現場レポート

2025/05/12/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

次世代への事業の引継ぎに向けた準備

【執筆】コンサルタント奥村/【監修】取締役 小松大介


背景

支援先の医療機関を訪問し、経営層の方々とお話をする際、高い確率で事業承継に関する悩みが話題に上がります。特に、ご自身の後継者選定や次世代に向けた法人の在り方についてご相談をいただく機会が増えてきています。事業承継の問題は、医療機関の将来を見据えた重要な課題であり、慎重な対応が求められます。

独立行政法人中小企業基盤整備機構の『令和5年度 事業承継・引継ぎ支援事業の実績』に関するデータによると、全国の事業承継・引継ぎ支援センターへの事業承継に関する相談者数は増加傾向であり、令和5年度の相談者数は23,722者(前年度比106%)と過去最高の相談者数になっています。

全国の事業承継・引継ぎ支援センターへの事業承継に関する相談者数の推移

また、医療機関の経営者(医療機関開設者または医療法人の代表者)の平均年齢の高齢化が進んでおり、2022年では、病院が64.9歳、診療所が62.5歳と、企業の社長の平均年齢60.4歳と比べて高い状況です。(帝国データバンク『全国「社長年齢」分析調査』および厚生労働省『医師・歯科医師・薬剤師調査』より)

医療機関の経営者と企業の社長の平均年齢の推移


さらに、48業種別での後継者不在率では、病院・診療所(クリニック)などの「医療業」は61.8%であり、3番目に高い数値となっています。(帝国データバンク『全国「後継者不在率」動向調査』より)

業種中分類別の後継者不在率上位5業種(2024年)


以上の公開データからも、事業承継に関する相談者数が増加している中で、医療機関の経営者の高齢化や後継者の不在が問題となっていることがわかります。これにより持続可能な運営が難しくなり、地域医療の提供や医療サービスの質に影響が出る可能性が高まっています。そこで今回は、次世代への引継ぎを念頭に置いた組織体制づくりの支援事例に関してご紹介します。

支援事例

ケース1:後継者への承継に向けた経営マネジメント体制の整備

【問題・課題】
医療法人のクリニックAは、医師である院長一人が診療を行い、運営しているクリニックです。通常の外来業務や入院患者の診察に加え、夜間の緊急手術も院長が対応しており、また、看護職員の人事管理やクリニックの財務管理などの経営管理も院長が行っています。患者思いで真面目な性格から、現場の医療と法人の経営の両方に対して、身を粉にして働いてきました。しかし、昨今の医師の働き方改革を踏まえると、オーバーワーク気味です。院長には別の医療機関で勤務する親族の後継者候補がいますが、このような働き方では、予定通りに事業承継が進むのか不安がある状況です。

【対応方針】
後継者へスムーズな事業承継を行うためには、院長の業務内容の見直しを行い、経営に関して任せられる業務は職員にお願いし、余裕ができた時間を、患者のための医療の充実や情報収集のための院外の活動などに充てるマネジメント体制の整備が必要です。例えば、①事務長は経営面に専念し、医療機関の財務状況や業績の管理を行うこと、➁師長は看護職員の管理を担当し、現場の効率性とスタッフの満足度の向上を図ること、③院長は定期会議を通じてクリニックの方針や目標をスタッフと共有し、協力体制を強化することなどが考えられます。こうした施策を通じて、院長は現場の医療と中長期の経営方針の策定に専念し、事務長は経営管理に専念するなどの役割分担が明確になった運営体制を目指すことができます。

本ケースのクリニックにおいても、これまでの業務内容を見直し、整理することで、引継ぎがスムーズに行える体制を着実に整えている状況です。

ケース2:非医師による経営体制の確立に向けた準備

【問題・課題】
医療法人のクリニックBでは、理事長が息子に法人の経営を引継ぐことを考えています。しかし、後継者である息子が非医師であることがネックになっています。当法人は医療法人社団であるため、基本的に理事長は医師または歯科医師である必要がありますが、理事長の親族には該当者がいません。また、クリニックには理事長以外に常勤の医師が2名勤務していますが、両名ともに60歳以上であり、若い医師は在籍していません。次世代に向けてクリニックを継続的に運営していくためには、現在の医師の後継者の採用や将来の経営パートナーとなる理事長の探索が必要であり、1年以上の長期間を見据えた採用活動が想定されます。非医師である後継者が、今後の医療法人の経営を担うための経営体制の準備が課題となっています。

【対応方針】
当法人で非医師が理事長になる方法としては、法人を一般社団法人に変更するなど、いくつか選択肢はありますが、どの方法も実行するにはハードルが高い状況です。今後の対応方針としては、後継者が理事長になる方法を模索しつつ、後継者と共に事業運営を担うパートナーとなる理事長の探索も進めるという二つのアプローチで準備を進めていくこととなりました。

新規採用にあたり、当法人がこれまで積極的な医師採用を行ったことがなかったため、採用の流れをスケジュール化する際には、次の3点に重点を置いて議論を行いました。まず、①採用したい人材の理想像の設定です。年齢層や価値観など当院で獲得したい人材を具体的な条件に落とし込みます。後継者との相性や当院の理念への共感性などもあります。また、➁理想の人材を獲得するための採用手法の見直しです。現理事長が長年の経験で築き上げた人脈を最大限に活用します。さらに、採用候補者の母集団を拡大するために、当院ホームページの充実による情報発信や紹介会社の活用による情報収集などを強化します。当院の職員の知人や友人等の紹介によるリファラル採用も積極的に動いていきます。単一の採用手法に頼るだけでは、希望する人材を見つけることが難しいため、複数の採用手法を組み合わせて実施することで、希望人材の採用の可能性を高めていきます。最後に、③段階を踏んだ多面的な評価基準を設定することです。今回は後継者と共に経営を担う理事長の探索であるため、人間的な相性も非常に重要な要因となります。そのため、候補者の人間性を段階的かつ多角的に評価するための基準を設けます。例えば、第1段階では、採用候補者との面談による評価に加え、院内の見学時を通じた当院の特徴や利便性の理解度、採用過程での実務的なやり取りの様子を観察し評価します。可能であれば、前勤務先へ候補者の過去の実績や人柄などについて聞き取りを行うリファレンスチェックを実施します。第2段階では、非常勤または常勤医師として採用し、スタッフとの馴染み具合や患者への対応の様子などを確認します。そして、最終段階として、本人の考えや人柄を見極めた後に、理事長への打診を行います。

採用する人材の条件、採用手法、評価基準を明確化し、必要な人材を揃えることで、次世代の経営体制の準備を進めています。

まとめ

事業承継では、後継者の経営基盤を早期に整えることが重要です。次世代に向けた体制作りのためには、現状の業務内容の見直しや新規人員の採用など、時間を要する施策が必要になることがあります。漠然としたイメージで事業承継の準備を進めるのではなく、個別のケースに合わせた具体的な引継ぎ計画を立て、着実に進めていくことが求められます。

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監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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