現場レポート

2025/05/23/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.32/タリン編

2つのアポイントメント

エストニアを想像した時に頭の中に思い浮かぶのは「電子国家」という単語だった。とにかくDXが進んでいる。勝手にそういうイメージが染み付いていた。どうしてそんなイメージがあるかと言えば、国籍関係なく誰でもエストニアの電子住民になれるという話を聞いたことがあるからだ。

2022年には9万人の電子国民が存在し、2021年の税収は42億円だったそうだ1)。さらに結婚と離婚以外の行政手続きは全てオンラインでできるらしい。なんでも電子化されたら会話は減るのだろうか、人々の関わりは薄れるのだろうか、そんな疑問が浮かんできた。

今回の目的地は首都のタリン。面積は160km2で人口は45万人、日本では愛知県の西尾市くらいの規模感の都市だ。電子国家だという心算でやってきたから、ビル群が森林のように生い茂っているのかと思いきや、全くそんなことはない。どちらかと言えば、今まで見てきた場所に似た石造りの街並みが広がっていた。

私はこのタリンで2つ約束をしていることがあった。1つは日本人医師の旅行者の丸山さんに会うことだ。こちらは以前講演した病院で知り合った先生で、ちょうどヘルシンキに居るとのことだったので、タリンで合流することになったのだ。丸山さんはバイクで日本を一周したことがある糖尿病の先生で、旅の経験は私よりはるかにあった。私よりも半年くらい早く旅を始めていて、彼はワン・ワールドの世界一周チケットで各地を巡っていた。今までの旅の話や知恵を聞けるのが楽しみだったし、見知らぬ土地で知っている人に会うことは一人旅中のスパイスとなって違った味わいが出るだろうと思われ、ワクワクしていた。

もう1つの約束はエストニアのヘルスケアベンチャー企業のMinuDocのタラモ・フィル氏とお話をすることだ2)。元々興味があった企業でメールをしたところ「直接会うことはできないがウェブなら」とのことでお話を伺う機会を得た。

旧市街入口のヴィル門

旅のご縁

丸山さんとは同じドミトリーに泊まることになっていた。着いたのは私が先で、彼が来るまでチェックインをして待つことになった。珍しく作ったアポイントメントにワクワク感とソワソワ感が生まれる。一体どうなることか。何せ今まで話したことは1回しかない。もちろん変なことにはならないとは思うが、どんなことを話すべきかも決まっていない。

結構ドキドキしながら彼の到着を待った。少し待つとバックパックを背負った日に焼けた日本人が入ってきた。「お疲れ様です」と声に出したような気がするが、正直最初になんと声をかけたか思い出せない。予想以上に嬉しい気持ちと久しぶりに母国が同じ人に会える安堵感で地に足がつかない感じになっていた。

とりあえず宿を出て、世界遺産のタリン旧市街を歩くことになった。旧市街の中心であるラエコヤ広場はレストランで囲まれていた。広場の傍らには現存で唯一のゴシック調の市庁舎があり先を尖らせた塔がそびえていた。少し小高い丘に登ればフィンランド湾が奥に広がっている。リトアニアとは違ってタリンには24時間空いているコンビニもある。歴史と新しいものが共存しているような街だなと感じた。

少し歩いたところで良さそうなお店に入って一杯飲むことにした。あんまり話をしたことがないのに会話がとても弾む。お互い旅をしているという絶対的な共通点が話をさらに止めどないものにしていた。実は共通の趣味も多いことが分かり、この後ヨーロッパの違う場所で2回もご一緒させていただくことになるとはこの時は想像もしていなかった。旅が人と人を繋いでいるような感覚があった。実際に旅で知り合った人の何人かとは連絡を取り合っており、その後も継続した強い縁になっているように感じる。社会人になってからフラットな関係性で友人に慣れる機会が旅にはあるのかもしれない。

旧市街と奥に見えるフィンランド湾

実はサウナ大国のエストニア

正確なデータはないが、フィンランドと文化圏をともにしているエストニアではサウナが多くあるらしい3)。そこで丸山さんと一緒に1928年創業、エストニア最古のサウナであるKalma Saunに出かけることにした。ここでの目的はウィスキングをすることだ。ウィスクとは白樺などの葉っぱを束ねたもので、その束をサウナでバシバシ体に当てる行為をウィスキングという。効能がどのくらいあるかは分からないが、サウナ好きの私としては一度はしてみたいことであった。

