2025/10/27/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
【執筆】コンサルタント 藤原/【監修】代表取締役社長 大石佳能子
目次
地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい生活を続けられるように、医療・介護・予防・住まい・生活支援を一体的に提供する仕組みのことです。特に生活期(自宅や地域での暮らしを中心に過ごす段階)では、医師・看護師・介護職・リハビリ職・ケアマネジャーなど多くの専門職が関わり、切れ目のない支援を行うために多職種連携が不可欠です。
しかし現状では、こうした多職種連携が必ずしも十分に機能しているとはいえません。全日本病院協会の「かかりつけ医と多職種連携に関する調査研究事業」では、地域のかかりつけ医療機関が抱える課題として「ICT(情報共有システム)の知識不足」や「設備導入不足」と並び、「連携可能な地域資源の把握が不十分」と回答した割合が20.4%にのぼると報告されています。この結果からも、情報共有の課題や地域資源に関する認識不足が、在宅医療・介護における連携を妨げている可能性があることが分かります。

多職種連携が十分に図れない背景の一つには、地域資源に関する情報の共有や把握不足があると考えられます。医療・介護それぞれの専門職が、自分の領域以外で利用できるサービスや支援策(インフォーマルサービスを含む)を十分に理解していないケースは少なくありません。
前述の調査結果でも、地域の医療機関にとって「利用可能な地域資源を知らないこと」が連携上の大きな課題に挙げられています。さらに、厚生労働省が作成した「令和6年版 通いの場の課題解決に向けたマニュアル」においても、「医療機関や介護事業所が地域の通いの場(高齢者の集いの場)を把握していない」という現状が指摘されています(https://www.mhlw.go.jp/content/001244024.pdf)。
このように、各職種が互いの領域のサービスや地域資源を十分に理解していないことは、必要な時に適切なサービス連携や紹介を行う妨げとなります。その結果として、患者・利用者に対する支援が断片的になってしまう恐れがあり、地域包括ケアの理念が十分に実現できない要因になりかねません。
地域資源の把握、すなわち「見える化」は、多職種連携を強化し包括的なケアを実現する上で極めて重要です。各職種が地域に存在するサービスを網羅的に理解していれば、患者・利用者の多様なニーズに合わせて適切な支援につなげることができます。
例えば、在宅療養をしている高齢者に対して、主治医が医療面だけでなく生活支援サービス(配食サービスや買い物支援、デイサービス以外の通いの場など)を把握していれば、ケアマネジャーと協働して包括的な支援計画を立てやすくなります。逆に地域資源を知らなければ、本来利用できたサービスを見逃してしまい、本人や家族の負担増につながる恐れがあります。
行政もこうした課題を認識しています。厚生労働省が報告した地域包括ケアシステム構築のプロセスにおいても、地域資源を把握し、それを「見える化」することの重要性が明記されています。さらに、地域資源情報の可視化によって、どの分野に支援が不足しているかを明らかにすることができ、新たなサービスの立ち上げや既存資源の強化にもつなげることが可能です。

各地の自治体では、地域資源の情報共有や連携強化に向けた工夫が進められています。その一部をご紹介します。
【背景】
練馬区では、地域資源の現状把握が不十分で、経年的なデータや住民・事業者の声が十分に反映されていないという課題がありました。そこで在宅療養推進事業の一環として、3年に1回の医療・介護資源調査を実施する仕組みを整備しました。
【取組】
この調査では、病院・診療所・薬局・訪問看護ステーション・居宅介護支援事業所・高齢者向け住まいなどを対象に、郵送やWebで回答を収集し、自由記述によって現場の意見も反映しています。調査結果は公開され、設置場所や体制が「見える化」されました。
【成果】
在宅医療資源の拡充や相談体制の強化に活用され、またケアマネジャーや相談窓口が正確な情報をもとに適切なサービス選択を行えるようになっています。その結果、利用者一人ひとりの状況や希望に応じた支援につながり、切れ目のない在宅療養や生活支援の実現に寄与しています。
【背景】
柏市では、従来は医療・介護資源の情報が機関ごとに分散し、連携が煩雑であることが課題でした。そこで「地域を一つの病院」と見立て、医療・介護資源を一元管理する仕組みを整備しました。
【取組】
具体的には、多職種情報共有システム「カシワニネット」を導入し、患者情報や地域資源を関係者間で共有。また「柏地域医療連携センター」を設置し、調整・相談機能を強化しました。定期的な研修や協議会も開催し、顔の見える関係づくりを推進しています。
【成果】
現在では、約2,000人・470事業所がカシワニネットに登録しており、地域のほぼ全ての医療・介護機関を網羅しています。多職種交流会の参加者の約9割が「連携に役立った」と回答するなど、相互理解と協働体制の強化に大きく寄与しています。
【参照リンク】 ●https://www.city.kashiwa.lg.jp/chiikiiryo/hokennenkin/zaitaku/sonota/kashiwaninet1.html
●https://kashiwa-med.jp/?page_id=858
【背景】
入間市では、生活支援コーディネーター(SC)が地域のサロンや通いの場を把握していましたが、情報が属人化し、市全体での共有が難しいという課題がありました。
【取組】
その解決策として、2020年に「けあプロ・navi」を導入。SCが収集した活動情報を一元管理し、掲示板機能を使ってリアルタイムで共有できるようにしました。さらに住民やケアマネジャーもウェブから検索できるようになり、利便性が大きく向上しました。
【成果】
この仕組みにより、SC全員が市内資源を正確に把握でき、住民からの相談に迅速に対応可能となりました。また、冊子作成作業の効率化や職員負担の軽減、さらには多職種の協働姿勢の醸成にもつながっています。
【参照リンク】
https://www.jt-tsushin.jp/articles/case/jt52_totec
フォーマルサービスとは、医療機関や介護事業所など制度に基づいて提供される公式のサービスです。これを調べる方法としては、次のようなものがあります。
インフォーマルサービスとは、地域の住民活動やボランティアによる支援など、制度に位置づけられていないサービスです。これを調べる方法としては、次のようなものがあります。
多職種連携を深化させるためには、地域資源の把握と情報共有の仕組みづくりが不可欠です。国や自治体の統計データからも、専門職間で地域資源に関する情報が十分に共有されていない現状が浮き彫りになっています。しかし、地域資源の「見える化」をはじめとする取り組みは、こうした課題を解決する有効な手段となりえます。
地域にどのような資源が存在するのかを共有・連携することで、患者・利用者一人ひとりに合わせた包括的なケアを実現できます。今後さらに進む高齢化社会に向けて、地域資源の把握を基盤とした連携を強化し、地域包括ケアシステムの実現を加速させていくことが重要です。
当社では、地域資源情報の収集・整理だけでなく、継続的に更新できる体制や仕組みづくりを支援しています。フォーマルサービス・インフォーマルサービス双方の情報をわかりやすく整理し、現場で活用しやすい「有用な情報」へと変換することができる点は、当社の大きな強みです。これにより、地域の協働体制の形成や新しい施策の検討に役立てることが可能になります。
監修
大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。