現場レポート

2025/06/16/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

管理職の急な退職にどう対応するか?

【執筆】コンサルタント田中/【監修】取締役 小松大介

はじめに

医療現場では、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、栄養士などの医療スタッフが、現場の業務だけでなく、部門運営や業務の質を保つためのさまざまな役割を担っています。中でも管理職は、人材育成やシフト調整、施設基準の対応など、現場を支える要のような存在です。

一方で、医療機関は離職率が高いという課題があります。厚生労働省が公表した「令和5年 雇用動向調査」  によれば、2023年の医療・福祉業の離職率は14.5%と、全16産業中4番目に高い水準でした。最も低い「金融業・保険業」(6.6%)と比べると、その差は2倍以上にのぼります。医療スタッフの退職は避けがたく、退職を前提とした備えを日頃から講じておくことが、混乱を最小限に抑え、持続可能な体制を維持する鍵となります。

産業別入職率と離職率

出典:厚生労働省「令和5年雇用動向調査結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/24-2/index.html

このような背景のもと、医療スタッフの管理職が退職する場面において、「事前にどう備えるか」 「起きたあとにどう立て直すか」は、あらゆる医療機関にとって避けては通れないテーマです。

本稿では、ある病院でリハビリ部門の管理職が退職した際の対応をもとに、現場での実践的な工夫をご紹介します。

医療スタッフ管理職が担っている業務とは

医療スタッフ管理職は、日々の現場業務に加えて、部門全体のマネジメントを一手に担っています。たとえば次のような業務があります。

  • スタッフの勤怠シフト調整
  • 職員の育成、面談、評価
  • 業務の標準化、マニュアル整備
  • 医師や他部門との連携調整
  • 報告書や会議資料の作成
  • 診療報酬加算や施設基準にかかわる体制整備と記録管理

特に、施設基準の維持においては管理職の役割が欠かせません。たとえば、リハビリ部門では専任職員の配置やカンファレンスの実施記録、疾患別リハビリテーションの単位数管理など、細かなルールへの対応が求められます。これらを怠ると、診療報酬の返還や行政指導につながる可能性もあります。

医療スタッフ管理職の退職発生前後の対応

退職が発生する前にどこまで備えられるか、そして実際に起きた後にどう立て直すかについて考えてみましょう。

医療スタッフ管理職においては、業務の専門性、患者対応の一貫性や継続的な関係性の維持といった観点からも、業務の引き継ぎには細心の注意が必要です。こうした医療ならではの背景を踏まえた上で、具体的な対応について退職発生前後に分けてご紹介します。

(1) 退職が発生するまでにできること 

①    業務棚卸し・見える化

誰がどの業務を担っているか、代替対応が可能な業務や人材の目処がどの程度ついているかを整理し、情報が見える状態になっていると、退職時の混乱を防ぎやすくなります。例えば、業務マニュアルやフロー図を整備しておくことなどが有効です。同時に、不要な業務が見つかればこの機会に削減するのもよいでしょう。

②    予兆の把握

他業界の管理職と同様、医療スタッフにおいても管理職は孤立しやすく、悩みを表に出しにくい傾向にあります。そのため、定期的な1on1や日常的な声かけ、 院内の管理者同士で課題を共有する機会を設けるなど、退職の予兆を察知する取り組みも有効です。

③    後任候補の育成

たとえば師長に対して副師長がいるなど、後任候補が明確に存在している場合でも、普段から副師長が実際にどの業務に関わっているのかを確認しておく必要があります。仮に副師長という役職がついていても、実際には他の非管理職であるスタッフと同じような業務をしている場合、すぐに管理職として機能することは難しいでしょう。役職だけに頼らず、具体的な業務単位(例えばシフト管理など)で少しずつ業務の幅を広げておけると、いざというときも安心です。こうした準備を通じて、属人的な理解や経験のみに頼らない体制を整えることができます。

一方で、候補が明確でない場合は、比較的リスクの低い業務から徐々に関与を広げていくアプローチが有効です。たとえば記録業務や業務マニュアル整備などを任せることで、日常業務の中で関心や適性を見極めつつ、育成につなげることができます。

