2025/11/19/水
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント小林/【監修】取締役 小松大介
目次
2025年現在、65歳以上人口は3619万人で、総人口に占める割合は29.4%と過去最高となっています[1]。急性期病棟では入院患者の平均年齢が85.9歳[2]、地域包括ケア病棟では入院患者の中央値が80~84歳で、患者の半数以上が80歳以上を占めています[3]。これらの病棟では、高齢化に伴い嚥下・認知機能が低下した患者が増加しており、食事中の窒息や誤嚥リスクが懸念されています。
こうした急激な高齢化に直面する病院では、様々な対応を迫られています。①患者の安全と健康、②患者にとってのQOL、③経営的影響(残業、離職、採用コスト)という3つの構造上のリスクがあります。
院内で発生する窒息事例の多くは、既往に嚥下障害があるものの経口摂取が自立している患者、特に入院早期の高齢者に見られます[4]。また、誤嚥性肺炎は90歳以上の男性の死亡原因の第5位であり、嚥下機能が低下した高齢者では珍しくない疾患です[5]。さらに、認知機能低下を合併している患者も増加しており、急性期・地域包括ケア病棟では、限られた人員での適切なケアの維持が難しくなっています。
食事時間が長引くことにより食事が冷めて粘度が変化することや、水分が分離することにより、嚥下障害がある患者は誤嚥しやすくなります。また、長時間に及ぶ食事は、患者の疲労や覚醒状態に影響し、誤嚥リスクを高めます。食事が冷めることにより、食欲の低下や摂取量の減少にもつながり、低栄養や体重減少の原因にもなり得ます。
食事介助は、病院業務の中でも患者と最も直接的に関わる行為であり、患者にとっても「食べる楽しみ」や「生活の実感」を支える重要な時間です。しかし、食事介助に時間がかかることで、食事が冷めて味や質感が変化し、食欲や満足度を損なうことがあります。また、職員側の負担増加によって介助の質や関わりの丁寧さが低下すれば、患者の心理的満足度にも影響を及ぼします。
支援先で実際に見られた状況として、職員は食事の楽しみを提供しながら安全に配慮する必要がある一方で、看護師一人が複数の食事介助を要する患者を同時に担当することもありました。患者1人あたりの食事介助に一定の時間を要するため、複数名を担当するとそれだけで相当な時間を割く必要があり、他の業務に着手できない状況が生じています。さらに、吸引などの医療的処置や配薬などの業務も並行して行う必要があり、結果として記録業務などが後回しになるケースも見られました。
やりたい看護・介護を実現したいという思いがあっても、効率化との板挟みの中で仕事へのモチベーションやエンゲージメントが低下しています。食事介助に多くの時間と人手を要することで、業務全体が圧迫され、結果として残業や疲労の蓄積を招いています。
このような状況は、離職や採用コストの増大、さらには医療事故リスクの上昇といった経営的影響にもつながります。医療従事者が働きやすい環境を整えることは勤務環境を改善させる取り組みが不可欠であり、「医療の質」が向上し、患者の満足度も向上します[6]。
したがって、食事介助業務の増大を単なる人員配置の問題としてではなく、組織構造上のリスクとして経営戦略の中で捉えることが重要です。
病棟の食事介助の負担を軽減するために、配膳の時間を各患者に合わせてずらすことはできるのでしょうか。食事を出す時間をずらすと、温度管理(保温・保冷)や衛生管理が難しくなり、食中毒リスクが上がるため、原則として一斉配膳となります。また厨房側は食品業者に委託していることも多く、調理・盛付・配膳・下膳までが厳密にスケジュール化されており、配膳車を戻す・再配膳する手間は、人件費・作業動線・衛生ルール上、実用的ではありません。患者にとっても、規則正しい食事時間は、体内時計をコントロールし、体調維持につながります。
食事介助は、患者一人ひとりの状態を見極めながら行う業務であり、単純なタスクチェンジやDX化が難しい領域です。そのため、タスクシェアやシフト調整によって、多職種で支え合う体制づくりが求められます。食事介助は看護職のみの業務ではなく、チームケアによる分担と専門性の活用が求められています。多くの医療機関で、看護師と介護士や看護補助者による分担体制を組み、食事介助を行っています。言語聴覚士による嚥下障害患者への評価を行い、介助の方法を病棟へ指導することにより、誤嚥・窒息リスクを下げます。また、栄養士が食事形態の調整や、栄養状態の確認、理学療法士や作業療法士による姿勢調整や、適切な食器の選定を行うことにより、より安全で各患者に適した介助を行っていくことができます。また、算定条件に制限がありますが、摂食嚥下加算算定を活用し、医師や看護師、リハビリ職など多職種で構成されたチームをつくることにより、それぞれの知見や専門性を合わせて、安全に食事をし、患者の回復を促進していくことが見込めます。さらに、多職種のチームで介入していくことにより、一人の患者をみんなでみて早期退院を目指すという職員意識の向上も目指せます。
