとともに、当該指標と各種政策との関係性を整理する
2025年国民一人一人にとって、Wellbeing(幸福度)の高い、豊かさ、安心・安全、自由、自分らしさを実感できる活力ある経済社会を構築するWell-beingの高い社会の実現に向け、働く、学ぶ、健康、子育て、地域の生活に関連する基本計画や大綱において、生活のWell-being改善につながる実効的なの設定を進めるとともに、Well-beingの把握を継続・強化する
表1:内閣府「骨太の方針」でのWell-beingに関する記述の変遷(過去の内閣府の経済財政運営と改革の基本方針から作成)

上記のように、Well-beingは各種基本計画のKPIとして組み込むべきものとして位置づけられつつあり、それを促すためにも、「デジタル田園都市国家構想交付金」の一部類型では、先述の地域幸福度(Well-being)指標の活用が一つの要件[4]にもなっており、国として活用を推進しています。
つまり、Well-beingの概念理解や政策・施策への活用が実務上の要請になり始めており、基礎自治体での利活用が避けて通れないフェーズに入りつつあるのです。

Well-beingという視点を持って、医療・介護の領域を眺めてみる

では、医療・介護領域でWell-beingをどう活用すればいいのでしょうか?
東京都荒川区や岩手県などの一部の先進的な自治体では、理念的な政策目標としてWell-beingを提示するだけでなく、KPIの設定や施策への反映まで取り組まれています。

ただ、そこに至るプロセスは決して平坦ではなく、これらの自治体は2000年代からの取り組みを積み重ねて、現在に至っています。
そこで本稿では、まずはWell-beingという概念を通じて、医療・介護の領域を捉え直すための「はじめの一歩」として、取り組みを始める際の考え方を整理してみたいと思います。

ステップ①:地域の「現在地」を多面的に見てみる

デジタル庁の「地域幸福度(Well-Being)指標」では、ダッシュボード上で基礎自治体ごとの指標を確認できます。自分の自治体や比較したい自治体を選ぶだけで、各カテゴリのスコアを辿れるので、まずはここから地域の「現在地」を俯瞰してみましょう。

この指標のポイントは、同じカテゴリを「主観(住民の実感)」と「客観(統計等)」で比較できる点にあります。
図3の北海道札幌市の場合、主観では「初等・中等教育」「事故・犯罪」「移動・交通」「医療・福祉」「公共空間」が相対的に高く、暮らしの基礎的な基盤に対する実感は悪くない、一方、「地域とのつながり」「多様性と寛容性」「デジタル生活」は伸びにくい、という凸凹が見えます。

ここで重要なのは“凸凹”に加えて、“主観と客観のズレ”です。
札幌市は、デジタル生活のように「客観は高いが、主観は低い」領域があり、環境整備は進んでいても住民の体感が追いついていない可能性を示唆します。
逆に、医療・福祉や雇用・所得は「客観は低いが、主観は高い」ため、資源量や統計的条件とは別の要因(アクセスのしやすさ、支援の手厚さ等)が住民の実感を作っている可能性が見えてきます。

図3:北海道札幌市の地域幸福度Well-being指標[5]

ステップ②:医療・介護領域とWell-beingの関係を考えてみる

医療・介護の当事者として図3を読むときは、「医療・福祉」「健康状態」といった医療・介護が直接関与しやすい領域だけでなく、医療・介護の関与が相対的に低い領域にも目を向けてみましょう。

Well-beingは多面的であるため、医療・介護の外側に見える差分が、むしろ重要な示唆につながることがあります。
札幌市で象徴的なのは、医療・福祉が「客観は低いが、主観は高い」である点です。
医療・介護資源量などの“量”が全国比で潤沢でなくても、アクセスのしやすさ、地域包括支援センター等の相談導線、在宅支援の回し方、切れ目の少ない連携など、「住民が困ったときに詰まらない」いった“体験”側で満足感が作られている可能性が見えてきます。

一方、デジタル生活は「客観は高いが、主観は低い」であり、医療DXや介護のデジタル化を進める際も、インフラ整備だけでなく、「使える人と使えない人の差」「使いにくさ」「必要な情報に辿りつけない」といった利用体験・アクセシビリティの問題が現れやすいことが示唆されます。