④    ジョブローテーションによる多能工化

業務が一部の人に集中すると、急な欠員時に現場が機能不全に陥るリスクがあります。資格職1名で回している現場など、人員に余裕がない場合は難しいですが、複数の職員が一定レベルで対応できるようにしておくことで、個人が欠けても組織で対応することができます。

(2)    退職が発生した後にやるべきこと

管理職が退職した際、現場を回すための短期的な応急措置だけではなく、同様の事態の再発を防ぐための中長期的な体制整備を考える視点も重要です。

①    短期施策

A)    業務棚卸しと応急対応
退職発生前の備えと同様ですが、現場の業務を止めないよう、より優先度の高い業務の洗い出しと代替対応を早急に行います。特に診療報酬や施設基準に関わる業務(カンファレンス、記録、人員配置など)は、病院経営に直結するため、速やかな確認と実施が必要です。

また、必須にも関わらず行われていなかった業務や記録の不備などが、退職を機に発覚することもあります。退職者やその在籍部門への確認も重要ですが、 事務方など他部門の視点も取り入れることで、抜け漏れを防ぐことができます。

B)    現場スタッフのケア
管理者の退職は残されたスタッフにも少なからず影響します。職場環境の悪化や退職の連鎖を防ぐためにも、負担が増えるスタッフへの声掛けや、「現場をより良くしていくための好機と捉えている」という経営者側の姿勢を見せるといったメンタルケアも重要です。

②    中長期施策

再発防止に向けて、先に述べたような「退職が発生するまでにできること」を確認しておくことや、医療スタッフ管理職が退職したことで判明した不備への対応に取り組みます。属人化を避け、特定の個人に依存しない仕組みを構築しておくことで、持続可能な組織運営に一歩近づけます。

実例:ある病院での対応

ある病院では、リハビリテーション部門の管理職と複数の中堅職員が同時に退職し、部門の統率が困難になりました。発生前の備えが不十分だったうえ、明確な後任者も不在だったため[(1)]、部門運営に必要な業務をゼロベースで見直す必要がありました。業務の棚卸しとあわせて、既存職員や他部門にもヒアリングを行いながら、部門運営に必要な業務のリストアップと、未実施業務の確認、業務全体の可視化と点検を進めました[(2)-①-A]。今後について不安を訴えるスタッフも多く、ヒアリング以外にもコミュニケーション量を増やし、メンタルケアに努めました[(2)-①-B]。

業務を洗い出していくなかで、施設基準上必須である多職種カンファレンスに関し、運営方法に問題があることが明らかになりました。退職した管理職は把握していたものの多忙のため放置していたようでしたが、カンファレンス継続のため早急に解決する必要がありました。対応にあたっては、多忙な医師や他部署のスタッフをどう巻き込むか、どのように無理のない運営体制を作るかといった点も論点となりました。対他部門の業務が増えた一方、部門内においては定例会議の内容を見直すなど、効率化を図りました[(1)-①]。このように現場で話し合いを重ねながら、少しずつ仕組みを整えていきました。

退職の混乱がある程度落ち着いた段階で、部門の自立を見据え、若手の人望あるスタッフを暫定リーダーに任命し、複数の職員による補佐体制を整備しました[(2)-②]。現場は奮闘しているものの、業務負荷の偏りは課題として残っています。一方で、スタッフ全員が当事者意識を持ち、他部門との連携が活性化するなど、管理職不在をきっかけに新たな変化も生まれています。

おわりに:変化を、組織の成長のきっかけに

人の入れ替わりが激しい医療業界では、退職は日常的に起こりうるリスクです。しかし、事前・事後の対応を予め考えておくことは可能です。

今回ご紹介した事例では、混乱の中で対話が生まれ、連携が強まるなどの前向きな変化も見られました。属人化を減らし、情報を共有し、チームで業務を支える体制は、危機対応であると同時に、組織の持続可能性を高める鍵でもあります。

本稿でご紹介した取り組みが、同様の課題に直面している医療機関にとって、具体的な対応を考える一助となれば幸いです。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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