2025/04/21/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
―ミクロなエリア分析と医療機関の地域へのアプローチ事例―
【執筆】コンサルタント渡部/【監修】取締役 小松大介
目次
都市近郊で地域医療を担っている医療機関や、高齢化が進んだ団地の近郊にある医療機関にとって、患者さんや地域住民がどのような環境で暮らしているかを把握することは、地域医療を設計する上で欠かせない視点です。
実際には医療だけでなく、買い物、交通、コミュニティといった生活インフラ全体が徐々に衰退し、“複合的過疎”に陥っているエリアも存在します。しかし、こうした過疎の実態は、医療機関や行政にとっても見えづらいのが実情です。
本記事では、実際の医療機関で実施したGISを用いたミクロなエリア分析の事例を紹介しながら、都市近郊に潜む“見えにくい過疎”をどのように可視化するかについて解説します。分析を通じて、医療・交通・買い物などの生活インフラ全体の過疎状況を把握し、患者・地域が置かれている“ペイン”―生活をする上で困ること―を理解することができます。その上で、地域診療における社会サービスとの具体的な連携や、医療機関としてのエリア戦略の再考にも活用できます。ぜひ、地域の実情に即した様々な支援のあり方を考えるヒントとして、ご活用ください。
※医療過疎:医療機関が少ない、または存在しない地域、あるいは交通アクセスの不便さなどにより医療サービスの利用が困難な地域を指します。
GIS「Geographic Information System」とは、位置情報を持つさまざまなデータを重ね合わせて地図上に可視化する技術です。地理的な関係性やデータ同士の関連を直感的に把握できる強みがあります。
また、GISに特別なシステムは不要で、一般の方も利用できます。多くのGISはWEBブラウザ上で分析可能であり、無償で利用できるサービスも多くあります。
当該医療機関では、居宅への訪問診療を強化するとともに、地域包括ケアの観点から地域コミュニティとの積極的な関わりを通じて、当院及び運営する施設のサービスの利用促進を目指していました。
そのため、周辺地域調査として医療需給、特に医療過疎のリスクが高いエリアを特定し、適切なアプローチ方法を検討することを目的としていました。
自院から概ね30分圏内の住宅団地について、交通アクセスの利便性を考慮しエリアを設定しました(図1)。
この範囲は、訪問診療や地域連携を現実的に展開可能な圏域として想定したものであり、特に住宅団地は高齢化が進み、今後の医療・介護ニーズが高まると見込まれるため、重点的な調査対象としています。
また、交通アクセスの良否は、医療や生活サービスの利用に直結するため、地域課題を把握する上で重要な要素として位置づけました。
今回は、複数の住宅団地エリアを設定することで、それぞれの地域特性(医療機関の分布や高齢化率、生活インフラの充実度など)を比較できるようにしました。こうした比較を通じて、地域ごとの支援のあり方や優先度を具体的に検討するための手がかりを得ることを目指しています。
分析では、以下のような複数のデータを重ね合わせることで、エリアごとの医療提供状況や生活環境の実態を可視化しました。
・医療機関DB
・国勢調査
└基本情報[人口、世帯、住居に関する基本的な事項 etc]
└追加情報_将来人口推計(国立社会保障・人口問題研究所より)
国勢調査では、町丁・字レベルの小地域集計データを用いることで、より現場に近い粒度での分析を実施しました(表1)。医療機関DBと重ねることで、エリアごとの人口構成と医療資源の分布のアンバランスさを把握することが可能になります。
また、将来人口推計を活用することで、現在の課題だけでなく、今後想定される過疎や医療アクセスのリスクも見通すことができます。これらのデータを重ねることで、地域の“いま”と“これから”を立体的に捉え、地域特性に応じた対応のヒントを得ることを目指しました。
なお、分析の詳細な手法や使用データの取得方法についてご関心のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
パターン①:医療過疎のリスクが高いエリア・・「B」
パターン②:医療を含む複合的過疎が進行しているエリア・・「D,E,G,H」
「B、D、E、G、H」では医療機関数が少なく、人口1万人当たりの医療機関数も低水準です。(表2)
特に「D」は医療機関が1施設のみであり、その要因として人口規模の影響が考えられます。交通アクセスが困難であるこのようなエリアでは医療機関の新規開業が進みにくく、都市近郊でも局所的な医療過疎が発生する可能性があります。
また、調査の結果、上記5つのエリアの内3つのエリアでは、70代の医師の個人で運営する医院であることが確認されました。
将来推計人口(図2)では、総人口は大きく減少すると予測されています。一方、高齢者人口については、「E」では増加し、その他のエリアでは概ね横ばいから減少傾向と見込まれています。
人口規模が近い「D」と「G」ですが高齢化率では「G」が45%と高く、一方「D」は22%と県全体の平均約30%を下回ります。これは、団地の完成時期に起因します。
スーパーマーケットがないエリアもあります(表3)。このエリアでは買い物には自動車での移動が不可欠となります。
一方で「B」は医療過疎のリスクは高いものの、買い物の利便性は高いエリアです。他エリアと違い幹線道路が通過する等交通利便性が高いという特徴があります。
※県内の主要な地点を結ぶ道路であり、且つ道路交通センサスデータから昼間交通量が1万台/12h以上の道路を幹線道路として扱った
※鉄道には案内軌条式鉄道(AGT)やモノレールなどの新交通システムを含む
今回の分析により、都市近郊においても“見えにくい過疎”が存在することが明らかになりました。特に、医療過疎のリスクが高いエリアでは、高齢医師による個人医院の存続リスクや、交通手段の不足による医療アクセスの悪化が懸念されます。
また、医療過疎のリスクが高いエリア間でも高齢化率に大きな差異があることから、エリア特性に応じた医療提供体制が必要であることも示唆されました。
さらに地域によっては、医療・買い物、交通の生活インフラ全体の“複合的過疎”が発生していることも判明しました。
対象エリア:「B, D, E, G, H」(医療過疎エリア)
訪問診療の提供体制を強化するとともに、地域の社会サービスと連携することで、生活課題の改善につなげることが期待されます。具体的には以下のような取り組みが考えられます。
対象エリア:「B, E, G」(医療過疎エリア)
近隣エリアで訪問診療を行っている若手医師や、地域の中核病院が高齢医師の医院を事業承継することで、地域医療の継続を図る取り組みが考えられます。加えて、以下のような展開により医療と介護の一体提供が考えられます。
対象エリア:「D, E, G, H」(複合的過疎エリア)
訪問診療の提供にとどまらず、地域住民との接点を日常的に持つことで「生活を支える医療機関」としての役割を果たす。具体的には、以下のような連携が想定されます。
GISを活用することで、医療機関の立地状況や人口動態だけでなく、交通・買い物といった生活インフラ全体が複合的に可視化され、そこに住む患者さんの医療や生活サービス状況を把握することができるようになりました。
さらに、エリア分析によるターゲット設定は、より詳細な深堀分析や次のアプローチを計画する際の基礎データとして活用できます。最終的には、患者さんや地域が置かれている“ペイン”を正確に理解することにつながり、より効果的な対応策の立案が可能になると考えます。
私たちは今後、地域住民・医療機関・自治体、そして生活の場を支える民間企業が連携したワークショップやアクションプラン策定を支援し、各地域に即した課題解決のプロセスを伴走する取り組みを広げていきたいと考えています。
また、地域包括ケアの視点から、生活インフラを担う民間サービスとの連携モデルの構築にも取り組む予定です。エリア分析の活用や地域との連携に向けた取り組みについてご支援が必要な場合は、ぜひお問い合わせください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他