2023/11/30/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

経営を担う事務長の仕事とは?

コンサルタント 西川 耕史

1. はじめに

医療機関では医師、看護師、コメディカル等の有資格者に注目されがちですが、事務系職員による経営実務面での支援は医療機関の運営において非常に重要な役割を担っています。

今回はこれらの業務の推進を中心になって行う事務職のまとめ役である事務長の役割を明確にしつつ、他業種から転職した場合に遭遇する課題と他業種からの転職ならではの強みを生かすコツなどをご紹介いたします。

2. 医療機関における事務長の役割とは

医療機関での事務職は大きく「経営管理」「人事・総務」「医事」の3つがあります。中でも双方をまとめる事務長の役割は非常に大きく、医療機関の経営状況全体を把握する必要があることから非常に高いスキルが求められます。

表. 医療機関での事務職業務の例

事務職業務のマネジメントを行う必要のある事務長に適した方が内部の事務職員にいる場合は良いのですが、そうでない場合には外部採用により他業種で管理職を経験した方や取引先の金融機関からの出向者を事務長として就任される場面が多く見られます。

3. 他職種から医療機関に入職して戸惑うこと

事務長に着任する人材には人事や経理などの総務経験者や管理職経験者が多い傾向が見られますが、入職当初は医療業界の仕組みや慣習で戸惑う方が多いです。

①診療報酬という医業収入の仕組みが理解できない。
まず、転職者が戸惑うのは医療業界特有の収益システムであることです。医療機関の収益は多くが診療報酬ですが、請求の仕組みを理解するのに時間がかかります。

②経営会議などでも医療視点や現場レベルの議題が多く経営的な視点を議論するのが難しい。
医療機関では事業責任者でもある院長は経営面を気にしていますが、実務運営の中心となる各職種の責任者レベル(医局長や看護部長)であっても経営会議などでは現場レベルでの議論が主になりがちです。病院収益の根幹となる病床稼働や手術件数など経営指標に直結する議題がでることもありますが、運営課題の議論が多く数値目標まで至ることが少なくありません。

③経営的数値を重要視しすぎることで、医療従事者との摩擦がおきてしまう。
医療従事者は概して患者の治療を重視、いわゆる患者ファーストを目指しています。一方で事務長は職務として「医業収入や医業利益の増加」による安定的な経営を行うことなので、医療従事者との意見の相違や摩擦がおきることがしばしば見受けられます。

【よくあるケース】
●治療や患者利便性よりも収益を優先するあまり医療従事者の倫理観と衝突する。
●安易な人件費の削減や医療物品コストの削減を要求する。
●現場の疲弊状況を考慮しないで入院患者や外来患者の増加を促す。
●院内での文書管理を徹底するにあたって、結果的に事務的業務が増加することになる規定をつくる。

上記のような課題のほとんどは医療従事者とのコミュニケーションを積極的にとることで解消されていきます。事務長が医療現場の現状に目を向けて改善に取り組んでいる姿勢が伝わるだけでも、医療従事者の関係性や信頼が高まっていき、徐々に事務長に対していろいろな相談や意見を求められる機会が増えていく場面がよく見られます。

4. 医療現場で事務長が貢献できる場はたくさんある

これからの病院やクリニックでは、患者さまに選ばれるために医療の質だけでなく、患者満足度を意識した医療サービスの提供が不可欠です。
そこで他業界での経験や知見をうまく生かした事例をいくつかご紹介します。

経営戦略の策定とそれに伴う経営指標の管理・運営
医療を取り巻く環境は新型コロナ禍を経て今まで以上に急速な変化が起きています。その中で地域に必要とされ生き残っていくためには市場調査を行い、自院の強み弱みを元にした経営戦略が必須です。この計画を元に経営指標を策定し現場スタッフへ落としこみ意識付けることが求められます。

②財務やKPIなどの経営指標を現場スタッフに意識づけ
医療従事者の多くは、経営に触れる機会が少ないこともあり、本来企業の管理職であれば習得する財務やKPIなどの経営指標に疎く、敬遠する職員も少なくありません。このような経営への理解が十分でない職員に対して、財務やKPIの構造や進捗を丁寧に説明していくことで、個々の経営への意識や理解を深めてもらえます。

③「患者満足度の向上」に向けた接遇の実践
医療従事者は専門職が多いため、専門性を重視されており一般企業の新卒研修で行われているビジネスマナーや接遇の研修に割く時間が少ない傾向にあります。
また、事務職が主体となって社会人マナーや接遇などの研修等を行うことで医療従事者のサービス向上に寄与でき、結果的に医療機関全体の顧客満足度に貢献できます。

④医師や看護師のタスクシフトや医療DX化
医療現場ではいまだに過去からの慣習を踏襲しており事務的な業務が非効率に行われているケースが多くみられます。例えば下記のような日々行う業務は日ごとに見ればわずかな時間ではありますが、全体の業務量としては膨大なので業務見直しにより工数削減が期待できます。
 ●日々の患者管理表などの作成や定期更新など
●カルテや看護記録などの入力業務

⑤事務職のキャリアップのサポート
医療機関では医療従事者の採用や離職防止キャリアプランは用意されていますが、事務職のキャリアアップについては少ないのが現状です。
「現場経験でOJTできる仕組み」や「事務職のキャリアチェンジ制度」、「一般企業と同等レベルの研修制度の導入」など、せっかく採用した事務職員が現場で活躍できるよう医療機関側でも十分な受け入れ体制をつくることが今後は必要となってきます。

医療現場や医療現場で勤務する職員の働き方や見直しが行われている中、事務長が活躍できる場は確実に増えてきます。
職場風土や職員のキャリアアップ制度など医療従事者や職員が働きたくなる職場環境を作り出し、どのように差別化するかが鍵となっていくでしょう。