さらに雇用・所得の「客観は低いが、主観は高い」は、経済条件の弱さが生活実感に反映されていない可能性を示唆します。
もっとも指標は相対評価であり、一概には言えませんが、仮に平均としては満足でも、単身高齢者、ひとり親、就労困難層などが取り残されている場合、所得・就労の課題が健康悪化や受診抑制として遅れて顕在化するリスクがあります。
医療・介護の現場は、そうしたリスクが結果として表れやすい場所でもあるため、層別に見ていく視点の必要性についても、指標から見えてくるのではないでしょうか。

ステップ③:多様な地域の関係者で検討する場を設けてみる

ステップ②で見た通り、Well-beingは医療・介護関係者の視点だけでは説明しきれない論点が残り得ます。
札幌市の例でいえば、デジタル生活は「客観は高いが、主観は低い」ため、何が住民の体感を下げているのか(使い勝手、情報到達、利用できる層の偏り、支援の不足など)を、行政のデジタル担当や窓口部門、地域団体、当事者(高齢者・障害者等)と一緒に分解しないと、医療・介護側だけでは仮説止まりになります。

同様に、医療・福祉や雇用・所得は「客観は低いが、主観は高い」ため、その満足がどの層で成立しているのか、逆に誰か取り残されていないかを確認しないと、「強みに見えるが課題が潜む」可能性を検証できません。
また、地域とのつながりや多様性と寛容性は、医療・介護が関与できる余地はあるものの、教育、地域活動、企業、住民組織などの関与がないと構造が見えにくい領域です。

そのため、まずは身近な範囲(個人/部署)から始めつつ、医療・介護の関係者に加えて、住民、教育、地域産業、地域活動などの関係者も巻き込みながら、多様な視点で検討する場を設けてみるとよいでしょう。

図3のズレが大きいカテゴリを起点に、「何が体感を下げているのか」「誰かが取り残されていないか」「医療・介護が担う/他領域に委ねる/つなぐ領域はどこか」の整理を行う場を設けることが、Well-beingという視点の活用の一つの入り口になるはずです。

最後に

経済成長や機能回復といった「量・機能」の追求だけでは、人々が幸せを実感しにくい時代になっています。だからこそ「私たちにとっての幸せとは何か」という根源的な問いに向き合う入り口として、Well-beingという概念が重要だと考えています。

Well-beingは曖昧で、測定しきれない部分も確かにあります。
しかし、この概念を手がかりにすることで、住民を一人の「生活者」として捉え直し、その幸せをどう支え、どう育んでいくかを考え直すことができるのではないでしょうか。あわせて、地域を捉え直すことの重要性も、これまで以上に増していくと考えられます。

メディヴァでは、レセプトや健診情報などの「客観データ」と、住民アンケートやインタビューなどの「主観データ」を組み合わせ、生活者視点に立った地域分析・施策検討をご支援しています。
Well-beingを入り口に、医療・介護政策や現場の取り組みをどう変遷させていくか。
皆さまの自治体や医療・介護現場で、その問いを深める際の一助となれば幸いです。

まずは相談する

【参考文献】
[1] Diener, E.; Seligman, M. E. P. 2004. “Beyond Money: Toward an Economy of Well-Being.” Psychological Science in the Public Interest, 5(1), 1–31. https://doi.org/10.1111/j.0963-7214.2004.00501001.x
[2] 横山直 他. 2024. 『Well-being “beyond GDP”を巡る国際的な議論の動向と日本の取組』. 内閣府 経済社会総合研究所(ESRI). https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/e_rnote/e_rnote090/e_rnote082.pdf 
[3] デジタル庁; 一般社団法人スマートシティ・インスティテュート. 2025. 『地域幸福度(Well-Being)指標利活用ガイドブック』. https://well-being.digital.go.jp/downloads/guidebook/Well-Being_guidebook_full_19Mar.pdf 
[4] 内閣府 他. 2024. 『デジタル田園都市国家構想交付金 デジタル実装タイプ(TYPE1/2/3等)制度概要(増補版)』. https://www.chisou.go.jp/sousei/about/mirai/pdf/digidenkohukin_2023type123_gaiyou2.pdf 
[5] デジタル庁. 『地域幸福度(Well-Being)指標 ダッシュボード』.
https://well-being.digital.go.jp/dashboard/ (参照 2026-01-08)


監修

大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。

メディヴァの地域分析・政策立案支援について