受付でウィスクを購入し、いざサウナに行こうとすると家庭科室のように台所のような場所が広がっていた。台所の横には桶が上下に2つ合わせになって並んでいた。葉っぱを片手に天狗のような姿で辺りを見渡していると、客のおじさんがやり方を教えてくれる。どうやら葉っぱを一度台所で茹でるようだ。桶にかなり熱めのお湯を張り、その中にウィスクを入れて、桶で蓋をする。そうすることで蓬のような香りが広がってきた。

その茹ウィスクを持ってサウナに入る。サウナでは自分たちよりも一回り大きい屈強なおじさん達に囲まれるなか、真ん中の椅子に座った。おじさんの1人がサウナストーンに白樺のアロマを混ぜた水を大量に巻く。良い香りの蒸気と熱波が体を襲う。おじさんが「今だ」とウィスキングのタイミングを教えてくれる。暑さの中必死になって体に葉を打ちつける。葉っぱから何かのエキスが出て体に染み込んで行く気がする。

キリの良いところで、1人ずつ部屋から立ち去り外のシャワーで体を冷やしている。石鹸もあるから体も洗うことができて、かなり心地よい。休憩スペースに戻るとさっきのおじさん達がビールを飲みながら整っていた。「サウナの後に酒を飲んで倒れないの?」と聞くと「ここまでが1セットなんだ」とのこと。体も大きいから、きっと肝臓も大きいのだろう。自分はお酒ではなく、コーラを買った。

MINU DOC

エストニアのもう1つの約束であるMINU DOCのタラモ フィルさんとのお話しを進める。どうやらタイミングが合わない中、オンラインで話をしてくれることになった。この会社は電子国家であるエストニアのオンライン診療のプラットフォームを運営している企業だ。同企業は「受診前相談」、「メンタルヘルス」、「テレヘルス」の3つを軸に医療サービスを提供している。

テレヘルスは携帯のアプリケーションで提供されている。家庭医・総合診療医のみならず精神科や理学療法士へもアクセスが可能であり、言語はエストニア語、英語、フィンランド語、ロシア語対応となっている。またBENUという薬局チェーンと手を組んで薬局内でGPと相談できたり、オンライン診療患者専用のスペースがあるとのことであった。オンラインだけでは何かあった場合や直接相談したい時のサポートにまで踏み込んでいて、オフラインとオンラインの双方からサービスを展開しているようだった。

話を聞いていて驚いたのはEU内では処方箋が使えるため、国が違ってもこのサービスを広く使用できることだ。日本の処方箋が他国で使用できるだなんて想像したこともない。日本のヘルスケアサービスは国内でしか使用できないだったのでどうしてもドメスティックなものに留まるイメージであった。だが医療行為が国をまたがってできるEUではヘルスケア市場の越境が容易に行えるというところに日本よりもシェアが広がりそうなイメージを持つことになった。

薬局と一緒になってプライマリ・ケアを提供していることもなんとなくヨーロッパっぽい感じだなと思った。ここまでの道中で家庭医と薬局が合わさって国のプライマリ・ケアを担っている感じがしていた。薬局は街の中でよくみる医療のエントランスになっていることをここまでの国々から感じ取っていたことに改めて気がついた。医療はどこまで行っても人と人とで行われる行為だから、DXが進んだ先にどのように「直接人と人が関わる場所」を残すかが重要なように思われる。

行く前は電子国家のイメージが強かったエストニア。実際にはそこには生身の人が生きていて、見ず知らずの日本人にたくさんのことを教えてくれる優しい人々ばかりだった。自分としては好きな港街の一つとなった。丸山さんとは宿から別々の船でヘルシンキに向かう。フィンランド湾を超えた先にはどのような人々が暮らしているのだろうか。

次回は6月13日(金)、ヘルシンキ編となります。お楽しみに。

【参考文献】
1)エストニアはいかにして1都市の人口に匹敵する「電子国民」を集めたか – CNET Japan. (n.d.). Retrieved May 13, 2025, from https://japan.cnet.com/article/35184138/
2)Videokonsultatsioon parimate arstidega, ühe kliki kaugusel – MinuDoc. (n.d.). Retrieved May 20, 2025, from https://www.minudoc.ee/
3)知られざるサウナ大国、エストニアの「サウナと共にある暮らし」とは | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン). (n.d.). Retrieved May 19, 2025, from https://forbesjapan.com/articles/detail/46094


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