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2025/12/17/水

医療・ヘルスケア事業の現場から

急増するメンタル休職の労務リスク回避と事業所が「今すぐ」取るべき実務対応ルール

【執筆】コンサルタント川木/【監修】取締役 小松大介

はじめに

「従業員がメンタル不調により急に出勤しなくなったが、どのように対応すれば良いかわからない」。近年このような相談が急増しています。多くの事業所が、従業員の健康問題の初動対応とルールの不足により、深刻な労務トラブルに巻き込まれつつあります。

特に、人の命や生活に関わる医療・福祉業界は、そのリスクが突出しています。最新のデータでは、精神障害による労災認定件数(2024年)は、医療、福祉が270件と、全業種の中で最多となっており、医療・福祉の事業所は組織を守るための対策が急務となっていると言えるでしょう。

本記事では、社会保険労務士として著者が労務支援に携わってきた経験をもとに、医療・福祉業界の健康問題の現状から法的リスクを検討し、その土台となる就業規則や実務ルールを「明日にでも見直すこと」が、組織防衛のための最優先事項であることを提示します。

現状分析:メンタル不調による休職、労災発生の現状

1.厚生労働省調査

厚生労働省の「労働安全衛生調査」によると、全労働者のうちメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は約0.5%台で推移しており、医療・福祉業界においても同等の水準となっています。

メンタル不調により休業した労働者又は退職者がいた事業所割合及び労働者割合


しかしながら、「精神障害による労災請求認定件数」のデータによると、医療・福祉従事者は、長年全業種の中で最多を占めており、これは休業の有無にかかわらず、業務が原因とされる精神障害の発生リスクが非常に高く、業務負荷が極めて高いという業界の性質を反映していると言えます。

業務災害に係わる精神障害の支給決定件数の多い業種

(出典:厚生労働省「労働安全衛生調査(実態調査)」、厚生労働省「精神障害の労災補償状況」より)

2.医療・福祉従事者が不調を起こす背景

 これには、人の生死に関わる業種であることはもちろんのこと、他の業種には見られない業界特有のストレス要因が存在します。

  • 夜勤や交替制勤務による不規則な労働時間
    主に病院では、夜勤や交代制勤務を採用しており、生活リズムが乱れやすく、疲労蓄積や体内リズムの乱れがメンタル不調に直結しやすい。
  • 少数精鋭で業務にあたることによる閉鎖性
    クリニックなど、人間関係が固定化されやすい事業所では、不安や不満の「ガス抜き」が行われづらく、職場の対人ストレスが溜まりやすい。
  • 患者や家族からのカスタマーハラスメント
    医療・福祉サービス提供における患者や家族からの不当な要求や暴言は、従業員の精神的負担を大きくし、休職の直接的な引き金となるリスクが高い。

以上のことから、医療・福祉業界においては、従業員のメンタル不調による休職の発生リスクが極めて高く、早急の備えが不可欠であることがわかります。

組織防衛の視点:休職発生による労務リスク

メンタル不調による休職には、単なる欠員リスクにとどまらず、事業所の存続に関わる法的、金銭的リスクが発生します。

1.安全配慮義務違反やハラスメントの訴え

休職前後、特に復職時において、従業員の健康状態の把握を十分に行っていなかったことが要因として病状が悪化した等の場合、事業所の安全配慮義務が疑われ訴訟に発展するケースがあります。

例:主治医の「復職可」の診断書を基に、産業医の意見を聞かずに復職させた結果、すぐに再休職し、会社が安全配慮義務違反で訴えられた。

2.立替分社会保険料や給与未払いによる金銭トラブル

休職に関する規程の整備が進んでいない事業所に起こり得るのが、社会保険料の従業員負担分の未払いや、不適切な休職命令による給与の遡及請求といった金銭的なトラブルです。

例:従業員が音信不通になり、立て替えた社会保険料の請求書を送っても戻ってきてしまい、数カ月分の未納金が不良債権化した。

3.復職判断や休職期間満了時のトラブル

復職の可否や休職期間満了にも客観的で合理的な理由が必要です。事業所の一方的な判断により従業員の病状悪化をもたらすこともあれば、不当解雇などの訴訟に発展するケースも少なくありません。

例:就業規則に「休職期間満了で自然退職」の規定がなかったため、休職期間を過ぎても解雇できず、元従業員との間で長期間にわたり雇用継続の有無が争われた。

いずれのリスクも従業員との信頼関係の破綻に直結するだけでなく、事業所のブランドイメージを大きく損なう可能性を孕んでおり、早急に排除するべきです。

※安全配慮義務
≪労働契約法第5条 労働者の安全への配慮≫
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

従業員を守る視点:予防と早期発見、再発防止の実践的対策

従業員にとっての不安やストレスの原因は「ギャップ」と「心理的安全性の欠如」にあり、これらの要因を取り除くことが、予防と早期発見、再発防止につながります。

1.カジュアル面談、職場見学の導入

入職直後のギャップを解消するため、募集要項との乖離が無いよう努めることはもちろんですが、実際の仕事の質感や職場の雰囲気を感じてもらうことは、採用の優位性を高める効果以上に、入職者とのギャップを埋める制度と言えます。