スタッフ一人一人の負担軽減と安全性向上、そして患者満足度の向上を実現することは、組織の持続的な成長と医療の質を両立させるための重要な鍵となります。経営層にとっては、食事介助へ介入は、単なる「業務改善」ではなく、離職防止・医療安全・収益確保(摂食嚥下加算)の戦略的取組として位置づけることが重要です。
弊社が開発した業務量調査アプリ『MIERU』を用いて、400床規模の急性期を中心としたケアミックス病院の看護業務改善を行った事例を紹介します。
事例:地域包括ケア病棟(A病院)
<調査概要>
一人1台『MIERU』端末が入ったスマートフォンを携帯し、勤務開始から終了までの間、その時に実施している業務の実施時間を計測。
病床数:52床(調査月の病床稼働率94%)
調査期間中の人員配置:
【日勤帯】看護師長、病棟看護師9名、介護福祉士5名、クラーク1名
【準夜勤帯】看護師2名、介護福祉士2名
【深夜勤帯】看護師2名、介護福祉士1名
調査期間:7日間
結果、当病棟は1日の中で総計9.9時間[7]を食事介助に費やしていることがわかりました。特に深夜勤帯が朝7時から9時まで日勤のスタッフと交代するまで食事介助と配薬を行っており、残業の主たる要因となっていました。またほとんどの入院患者において、食事介助が必要な状態であり、看護師が順番に介助していくなど対応に迫られていました。病棟配属の介護福祉士や看護補助者は、誤嚥リスクの少ない人の食事介助のみを行っており、安全性の観点から、看護師から他職種へのタスクシフトはほとんど行われていないことが判明しました。そのため、看護師だけでの対応では時間がかかり、食事が冷めてしまうなど、患者満足度低下への影響も懸念されました。食事時間を変更・分散することは、患者の生活時間および給食運用の都合から現実的でないため、看護師以外のマンパワー補充が必要ということがわかりました。
これらの結果から、①主に日中の食事介助を、看護補助者や他職種への部分的に依頼すること、②誤嚥リスクに応じて、ハイリスク患者は看護師、言語聴覚士、その他は看護補助者で分担していくこと、③必要に応じて、理学療法士や作業療法士、栄養士への協力も依頼し、食事のケアへ関与をすること、④安全の質担保のため、言語聴覚士による嚥下講習を定期的に実施することなどの4点を改善施策に組み込み、病院全体で支える安心安全な食事介助体制の構築を検討しました。他部署にも出勤時間が異なることや、算定上連携を依頼しにくいという声も聞かれましたが、日中の食事介助だけでも介入している病院の事例なども紹介しました。その結果、まずは介護福祉士や看護助手が積極的にタスクシェアをしていき、リハビリ課にも要請していく方針となりました。看護師だけでなく、病院全体で協力体制をつくることにより、効率化が難しい食事介助業務において、一人当たりの時間的負荷が減り、安心で安全な食事介助が望めると考えられます。
高齢化に伴い、嚥下障害や認知症をもつ患者の増加が見込まれるなか、食事介助をいかに安全かつ効率的に行うかは病院にとって喫緊の課題です。
支援先では、業務量調査アプリ『MIERU』による業務可視化により、現場の努力と負担の実態が明らかになりました。
今後は、“個人の頑張り”に依存しない体制設計へと転換し、多職種で支える仕組みを構築することが求められます。適切な食事介助は、患者の栄養状態を改善し、早期退院を促進します。また温かくおいしい食事の提供は、患者のQOLと満足度を高めるだけでなく、医療サービス全体の質向上にもつながります。
これらの取組は、患者の安全確保・職員の定着・医療の質向上のいずれにも寄与します。経営層がこれらのデータを活用し、食事介助を経営課題として戦略的に位置づけることが、病棟の持続可能性を左右します。
[1] 総務省(人口推計 2025年9月15日現在)
[2] 厚生労働省『要介護者の高齢者に対応した急性期入院医療(R5.3.15)』
[3] 厚生労働省『新たな地域医療構想について』(令和6年9月30日)
[4] 急性期病院での食事による窒息事例の検討(塚谷ら 2017)
[6] 厚生労働省『勤務環境改善マネジメントシステムの概要』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/quality/index.html
[7] 調査期間のうち特定日を指定し、日勤6.4時間、準夜勤1.7時間、夜勤1.9時間で計9.9時間であった。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他