2. 1on1、評価面談の実施

認識のギャップを埋める作業も必要です。事業主の気付かない思わぬ不安材料の吸い上げ、期待する役割のすり合わせを行うことは従業員の心理的不安を取り除く上で非常に有効な手段です。

※上司と部下が1対1で定期的に行う対話。業務の進捗確認だけでなく、部下の成長支援やモチベーション向上を目的としています。

3.ストレスチェックの実施

現在は従業員50人以上の事業所に対し実施が義務付けられていますが、今後数年以内に、中小企業を含めた全ての事業所において実施が義務化される見込みです。定期健康診断と同様、年1回、医師や保健師によるストレスチェックを実施することで従業員の抱える心理的不安の早期発見、早期対策の仕組みづくりが可能となります。

4.リハビリ出勤制度の導入

復職した従業員が再休職しないための対策も非常に重要な観点です。すぐの現場復帰を促すのではなく、まずは「リハビリ出勤期間」を設けるなど短時間勤務や軽作業から始めることで、従業員の円滑な復帰に配慮するのみならず、業務遂行能力の見極めにも寄与します。

根本的な制度設計や慣習の見直しはもちろん事業所として改善を図るべきことながら、それらの是正には一定の期間と大きな労力が伴うことが大半です。しかしながら上記のような工夫により従業員の不安を取り除くことは可能です。

制度面の対策:休職に関する実務ルールの整備

どのような対策を講じていても、メンタル不調は事業所起因に限らない複合的な要因で生じる可能性があります。実際にメンタル不調による休職が起こってしまった際のリスクを排除する上で最も重要なのが、就業規則(院内ルール)での制度化です。

1.就業規則(休職規定)等の見直し

チェックポイントなぜ必要か
休職期間の終了時、「主治医の意見等も踏まえ、事業主が指定した医師(産業医等)の判断に基づき」復職の可否を事業所が決定する旨を明記しているか。客観的な判断により復職後の再発リスクを軽減し、主治医の診断書のみで判断したことによる安全配慮義務違反リスクを防ぐ。
休職期間が明記されており、かつ期間満了しても復職が認められない場合、「その日をもって自然退職とする」旨を明確に規定しているか。期間設定することで補填要員の採用の見通しがつき、自然退職規定により不当解雇として訴えられるリスクを低減させる。期間設定がない場合、実質無期限休職となる。
私傷病による休職期間中は、「給与を不支給とする」旨を明確に規定しているか。無給を明記しないことで、労働契約上の義務として給与請求されるリスクがあるため、ノーワークノーペイの原則を確認する。
休職中の従業員に対し、定期的な病状報告(診断書の提出等)を義務付け、これに応じない場合は懲戒処分の対象となる旨を明記しているか。従業員の状況を適正に把握し、休職延長や復職可否の判断を可能にするため。報告義務を怠る従業員への対応を明確化する。
休職中の社会保険料の本人負担分について、毎月の徴収方法(振込・口座引落など)と、滞納時の取り扱いを明記しているか。音信不通による立替金(不良債権化)リスクを防止するため。徴収ルールを事前に定めておくことで正当な請求が可能となる。
リハビリ出勤期間と、期間中の処遇(給与の有無、社会保険の取り扱い)を明確に規定しているか。期間中の労働条件を明確にすることで、給与に関するトラブル、復職時の安全配慮義務違反リスクを防ぐ。

2.入職書類等で行える対策

メンタル不調者特有の音信不通リスクなど、就業規則でカバーしきれない部分を、入職時の書類や合意で補強します。

チェックポイントなぜ必要か
本人以外に連絡可能な緊急連絡先(身元保証人等)の確認と、利用の合意を得ているか。本人と連絡が取れない際の安否確認、社会保険料等の重要連絡のために必須。
退職に関わらず休職発令時に、貸与物(PC、鍵、IDカードなど)の即時返却を求める規定や合意があるか。情報漏洩や備品紛失のリスクを回避するため。特に医療情報は厳重な管理が求められる。

3.規則がない場合の臨時対応

就業規則がない、または曖昧なまま従業員から休職の相談を受けてしまった場合は対策できないのでしょうか?そのような場合でも個別の休職発令書などに上記の内容を盛り込み、本人との個別合意を取り付けることで、臨時の労務リスク低減は可能です。緊急時や未整備であっても必ず書面合意を行ってから休職を認めるようにしてください。

おわりに

メンタルヘルス対策の理想は「予防」と「早期発見」、「再発防止」の深掘りによる制度化、風土改善です。しかしながら、従業員の心の健康は現在進行形であり、これらの仕組みの導入、是正を待ってくれるものではありません。

現状とリスクを十分に認識し、明日の貴院・貴施設に起こったら?の想定のもと、まずは実務的な予防策の導入を検討し、そして最優先として就業規則等の見直しを強くお勧めします。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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